要旨

高齢者,就業,中国
(画像=PIXTA)

中国では高齢化が進展する中で、長期化する老後の生活―長生きリスクにどう備えるかが大きな課題となりつつある。定年退職年齢の引き上げが難航し、高齢者の就業意欲向上、雇用の機会や場所の創出が進まないまま、総人口の減少時代を迎えようとしている。

高齢者に`やさしい'社会づくり

中国政府は、11月24日、「新時代の高齢者対策の強化に関する意見1」(以下、「意見」)を発出した。政府は高齢者対策を国の重要な戦略と位置付けており、特に、6中全会後に発出された今回の意見は注目される内容と言えよう。

意見では、まず、高齢者対策を強化することで、多くの高齢者に達成感、幸福感、安心をより感じてもらいたいとしている。その内容として、(1)介護・高齢者向けサービス体制の健全化、(2)高齢者の健康サポート体制の強化、(3)高齢者の社会参加の促進、(4)高齢者にやさしい社会の構築、(5)高齢者向け消費マーケットの積極的な育成、(6)高齢者向け事業の強化、(7)党・関係組織における高齢者対策の優先度の引き上げを挙げている。

例えば、(1)、(2)、(5)、(6)といった介護サービスの拡充や制度整備、施設建設の資金調達、健康促進、高齢者向けの消費マーケットの成長などは、既存の政府通知や政策においてよく見られる内容でもある。以下では、施設やサービスといった環境や制度の整備ではなく、高齢者自身の問題でもある就業((3)高齢者の社会参加の促進)に注目してみたい。

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1 中国においては60歳以上を高齢者と定義している。

高齢化の進展、長生きリスクの浮上

上掲の(3)高齢者の社会参加の促進では、1) リカレント教育の場の拡充、2) 文化・運動などの活動への参加促進、3) 就業やボランティア、地域活動への参加奨励を挙げている。高齢者の社会参加の促進の背景には、いきがいの充足や、健康寿命の延伸など心身の健康促進もあろう。加えて、高齢者がこれまで蓄積した社会経験やスキルなどを社会に還元し、就業や社会活動の機会創出をうかがう点も見受けられる。

労働力という視点からみると、中国は生産年齢人口の減少による労働力の低下局面にあり、今後はそれが経済成長に影響を及ぼすことも考えられる。政府は、産業のデジタル化を促進し、自動化による生産性の向上など、労働力の質の向上をはかることでその影響を少しでも軽減しようとしている。それに加えて、労働力の量を増やすといった点から考えると、高齢者の就労促進は重要なテーマと考えられよう。中国ではもとより女性(生産年齢人口)の労働参加率は高く、欧米のような移民の受け入れも少ない。経済成長へのマイナスの影響の緩和を考えた場合、今後、高齢者の雇用促進や雇用機会の創出を検討する必要もあろう。

また、高齢化が進展する中で、社会全体としても長期化する老後の生活が抱える問題、つまり長寿リスク(長生きリスク)にどう備えるのかが大きな課題になりつつある。中国においても平均寿命は延びており、2019年時点で全国の平均寿命は77.3歳となっている。ただし、大規模都市などでは平均寿命が更に延びており、北京市は82.3歳、上海市は83.7歳など、人生90年くらいは考えておく必要がある。

平均寿命の延びに対して、法定退職年齢及び年金受給開始年齢(都市部の会社員)は男性が60歳、女性は50歳または55歳と早く、実際は多くの人がこの法定退職年齢前に定年退職をしてしまう。中国における法定退職年齢は1950年代に定められて以降、改定されていない状態だ2。

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2 1951年に公布された「中華人民共和国労働保険条例」で男性の定年退職年齢が60歳、女性は50歳とされ、1958年の国務院による「関于工人、職員退休処理的暫定規定」で、女性の退職年齢として、企業や機関に勤務する場合は55歳、それ以外の職員は50歳に改定された。

中国における高齢者(60歳以上)のうち、男性の就業率は16.5%、女性は10.4%(2015年)。

『中国都市・農村高齢者生活状況調査報告(2018)』によると、高齢者の就業者数は増加傾向にあり、2015年時点で5,957万人3まで増加している(図表1)。ただし、60歳以上の高齢者のうち、男性の就業率は16.5%、女性は10.4%にとどまっている。日本の高齢者(65歳以上)の就業率と比較してしまうとその低さが目立つが、中国の場合は女性の定年退職年齢が早く(50歳または55歳)、育児(この場合は孫世代)の家族化が定着し、それが現役世代の就労を支えているという点にも留意が必要であろう(図表2)。

また、図表1をみると、中国の高齢者の就業率は、男女とも2000年ごろから緩やかに低下している。その背景には、高齢化は伸展しつつも4、それと同時に経済の高度成長期による所得の向上や資産の形成がなされている点がうかがえる。また、当時の高齢者世代は出産期に一人っ子政策の影響を受けていない点から、複数の子どもによるサポートが得やすい環境にあることも考えられる。しかし、今後、高齢化が更に伸展し、一人っ子世代の親世代が高齢者に移行すると、これまでと同様の状況が維持できるとは限らないであろう。

そうなると老後の生活を支える公的年金制度の重要性は更に高まることが考えられるが、制度の持続性や健全性、年金給付の十分性の確保が懸念材料として挙げられている。特に課題とされているのが、定年退職年齢の引き上げである。現行法に基づけば、定年退職年齢の引き上げとともに年金受給開始年齢も引き上げられることになるからだ。この問題は長年検討されてきたが、上掲の状況から導入が先送りされてきた5。中国では定年退職年齢の引き上げ、高齢者の就業意欲の向上、高齢者が安心して働ける環境の整備、雇用の機会の創出が進まない状況下で、総人口の減少時代を迎えようとしている。

一方、調査が実施された2015年時点での中国の高齢化率は16.1%であり、日本で高齢化率がほぼ同じなのは1999年(高齢化率は16.2%)となる。1999年当時の日本の高齢者(65歳以上)のうち、就業している割合は、男性が34.3%で、女性が14.7%であった(中国の2015年時点では、男性が11.4%、女性が6.7%)。更に、60-64歳の場合は、男性が66.1%、女性が38.6%と更に高くなる(中国の2015年時点では、男性が25.8%、女性が17.0%)。日本の高齢者の就業率はそれまでも高い水準で推移していたが、高齢化、総人口の減少が進む中で、就業率は更に上昇している。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

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3 2015年の高齢者数の就業者数、高齢者数のデータは2015年の人口1%サンプル調査を基に、実際の抽出率(1.55%)で調整して算出されている。
4 中国では2001年に高齢化社会(総人口のうち65歳以上の高齢者が7%を占める)に移行している。
5 2015年3月、主務官庁である人力資源社会保障部は、当初は、2015年中に定年退職年齢の引き上げに関する案の制定、2016年内の中央政府の同意と社会への公開、2017年の公布、2022年以降の正式な実施を発表していた。
http://politics.people.com.cn/n/2015/0311/c1001-26673240.html、 2021年12月8日アクセス

難航する法定退職年齢の引き上げ

上掲からも日本の高齢者の就業率はもとより高く、主要国と比較してみても高い状態にあることがうかがえる(図表3)。各国で、高齢者そのものの定義や、高齢者自身の就業意識、社会の捉え方、就労機会などの状況が異なるため比較は難しいかもしれない。しかし、日本における特徴の1つとして考えらえるのは、高い就業意欲をベースとしながらも、高齢者の就業機会の創出や確保という労働市場の調整や、定年退職年齢、年金制度の改定などの法律・政策をおよそ50年という時間をかけて丁寧に整備した点が挙げられる。高齢化にともなう働き方の変化や年金受給の開始時期の調整は、老後の生活の安定化に直結する。その調整をする前に、社会や高齢者の就労意識を変え、老後の不安を軽減する必要もあろう。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

日本と中国は人口規模も高齢化のタイミングも異なる。しかし、高齢化のスピードはほぼ同じ、もしくは中国の方が少し速い状況にある。日本が高齢化社会(1970年・高齢化率7%)から高齢社会(1994年・高齢化率14%)への移行にかかった時間は24年、中国は推計で同じ24年(2025年)となっている6。また、日本は高齢社会から超高齢社会(2007年・高齢化率21%)への移行は13年、中国は推計で11年(2036年)とされている。

日本は世界的にみても速いスピードで高齢化が進行している点を考慮しながら、高齢化社会(1970年)に移行する前段階から準備を始めていたと考えられよう。例えば、1963年の高齢者福祉法において高齢者の就業や社会活動の機会創出が提唱され、1971年の中高年齢者等雇用促進法では高齢者の就業機会の確保、1986年 の高年齢者雇用安定法では60歳定年が努力義務化されている。2013年からは定年を60歳未満とすることを禁じ、65歳まで引き上げる雇用確保措置を講じている。更に、2021年4月からは70歳までの就労機会確保が企業の努力義務となっている。

中国は、法定退職年齢の引き上げを2025年までに実施するとしている7。しかし、これまでと同様、状況の改善等が進まないままでの実施に対して社会の反応は厳しく、政府は具体的な引き上げ方法を示せない状況にある。本来であれば、事前に社会や高齢者自身の就労意識の変革や、高齢者が安心して働けるよう育児の脱家族化、市場化をはかる必要もあろう。長期的に考えて高齢者が安心して働ける雇用機会を創出、確保していく必要もある。こういった時間や労力のかかる問題を短期間で解決しようとすれば、冒頭の「意見」にあるような`多くの高齢者が達成感、幸福感、安心をより感じる社会'への道のりは厳しさを増すではなかろうか。

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6 UN,World Population Prospects。なお、2021年5月に公表された国勢調査から、高齢社会、超高齢社会への移行の更なる前倒しが懸念されている。
7 「中華人民共和国国民経済和社会発展第十四個五年規画和2035年遠景目標綱要」(2021年3月)

片山 ゆき (かたやま ゆき)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

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