本記事は、山口雄大氏の著書『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。

ブティック,在庫
(画像=PIXTA)

トップマネジメントの意思決定支援

プロアクティブな予算管理を可能にする

需給の要衝としての需要予測

需要予測は企業のサプライチェーンにおいて、需要と供給の間にある機能だとご理解いただけたと思います。マーケティング、営業など、消費者や顧客と接する部門からインサイトを入手し、データ分析に基づく需要予測として整理します。これを原材料の調達や生産、ロジスティクスに提示することで、SCMを動かしています。

同時に、マーケティングや営業部門に対しては、市場変化や供給情報を踏まえた需要の見通しを提供することで、マーケティングアクションの再考を促すこともできます。従来から、需要予測は供給サイドへの情報発信機能として認識されてきました。しかし、2010年代なかばから、日本でもS&OPの概念が広がっていく中で、需要サイドへの新しい価値提供も期待されていると感じています。

この1冊ですべてわかる 需要予測の基本
(画像=この1冊ですべてわかる 需要予測の基本)

社内において、こうした需給情報の統合と、そこからの示唆を発信できるのは、需要予測の機能のみです。そのため、需要予測からの情報は、経営を担うトップマネジメント層にとっても価値のあるものとなります。

トップマネジメントが需要予測に望むこと

具体的には、S&OPを通じて、需要予測は大きく2つの価値をトップマネジメント層へ提供できると考えています。

ひとつは、市場変化やマーケティングの成否に関する早期のシグナル発信です。需要予測は週や月の単位で、SKUごとに、市場の変化やマーケティングの結果を反映し、更新していきます。

私の経験では、新商品は発売から1週間以内に、需要予測を更新してきました。この時点で、マーケティングの成否を一旦、評価することができるのです。それが計画通りでなければ、その時点で新たなアクションを検討することが可能になります。因果モデルで予測していれば、アクションの方向性も提案できます。

もうひとつは、こうしたアジャイルな需要予測の更新を踏まえた、営業収益やコストの見通しの精度向上です。四半期や半期といった期間の実績確定を待たずに、需要予測やそれを受けたアクションの変更を踏まえることができるため、収益やコストの見通しも早期に更新することができます。

特に環境の不確実性が高いビジネスの場合に、この価値は大きくなると考えられます。S&OPの運用がはじまっていく中で、需要予測はこうした新たな価値創出を目指していくべきといえます。

この1冊ですべてわかる 需要予測の基本
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SCM戦略に合わせた在庫の持ち方【ユニクロ VS しまむらの事例】

SKU別の在庫計画は需要予測を基に立案します。一方で全体的な在庫戦略については、その企業のSCM戦略からブレイクダウンして考える必要があります。

ここでSCM戦略に基づく在庫の考え方の対比について、事例を紹介します。

品切れと過剰在庫の抑制はトレードオフの関係にありますが、ここから大きく2種類のSCM戦略を考えることができます。

ひとつは、在庫がある程度増えることは容認し、品切れを徹底的に防ぐことで、売上の最大化を図るという方向性です。

もうひとつは、ある程度の品切れを容認し、在庫を極小化することでコストを抑え、利益の最大化を図るという方向性です。在庫を抑制することで保管費や人件費などの管理コストを抑え、経営指標である在庫回転率やCCC、ROAなどを向上できます。

衣料品小売業において、対照的な戦略を採用している2つの企業があります。

ひとつはファーストリテイリングが展開する「ユニクロ」で、品切れ抑制を重視する前者です。

もうひとつは、2010年代にユニクロに次ぐ売上規模となった「しまむら」で、過剰在庫極小化を重視する後者になります。

ユニクロは、シンプルなデザインで高機能な商品を多く扱っています。エアリズムやヒートテック、ウルトラライトダウンなど、デザインがシンプルで使いやすく、他にはない特長的な高機能を備えている商品が思い浮かぶかもしれません。また、ワイシャツやデニムパンツなど、シンプルなデザインの定番品が販売されている印象があります。これらはデザインがシンプルであるがゆえ、流行の変化による需要の浮き沈みが比較的少ないと考えられます。

需要予測の視点で考察すると、色やサイズが豊富な分、発売直後はそれらの構成比予測が難しかった一方、販売実績が蓄積されると、需要予測の難易度は低くなると想像できます。特にワイシャツや下着などは、誰もが繰り返し購入するカテゴリーであり、かつ全体としては、色やサイズのニーズは、時間が経っても大きくは変わらないからです。

そのため高精度の需要予測を期待でき、まとまった量の生産によって、生産コストの削減を狙うことができます。しかし、エアリズムやヒートテックなど、需要に季節性がある商品もあり、おそらく気温の変化や梅雨の期間の長さなどの影響を受けるので、需要のピークシーズンやその境目の時期の予測はむずかしくなります。

そこで、在庫戦略が重要になります。全社的なSCM戦略として「品切れ極小化」という方向性が示されている場合は、余裕を持って在庫を用意するという方針になります。もちろんこれだけでなく、品切れを抑制するために柔軟な生産体制の整備などもされていると思いますが、早稲田大学ビジネススクールの山根節教授が著書『「儲かる会社」の財務諸表』(光文社)の中で考察しているところによると、2014年8月期においては、他社と比較して、棚卸資産、つまり在庫は決して少なくなかったそうです。このことからも、品切れを抑制するために、在庫は余裕を持って用意していたと考えられます。

しまむらは、多品種の少量展開やパート社員の業務改革などによって、2000年代に急激に売上を伸ばしました。商圏の比較的狭い郊外に展開されていることが多く、その地域において同じ服を着ている人がいるのを嫌がる消費者の気持ちと、少量多品種展開がマッチしたといわれています。

販売されている衣料は、無難なデザインというよりは、その時々の流行のデザインのものが多いという印象です。実際に、しまむらは多くの社外のデザイナーから大規模な買いつけを行ない、売り切りを前提とした販売スタイルを採用しているそうです。

少量多品種展開でも採算が合うのは、店舗数の多さゆえです。ユニクロよりも圧倒的に店舗数を多く展開しているため、1店あたりの仕入れ数が少なくても、全国では非常に大きな数量になります。これにより、基本的には各店舗において、商品がいつまでも売れ残る確率が小さくなり、効率的な在庫運用が可能になっています。

また、多くのデザイナーから買いつけているため、次々と新しいデザインの衣料が入ってきます。つまり、消費者からすると来店するたびに新しい商品に出会えるということです。これが再来店にもつながる好循環を生み出しているのでしょう。

売り切りというのは見方を変えれば品切れであり、大人気の商品が出たとしても再生産はありません。そのため、販売機会を損失しているという見方もできます。しまむらはそれを許容し、少ない在庫で新しい商品を出し続けることで、販売機会の損失を補って余りあるほどの売上を達成できてきたのだと考えられます。

しまむらのSCM戦略については、需要予測の視点ではこれ以上の考察はできません。

なぜなら、1店あたりの仕入れ数がある程度決まっているため、需要予測が不要だからです。高精度の需要予測よりも、最低限1店あたり数個は売れる商品の見極めが重要だと考えられます。バイヤーの目利きが重要ということです。

これらは経営戦略の違いとして、さまざまなメディアでも取り上げられ、考察されてきました。しかし、このようにSCM戦略における在庫の考え方の違いとして考察しても、非常に興味深いものです。この事例からSCMが経営にとって重要であることがおわかりいただけるでしょう。

この1冊ですべてわかる 需要予測の基本
山口 雄大
東京都出身。東京工業大学生命理工学部卒業。同大学大学院社会理工学研究科修了(認知科学)。同イノベーションマネジメント研究科ストラテジックSCMコース修了。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(フロンティアの経営学)。

資生堂販売株式会社で入出庫、検品、配達等のロジスティクス実務を経験後、株式会社資生堂で10年以上にわたりさまざまなブランドの需要予測を担当。2021年現在はS&OPマネジャー。新商品の需要予測モデルや日別POSデータを使った予測システムの開発、需要マネジメントのしくみ設計や需要予測AIの構築をリードした。

2016年インバウンド需要予測の手法が秘匿発明に認定される。2019年からコンサルティングファームの需要予測アドバイザーに就任。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ! 需要予測の基本」講座講師。日本オペレーションズリサーチ学会や経営情報学会で需要予測に関する論文発表を実施。専門誌「ロジスティクスシステム」(日本ロジスティクスシステム協会)にコラム「知の融合で創造する需要予測のイノベーション」を連載中。

他の著書に『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)、『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術』(光文社新書)、『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)がある。

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