本記事は、吉田貞信氏の著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。
「デジタル社会」にも影響を受けない、ものづくりの価値
デジタルにも功罪があります。デジタルはその性質上、あらゆるものごとを均質化します。ビジネスはもちろん、生活における私たちの営みも均質化・効率化していきます。それと同時に、世界中のものが均等に結び付けられ、従来は生まれなかった取引や関係性が生まれています。
デジタルが発達し、地球規模で全体最適がなされる一方で、それがもたらす均質化・効率化は、各地域、各企業、各個人が有していた特異性をも失わせることもあります。
液晶テレビの歴史は、象徴的なものです。2000年代はじめ、アメリカで登場したVIZIO(ビジオ)というスタートアップ系のブランドは、自社工場を持たず、台湾の鴻海精密工業のEMS(受託生産)を利用することで、価格破壊をしかけ安価に大型テレビがつくれるようにしました。
その一方で、「世界の亀山ブランド」のキャッチコピーと共に、一時は好業績をあげたシャープは、価格破壊とコモディティ化に勝てず、2016年に鴻海精密工業に買収されました。
このような特性を持つデジタルの世界で同質化に抗い、個性や独自性を生み出す可能性を秘めているのが、人間の感覚や感性から生み出されるものであり、その象徴が「手仕事」です。
たとえばジュエリーの世界では、機械で厳格に定義された形や寸法通りにつくるよりも、優れた職人がその人なりの感覚で仕上げた方が、美しさや着け心地が上回ることもあります。
人間の感覚にはゆらぎがあるからこそ、人間の感覚で対応したものが理屈を超えて心地よく、美しく感じるということが起こるのでしょう。
デジタル化が進んでも、人との接点、ものと人の間のインターフェイスにおいては、人の感覚に基づくアナログな要素が介在することでそのモノの体感品質を高め、安心感を与えることができます。機械的な再現性を持たないことを逆手に、唯一無二の顧客体験を提供できるようになります。
規模の経済では勝負できない小さなプレイヤーだからこそ、思い切って手仕事に象徴されるアナログな感覚や感性を武器にしてブランドづくりを進めることで、独自の活路がひらけるのです。
中小企業こそ、ブランドの民主化を活かすべき
ブランド論の第一人者であるD・A・アーカー氏は、ブランドを「資産」と定義しています。ブランドづくりを堅実に積み重ねていけば、顧客を呼び寄せ、商品・サービスの価値を高め、商品単価や利益率の向上をもたらします。ブランドは企業に継続的な利益をもたらす「経営資産」となるのです。
インターネットやSNSの登場により、さきほど紹介したD2Cブランドのように短期間でブランドをつくれるようになりました。かつては大企業や、限られた老舗企業だけのものであった「ブランド」というものを、あらゆる企業や個人が活用できる土壌が整うことで、新しいチャンスがもたらされる時代になろうとしています。ブランドの民主化とも言えるこの状況は、多くの会社や個人にとってポジティブな状況だと言えるでしょう。
ネットやSNSをうまく使い、短期間で賞賛や共感を集めブランド化する企業や個人が注目される一方で、ブランドの礎となる潜在力があるにも関わらず、そのポテンシャルを活かしきれていない企業がまだまだたくさんあります。
一夜にしてスターブランドにのし上がったような事例が耳目を集めがちですが、実際のところは誠実にコツコツと努力を重ねて実力や実績を備えた企業こそ、「資産」化するに足る実力、いわばブランド化するための核を備えているのです。
派手さはなくとも、創業から続く熱い思いをもとに、時間をかけて地道なものづくりに取り組んできた企業、磨けば光るブランドの原石のような企業が、未だあらゆるところに眠っているはずです。
このように実力を持つ会社や個人にこそ、ブランドが民主化されていく状況を活かして世の中に豊かさを届けてほしいのです。