本記事は、吉田貞信氏の著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。
〝選ばれし人〟のためのものづくり
ブランドの歴史を紐解くうえで、ルネサンス(文芸復興)の時代は外せません。
ルネサンスとは、14世紀頃からイタリアを中心にヨーロッパ全体へと広がった、文化芸術を中心とした社会的変革を指します。この時代に生み出された新しい技術や、社会の発展が、市民革命や産業革命というその後につながる流れを生み出すきっかけとなりました。
ひとくちにルネサンスといっても、地域や時代によってその様相は大きく異なりますが、大雑把にいうと、この時代にブランドやものづくりを牽引したのは、権力や財力のある王侯貴族たちでした。
彼らは、優れた芸術家や腕のある職人のパトロンとして、文化や芸術発展の礎を築いていきます。高度な技術や技巧を持つ芸術家や職人は、王侯貴族の依頼や支援によってその腕を振るい、自分たちの技術に磨きをかけ、ものづくりを行っていました。
豪奢な貴金属や装身具は、王侯貴族が婦人や娘に贈ることで、富と権力を表すものでした。
優れた腕を持つ職人たちのなかには、これらの仕事を通じて名声を得て、成功を収める者たちも生まれました。
服飾や工芸品に限らず、音楽家や芸術家も、王侯貴族に召し抱えられることが成功への近道の1つでした。
このような背景から、「○○家の○○夫人が身につけるための宝飾品」であったり、「○○王の部屋に飾られる、聖書の一場面を描いた絵画」といった、発注者と職人が直接対峙するものづくりが当時の主流でした。
時代は進み、経済・文化の担い手は、王侯貴族からブルジョアジーと呼ばれる富裕市民層へと移り変わっていきますが、その時々の資産家や権力者たちが、優れたものづくりの担い手であることは変わりませんでした。
パリのジュエリーブランドであるショーメの代表作「ジョゼフィーヌ」は、フランス革命後の皇帝ナポレオン・ボナパルトの夫人が由来と言われています。ナポレオンが夫人への贈りものとして、卓越した腕を持つ職人を擁していたメゾン・ショーメにつくらせた逸品が、現代にも受け継がれるブランドのアイコンになっています。
パリの5大ジュエラーと呼ばれる「メレリオ・ディ・メレー(1613年)」「ショーメ(1780年)」「モーブッサン(1827年)」「ブシュロン(1858年)」「ヴァンクリーフ&アーペル(1906年)」など、現存する老舗ブランドの多くは、このような時代背景のもとで生まれています。
生活の中に一流の宝飾品や芸術、音楽が当たり前のように存在していた上流階級の人々は、きっと目が肥えていたはずです。野心のある職人や商工業主は、そんな彼らの欲求を満たすために切磋琢磨し、技術や品質を向上させていきました。このような循環のなかで、つくり手としての名声や商品の評判を得ながら、価値や名声を築いていきました。
日本でも人気の高いエルメスは、1837年、ティエリ・エルメスにより、馬具専門店として創業しました。皇帝御用達の馬具職人として、1867年のパリ万国博覧会では賞を獲得するなど、最高級の馬具工房としての地位を確立していきました。
エルメスに限らず、今の時代をときめくラグジュアリーブランドの多くが、この時代にブランドとして歩みはじめています。その多くは、王侯貴族や当時の富裕層など、現代でいうセレブ御用達としてものづくりが始まったことを創業物語としています。
このように、ルネサンス期から産業革命が起こる前に行われていた「選ばれし人」のためのものづくりが、現代につながるブランドの萌芽を育んできましたが、ここでポイントとなるのが、使う人とつくる人それぞれの「顔が見える」「One to One」のものづくりがなされていた、ということです。
これらのブランドは、優れた技術や職人技を磨き、その価値を特徴づけアピールすることで、家業を繁栄させてきました。そしてその過程を通じて優れたブランドとして認知されてきたわけです。これらのことは、「ものづくりの未来」を考えていくうえでも重要な着眼点になりますので頭に留めておいてください。