本記事は、吉田貞信氏の著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=PIXTA)

成長から成熟へ。節目の時代を生きる

2021年のダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)のテーマは「グレート・リセット」でした。

残念ながらコロナ禍の影響もあり、ダボス会議自体は中止になってしまいましたが、グレート・リセットとは、これまで当たり前のものとして受け入れ、社会的営みの基盤としてきた従来のシステムや考え方を一度リセットすることで、世界全体をより良い方向へと導こうという提言です。

グローバルな社会や経済を牽引していくリーダーたちが、時代の大きな移り変わりに対して正面から言及していることの意味を、私たち一般の人間も理解し受け止めていかなければならないでしょう。

さらにベストセラーとなった『人新世の「資本論」』の著者、斎藤幸平さんらが唱えるような、「脱成長」という、さらにドラスティックな主張や実践例もあります。いまさかんに喧伝されている「持続可能な開発」という概念や行動すら、地球環境の破綻を防ぐためにはすでに十分でなく、より本質的に意識と行動を変え、現状の経済成長のモメンタムから抜け出さなければならないという考えです。

グレート・リセットにしても、脱成長にしても、右肩あがりで急坂を登るような経済成長の時代は終わりを告げ、緩やかな成長、もしくは循環・代謝的な成長の時代へと移行していくだろうというのが国内外と問わず社会全般の基準認識となりつつあります。

このような時代の曲がり角で、経済と環境、そして個人がバランスよく共存する社会への移行が試みられていますが、本書で伝えてきた「豊かさを志向する社会へ」という考え方と取り組みもその試みの1つになればと考えています。

人間社会は、ものをつくり出す力とともに発展してきました。科学技術が大きく発展し、その力が急拡大した結果生まれたのが、大量生産大量消費を前提とした社会です。

ここから考えるに、ものとものづくりへの向き合い方によって、社会の在りようは変えられるはずだと言えるのではないかと思います。

日々ものづくりに従事する人たちが何を考え、どのようにメッセージを発信するのか。また、消費者一人ひとりがそのメッセージにどう共感し、新しい価値観がつくり出されていくのか。ものづくりを通じた未来づくりが、いま私たちに求められています。

そして、私たち日本人が長い歴史のなかで育んできた共生の価値観を、世界から高い評価を受けてきた日本のものづくりを通じて表現することで、精神的な豊かさが求められるこれからの時代に、日本の文化がリーダーシップを発揮していけるのではないか、というのが私の考えです。

普通の会社、普通の人が変われば、ものづくりの未来は豊かになる

これらの取り組みや啓発活動は、すでに何十年も前から進められてきました。本書でも紹介してきたように、価値観の変容をいち早く実行した先進的な企業や個人も数多く存在しています。

「豊かさを生み出す」という考え方が、さらに当たり前の共通認識になるために大切になるのは、先進的な考え方や特殊な技能を持つ会社や個人だけでなく、普通の会社やそこで働く普通の人たちこそが、心の豊かさを中心にした仕事や生活を行うことです。

ごく普通に、ごく当たり前にものづくりに取り組む人の多くは、豊かさを生み出す素地があるにも関わらず、まだその可能性を活かしきれていないのではないか。ものづくりに携わるそんな人や会社が素地と可能性を活かしつつ、デジタルとブランドの力を活かしてアップデートし、社会に豊かさを生み出す存在になるべきというのが本書の趣旨です。

地球全体がインターネットでつながることで、ものづくりが思わぬところから評価を受けることもあります。たとえば、1947年生まれの水彩画家、柴崎春通さんは、ユーチューブでの情報発信をきっかけに、アメリカのテレビネットワークCNNに出演するなど、一躍世界的な評価を得るようになりました。

柴崎さんが希有な存在というわけではなく、インターネットを通じて自分の能力が世界に認められる事例は、これからもたくさん出てくることでしょう。

私たちアーツアンドクラフツも、先進的な技術を持つベンチャーでもなければ、特別な商品を開発している会社でもありません。独自性があるとすれば、デジタル、マーケティング、ブランディングの知識や技術を仕組み化し、実践に移すマネジメント力があったことだと思っています。その力を武器にして、ジュエリーというオーセンティックな業界で手仕事と工業生産の両方を組み合わせながら、ものづくりを続けてきたごく普通の会社です。

そんな私たちでも、心の豊かさという未来づくりへの貢献ができるかもしれないという思いと、未だに埋もれた可能性を持つ人たちが飛躍する何かのきっかけになればということが本書を書く動機でもあり、皆さんにも伝えたいことなのです。

ふるくてあたらしいものづくりの未来
吉田貞信
アーツアンドクラフツ株式会社
取締役・ブランド事業部長
株式会社NTTデータ、株式会社フロンティアインターナショナルにて、IT・広告・マーケティング領域を中心に、B2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど、多数のプロジェクトに従事。
2010年にアーツアンドクラフツ株式会社の設立に参画し、ジュエリーブランド「ith」の事業開発を担当。自社での実践を通じた独自のブランド開発メソッドをもとに、本書を執筆。

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