今、「FIRE」という言葉が注目されている。いわばアーリーリタイアを指す言葉だが、現在第一線で活躍している経営者にも、いずれはリタイアする時がやって来る。それは、自身の体力によるものか、それとも他の要因によるものかはわからない。突然リタイアを余儀なくされることを考えると、事業がうまくいっているうちにリタイアすることを考えてみてもいいだろう。「アーリーリタイア」をして、余生をゆっくり過ごすのも悪くないはずだ。

経営者のアーリーリタイアは、サラリーマンのそれとは違うのだろうか。また、どのような点に注意してリタイアの準備をすればいいのだろうか。

今注目されている「FIRE」とは?

アーリーリタイアとは?経営者がセミリタイアするために準備しておくべき3つのこと
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昨今「FIRE」、つまりアーリーリタイアを目指す人が増えているという。FIREとは“Financial Independence Retire Early”の頭文字をとったもので、若いうちから資産形成を始め、経済的自立を果たして早期に仕事を辞め、その後は自由に生きるという生き方だ。もともとはアメリカで生まれた言葉だが、今、20~30代の若手サラリーマンの間で話題になっており、FIREに関する書籍なども多く販売されている。

アーリーリタイア(早期リタイア)とは、定年を待たずに仕事からリタイアすることだ。近年では、30代・40代の高年収の会社員や起業家がアーリーリタイアを志し、注目されている。

また、アーリーリタイアと似た言葉に、セミリタイアがある。セミリタイアは貯金や資産をもとに定年前に退職し、自由な時間を過ごしながらも一定の収入は得られる仕事をする生活スタイルを指す。

セミリタイアは完全には労働を辞めないのに対して、アーリーリタイア(早期リタイア)は貯金・退職金・資産のみで生活を送らなければならない。そのためアーリーリタイアをする人の多くは、若いうちに多くの資産を持つ富裕層や高収入の職業、起業家・経営者などに限られていた。それが、節約や投資などで資産を形成することにより、早期リタイアを目指す、という波が、サラリーマンにもやってきているのだ。

日本版FIREとアメリカ版FIREの違いとは?

このようなアーリーリタイアの動きは、もともと数年前にアメリカで生まれた動きで、その後日本に入ってきたムーブメントだ。一方で、アメリカと日本では、少しFIREに対する位置づけが違う。日本とアメリカのFIREの違いとは、どのようなものだろうか。

アメリカでは20代でのリタイアも珍しくない?

アメリカのFIREの特徴は、退職年齢が早いことだ。20代、30代でのFIREも珍しくないという。アーリーリタイアをする人は、若いうちにウォール街やシリコンバレーなどで働き、得た高給を使うことなく投資などに回す。そして、早いうちにリタイアし、ゆっくりとした余生を送るのが特徴だ。

日本では40代、50代がFIREのメイン?

一方で、日本では、アメリカほど退職年齢が早いケースというのは珍しく、どちらかというと、サラリーマンがコツコツ資産形成をして、40代や50代でリタイアするケースが多いようだ。

アメリカと日本での違いはあれども、いずれも「余生をゆっくりと過ごす」ことを目的としているのは変わりがない。全世界レベルでこれまで以上に、余生をどう過ごすか、に関心が向けられていると言える。

経営者こそアーリーリタイアを検討すべき?

一般的にサラリーマンには定年があり、働ける期間が限られている。一方で経営者には定年という概念がなく、その気になればいくらでも働き続けることができる。実際、中小企業経営者の年齢で最も多いのは66歳であり、サラリーマンなら定年退職している年齢だ。

では、経営者はリタイアを検討する必要はないのだろうか。実はリタイアに関しては、経営者のほうがサラリーマンよりも真剣に考えなければならない。その理由は2つある。

1つめは、サラリーマンには代わりがいるが経営者には代わりがいない、ということだ。サラリーマンは組織で仕事をしているため、たとえ優秀な人が辞めても事業を継続できる。しかし、中小企業の場合は経営者が重要な実務を担っているケースが多く、経営者が倒れたら途端に事業の継続が困難になることが多い。したがって経営者は、自分に何かあった際のプランを用意しておかなければならない。

もう1つは、早くやめることで世界が広がるということだ。経営者は、自分の会社に多大なる時間と労力を割いているはずだ。逆に言えば、経営者でいる期間は他のことができない、とも言える。リタイアすることで世界が広がり、次にやりたいことが見つかるかもしれない。

実際、リタイア後に「シリアルアントレプレナー」となり、連続して事業を起こしている人もいる。事業の目途がついた時に後進に道を譲り、自分は別の新しいことを始めることは、自分のためにも社会のためにもプラスになるはずだ。

経営者がアーリーリタイアするために準備しておくべき3つのこと

経営者が実際にアーリーリタイアする場合、どんな準備が必要になるのだろうか。主に以下の3点が考えられる。

(1)自分の生活費の準備

リタイアすると収入が途絶えるので、リタイアする際は生活費の見通しを立てておく必要がある。

2018年の家計調査によると、2人以上世帯の消費支出は月額平均28万7,315円、年間では約350万円だ。少なくとも、この金額を向こう1年間で確保しなければならない。仮に50歳でリタイアして、貯金を切り崩して生活しようとすると、65歳までの15年間で5,250万円ものお金が必要になる。

65歳になって年金がもらえるとしても、中小企業経営者の多くは国民年金のみを受給することになるので、受給額は夫婦2人で最大月13万円程度だ。年間にすると約150万円で、200万円足りないことになる。

仮に、夫婦ともに85歳まで生きるとすると、5,250万円に200万円×20年を足した9,250万円ものお金が必要になる。リタイアする年齢によって変わるが、資産はなるべく多く残しておいたほうがいいだろう。

資産を形成する方法は、主に3つある。1つは、保険などでリタイア時に必要な資金を蓄えておくことだ。イデコなどの公的制度を使う方法、年金保険を使う方法、会社で退職金を積み立てる方法などがある。またリタイアする際に、自社株を売却してお金を作る方法もある。この場合は、仕組みをうまく利用すると会社の節税にも役立つことがある。

もう1つは、不労所得を得ることだ。たとえば現役時代に投資用不動産を買って、リタイア後もその不動産から賃料収益を得る方法がある。不動産だけでなく、投資信託や株を運用する方法もある。ただし、市場の影響を受けやすく、価格や利益が不安定であることがデメリットだ。

3つ目は完全にリタイアするのではなく、セミリタイアする方法だ。これまで培ってきたノウハウを生かして他社の手伝いをすることもできるし、顧問として自分の会社に残る方法もある。リタイア後、執筆活動や講演活動で収入を得ている人もいる。

現役時代のようにバリバリ働くのではなく、足りない分を補うために仕事をするイメージだ。こちらは、ある程度の収入が期待できるが、都合のいい時に仕事があるわけではないことがデメリットである。

いずれにしても、いつリタイアするのか、その後の生活にどれくらいお金がかかるのか、そのお金をどうやって工面するのかは、リタイアする前にじっくり検討すべきだ。信頼できる税理士や、ファイナンシャルプランナーに相談してもいいだろう。

(2)会社と従業員のための準備

自分がリタイアした後の会社と、残る従業員のための準備も検討しなければならない。

会社を清算するという方法がある。この場合会社は残らないから、その後のことは考える必要がない。従業員が家族だけで、会社を清算しても問題ない場合もあるだろう。しかしながら、ほとんどの場合は取引先や一般の従業員がいるため、すぐには会社を清算できないケースが多い。

その場合、会社を誰かに引き継ぐことになる。問題は、誰に引き継ぐかだ。中小企業の多くは、創業者またはその家族が経営者であることが多い。この場合は身内に引き継ぐか、身内以外の人に引き継ぐかで、すべき準備は変わってくる。

身内に引き継ぐ場合は、引き継ぎ自体はさほど難しくはないだろう。とはいえ、古参の従業員と新しい経営者の関係がうまくいかないこともよくある話だ。

身内以外に引き継ぐ場合は、さらに難しい。中小企業の借入金には、ほとんどの場合経営者の個人保証がついており、これを含めて新経営者に引き継ぐことになる。また、経営の経験がない人がいきなり中小企業の経営者になるケースでは、その後の経営に不安が残る。

このように、会社を引き継ぐにあたって、後継者選びが難航するケースは多い。経営者がリタイアする場合は、会社を残すかどうか、残す場合は後継者を誰にするか、その後継者への引き継ぎ期間や方法などについて、しっかり準備をしておかなければならない。

(3)相続に関する準備

子どもがいる場合は、相続の準備も忘れてはならない。保有資産の大半が会社の株式という場合は、特に注意が必要だ。

相続では相続税が発生するが、自社株を換金できないために相続税の支払いに窮するケースは少なくない。しかし、相続税の支払いのために株を売ってしまうと、経営の一体性が保てなくなるおそれがある。これについては事前に税理士などに相談した上で、対策を講じておくといいだろう。

経営者がアーリーリタイアするときの3つの注意点

一方で、アーリーリタイアしたら、それで終わり、というわけでもない。経営者自身の人生は今後も続いていくからだ。どのようにアーリーリタイアするかと同時に、アーリーリタイア後の暮らし方についても十分注意をする必要がある。ここではどういう部分に気をつければいいか見てみよう。

(1)現役時代と同じ暮らし方にせず支出を見直す

まず大事なのは、支出の見直しだ。現役時代と違い、リタイア後には原則として収入はない。そのため、現役時代と同じ暮らし方では、リタイア後の資金を食いつぶしてしまう可能性もある。

さらに、経営者であれば、公私混同とはいかなくとも、会食等が会社の経費になっていたケースも多いだろう。しかし、会社をリタイアすると、そのような支出は、個人の支出になる。経費として使用していたものが個人の出費になることにも注意はしたい。

ここで意識したいのは、4%ルールだ。4%ルールとは、年間支出を資産の4%にしておけば、運用益だけで生活が可能で、資産を減らす可能性が小さい、というルールだ。このようなルールの中で生活すれば、資金が枯渇する心配は、限りなく小さくなるだろう。

もちろん4%ルールで生活していても、資産が減っていく可能性もあるし、4%をどのように運用するか、についてもいろいろな手法がある。こちらも、フィナンシャルプランナーや税理士などと、事前に相談するのがいいだろう。

(2)高リスクな投資に手を出さない

また、生活資金が心配だからとか、余剰資金だからという理由で、ハイリスクハイリターンな投資に手を出すのもやめるべきだ。

ハイリターンな金融商品は、往々にしてハイリスクであることが大きい。ハイリスク投資では、もちろん多くのリターンを得ることはあるが、マイナスになるケースも多い。経営者としての収入がない場合、運用資金の目減りは、思った以上にその後の生活を圧迫する。

経営者の多くはこれまで成功してきたことも多く、「自分だけは違う」と思うかもしれない。しかし、経営と投資は全く違う世界のものだ。きちんとリスクを理解したうえで、適切に資産運用を行うことをお勧めしたい。

(3)自分の会社に必要以上に口を出さない

最後は、「リタイアした会社に、必要以上に口を出さない」ことだ。

もちろん、頼まれてアドバイスをする分には何も問題ない。しかし、いったんリタイアした人が、会社に顔を出し、口を出していたら、バトンを受け継いだ経営者は、どう思うだろうか。あまりいい気分がしないかもしれない。

もはや、リタイアしたら、自分が作った会社であっても、自分の会社ではないのだ。そこは自分でけじめをつけるしかないだろう。

一方、経営者だった自分のスキルなどを、欲しがる人は、会社の外に多くいるかもしれない。実際、顧問を時間単位でできるようなサービスも増えている。自分で新しくビジネスを始めたり、そのようなサービスを活用し、自分のスキルを活かしたりしてもいいだろう。いずれにせよ、リタイアした会社とは、一定の距離を置いて付き合うのが、自分のためでもあり、相手のためでもあるだろう。

経営者のアーリーリタイアとして、M&Aは積極的に検討すべき?

経営者のアーリーリタイアに、M&Aを活用する方法もある。自社の事業の一部あるいは全部を別の会社売却する方法を使えば、手元に資金を残すことができる。実際に中小企業では、M&Aなどを使って他社に事業を承継するケースが増えている。

自社株式の売却によって現金を残すことができるだけでなく、事業の売却後も経営が安定する可能性が高いことがM&Aのメリットだ。買収側は事業に期待して買収をするため、買収後もその事業に資金やリソースを投じてくれる可能性が高い。事業の継続性という観点でも、M&Aにはメリットがあるのだ。

一方で、デメリットもある。M&Aは買収先探しや価格交渉も含めてタフなプロセスであることと、会社が完全に自分の手から離れてしまうことだ。M&Aを選ぶ際は、経営者に覚悟が必要になることを忘れてはならない。

ただ、うまくM&Aを行えば、会社も存続し、経営者側も資産を残すことができる。そのような意味でも、積極的にM&Aは検討したいところだ。

アーリーリタイアのためには、入念な準備が必要

アーリーリタイアという選択は、経営者には魅力的に映るだろう。しかし経営者の場合は、自分のリタイア後の生活だけでなく、残す会社や従業員についても入念に準備をしておかなければならない。親族に承継するのか、従業員に承継するのか、M&Aを行うのか、また相続についてはどうするのか。

さらに、アーリーリタイアしたからと言って、人生が終わるわけではない。むしろ、50代や60代のリタイアは、世間で見たら早い方だ。まだまだ人生は長い。アーリーリタイア後の人生についても、設計をしておくべきだろう。

アーリーリタイアためだけでなく不測の事態に備える意味でも、税理士やファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談して、対策を立てることをおすすめする。

文・THE OWNER編集部

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