本記事は、阿部淳一郎氏の著書『ロジカルティーチング ガツガツしていない若手社員を伸ばす技術』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています

「自分は昔こうやって育ったのだ」の押し付けをしていないか?〘バラ色の回顧〙

上司
(画像=PIXTA)

20歳前後をともに過ごした昔の仲間との飲み会で、当時の話をするのは楽しいですよね? 心理学でバラ色の回顧といいますが、人間には、「昔は良かった」と自分の過去を美化してしまう心の特徴があります。

特に、動物としての肉体的なピーク時期(20代前半くらいまで)の「ハードだった経験」ほど、この傾向が見られます。

ゆえに「自分たちの若い頃は、こんなに厳しくて、私はそれに食らいついていった。それに比べてイマドキの若い奴らは甘い!」といったアプローチをしてしまいがちです。

この背景にあるものは、自己正当化です。自分自身の過去を肯定したいがゆえに「自分の経験したやり方こそが絶対的に正しい」と強く思い込んでしまうのです。気持ちはとても分かります。

しかし、これは相手本位ではありません。教え手本位です。なぜなら「自分たちが体験してきた教わり方=効果的な育てられ方」とは必ずしも限らないからです。

たとえば、ある高校のサッカー部の監督が「自分たちの時代は、『練習中に水は飲んではいけない』『うさぎ跳びを毎日、たとえどれほど足が痛かろうが300回はやる』『1年生は日陰で休んではいけない』といった厳しいものだった。練習とはこういうものだ」というスタンスに立った指導を生徒たちにしたとしましょう。

選手のパフォーマンスを高めるという目的から見た際、この指導方法が「科学的な根拠に基づいたトレーニング」よりも、効果的だといえるでしょうか?

ご自身が若い頃に経験してきた教わり方は、ご自身が優秀だからこそ機能したものかもしれません。つまり、万人に当てはまるアプローチであるとは必ずしも限りません。

アンラーニング(学習棄却)という概念があります。

「自分自身が経験を通じて培ってきた価値観や習慣。これらを必要なもの・必要でないものを取捨選択し、新しいものを取り入れながら修正するスキル」のことを言います。

もちろん「これまでの経験を捨てて、全て相手に合わせましょう」ということではありません。ご自身が、これまで積み重ねてきたキャリアの中で、若者にとって有益な、伝えるべきご経験や考え方や知識、スキル等もたくさんあるはずです。

それらを大切にしつつも、同時に、時代に合ったもの・合っていないものを、時代の変化に応じて変えていく柔軟さ、いわばアップデートをしましょうという概念です。

このアンラーニングをすることも、違うカルチャーを生きている若者を育てる立場に立った際は必要になるのではないでしょうか。

「できないのは気持ちの問題だ」という指導をしていないか?〘生存バイアス〙

2つ目の注意点は、「自分ができたのだから、誰でもできて当然! できないのは言い訳でしかない。気持ちの問題だ!」といった指導をしていないかという点です。

「自分が1年目の頃は、コンスタントに月に300万円の売上を立てていた。それに比べ、キミはその半分以下じゃないか。私はできていたのだから、達成できないというのは言い訳でしかない。気持ちの問題だ!」

特にプレーヤーとして優秀な方ほど、指導する立場に立った際、このような「できないのは気持ちの問題だ」という指導をしがちです。このような囚われを生存バイアスといいます。

これは簡単に言えば、「特定の(優秀な)誰かができたこと=全員ができること」という思い込みです。これは間違いです。そんなことはありえません。

たとえば、野球に本気で取り組んでいる高校生はたくさんいるでしょう。しかし、熱い思いを持ち、同じ量の努力をしている人でも、プロにいける人もいれば、いけない人もいるのが現実です。

結果としてプロにいけた人は、「高い資質」に加えて、努力をした方が大半でしょう。ここで無視してはいけないのは「資質」の存在です。

人には明確な能力格差が存在します。しかし、「自分が特定の優秀な誰か側がわ」にいる方は、自分ほどの資質がない人のことを理解できない場合も多いものです。

もちろん「気持ちの問題だ! 型」の指導は、相手の奮起を促すために行っている場合がほとんどでしょう。

しかし、このアプローチは特に自己効力感が低い若手に対しては、「恐怖」を与えるだけになってしまい、相手を「ストレスまみれ」にしてしまいます。

何ごとも「気持ちの問題」で解決できるものではありません。

能力格差、意欲格差は存在するという前提に立ち、相手を受け止め、相手の能力・意欲レベルに合わせた指導をすることが必要です。

「返事はハイかYES」というスタンスで接していないか?〘イイコ症候群〙

3つ目の注意点は「上司・先輩に対する返事は『ハイかYES以外の返事は認めない』という圧をかけたスタンスで接していないか?」という点です。このアプローチは、相手をイイコ症候群にしてしまうリスクを高めます。

イイコ症候群とは、自分の本音を押し殺し、相手の顔色を窺い、相手が望む行動を追い求めるようになった思考パターンのこと。これにはデメリットが2つあります。

1つ目は「ストレス過多にしてしまいやすい」という点です。

ハイかYESの強要は、言い換えると、「あなたに自分の意見を言う権利を与えません。全てをグッと飲み込み、気持ちを押し殺しなさい。あなたという人間の考えや気持ちなど、どうでもいいのです」という「存在否定」のメッセージです。

これは当然ながら、強烈なストレスがかかる状態です。

こういった環境で前向きに頑張ろうと思えるはずがありません。このストレスは、早期離職やメンタル不調を誘発することにつながります。

2つ目は「主体性が育はぐくまれない」という点です

ハイかYESを強要されるということは、「自分で考えて動く」ということを全否定されているわけです。これでは主体性が育まれません。その代わりに育まれるのは「顔色窺い思考」です。

行動基準が「どうすればより価値を生み出せるか?」ではなく「どうすれば上司・先輩に怒られないか? 機嫌を損ねないか?」になります。

このメンタリティでは人は伸びません。伸びないどころか、メンタル不調を誘発します。

心理学者のアドラーは「全ての人は対等な関係にある」と述べています。もちろん組織ですから、役職が存在するのは当たり前でしょう。

とはいえ「人対人」という観点では対等であるはずです。

組織上の役職の上下や先輩後輩の関係はあれど、ひとりの人間として誠実に向き合い、相手の意見に耳を傾け、対話をすることが大切になるのです。

ロジカルティーチング ガツガツしていない若手社員を伸ばす技術
阿部淳一郎(あべ・じゅんいちろう)
若手の採用・育成・定着に強い人材開発コンサルタント。株式会社ラーニングエンタテイメント代表取締役/保健学修士。大手社会人教育企業などに勤務後、2004年起業。以後、一貫して「意識が高いわけではない若手をメンタル不調にさせず、無駄な早期離職を減らし、どう活躍してもらうか」をコンセプトに、心理学を土台にした手法を活用し、大手企業~中小企業・行政・中小企業支援団体等にて、採用・育成・定着・就職支援等に携わる。登壇実績2000本以上。30社以上の企業にてコンサルティング実績。起業時から多くの大学にて学生の就職支援にも携わり「若者が会社では絶対に言わない仕事に対する本音」にも精通。一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会の参事も務め、パワハラ予防にも詳しい。『これからの教え方の教科書』(明日香出版社)など著書5冊。マイナビニュースや月刊人事マネジメントでの連載、日本経済新聞、読売新聞などメディア登場も多数。東洋学園大学兼任講師(キャリア形成論担当)。早稲田大学教育学部卒。筑波大学大学院(行動科学/ストレスマネジメント領域)修了。

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