本記事は、山口雄大氏の著書『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。
需要予測を高度化できる組織風土
プロセス設計、システム導入、プランナー育成を支援する
需要予測精度を高める組織風土
需要予測の精度には、次の3つが重要です。
- ①予測プロセス
- ②支援システム
- ③プランナーのスキル
これらの3要素を高度化するためには組織風土が重要だと指摘されています(Daniel Fitzpatrick, 2020年)。この組織風土は6つの要素で整理できます。
(1)トップマネジメント層の関心
高度なプロセス設計や支援システムの導入には、投資が必要です。そのため、トップマネジメント層が需要予測を重視し、関心を持つことが大切です。
また、需要が変動し、品切れや過剰在庫が問題になったときに、デマンドプランナーだけが責められることのないようにすべきです。ビジネスにおける需要予測は、さまざまな部門のコンセンサスを得て進められるので、デマンドプランナーだけに責任を負わせるべきではありません。
デマンドプランナーへの責任の偏りは、「品切れで責められた経験を持つデマンドプランナーの需要予測が不必要に高くなる」といった認知バイアスを生み出す原因となるため、トップマネジメント層が守ることが欠かせないといわれています。
(2)デマンドプランナーの育成・採用
需要予測の具体的なプロセス設計やシステム運用はデマンドプランナーが主導します。これを任せられる人材を育成、採用するという意識が必要です。しかし、スキルの高いデマンドプランナーの採用はむずかしい場合が多いです。採用時に適切に評価するのにもスキルが必要になります。面接で過去の実務経験をしっかりと深掘りし、需要予測に対するマインドも評価しましょう。
(3)需要予測のトレーニング
すでに述べた通り、需要予測には専門的なスキルが必要です。
特にデータ分析のスキルは、マインドを学んだうえで、実践を通して身につけることが有効です。また、付録にスキルチェックリストを掲載していますので、それも各社のオペレーションに合わせてアレンジし、活用してください。実際に私はこれをアレンジしたシートで、年に2回、デマンドプランナーの評価とフィードバックを行なってきました。
IBFのアメリカでの調査でも、私の日本での調査でも、需要予測やS&OPに関するトレーニングプログラムを社内で整備している企業は少ないという結果でした。需要予測はオペレーションを担う機能のため、実務が優先されますが、中長期的な目線でナレッジマネジメントやトレーニングの設計を進める風土をつくりましょう。
(4)予測メトリクス
具体的な精度評価の指標は需要予測のパフォーマンスを客観的に評価し、関連部門に開示することが有効です。これが需要予測機能の責任感を高めるとともに、その価値を社内に広く知らしめることになります。
また、予測メトリクスはプロセス高度化や支援システム導入のための分析の入り口になります。ブランド別、アカウント別、エリア別、プロセス別、モデル別など、さまざまな切り口で予測精度をモニタリングできる環境づくりが重要です。改善には測定できることが必要です。
(5)需要予測ツール
精度向上にも有効ですが、オペレーションスピードの向上に大きな効果を生むのが、需要予測ツールです。熟練のデマンドプランナーがオペレーションを行なっている企業では、システムを導入しても短期的には精度は上がらないでしょう。しかし、2つの点で効果が期待できます。ひとつは、中長期的に担当者が変更になった場合の精度維持です。もうひとつが、オペレーションの効率化です。
熟練プランナーの時間をよりデータ分析に使うことができれば、たとえば新商品など、精度が低いカテゴリーの予測精度を上げられる可能性があります。
また、需要予測の支援ツールとは、単に予測の機能だけを指しません。メトリクス管理やS&OP支援など、需要予測オペレーションのマネジメントにも活用するという発想が有効です。ただ、こうしたシステムパッケージは見たことがないので、メーカーはITベンダーと協同し、設計する必要があるでしょう。
(6)デマンドプランナーのキャリアパス
海外ではデマンドプランナーは専門職として認められ、採用枠もありますが、それでもキャリパスの整備は課題となっているようです。デマンドプランナーを経験した後、ブランドマネジャーとしてマーケティングのプロフェッショナルを目指せるのか、経営管理に異動し、事業マネジメントをリードしていくポジションに昇格できるのか、そうした道筋を用意することでモチベーションの向上につながります。最近では、S&OPのマネジャーとして、需給サイドから経営を支援していくというキャリアもおもしろいかもしれません。
日本では、まずはデマンドプランナーの正式認定からはじめる必要があります。必要なスキルを定義し、キャリアパスを明示するとよいでしょう。スキルの明確化には、たとえば、本書付録のようなチェックリストが役立ちます。また、これには人事部門の関与が必要になります。
需要予測の精度は、思いつきのモデル変更や人材採用では高くなりません。本書で紹介したようなフレームワークに基づき、大きな視野で、目指すべき姿とそれに向けたマイルストーンを設定することが必要です。
資生堂販売株式会社で入出庫、検品、配達等のロジスティクス実務を経験後、株式会社資生堂で10年以上にわたりさまざまなブランドの需要予測を担当。2021年現在はS&OPマネジャー。新商品の需要予測モデルや日別POSデータを使った予測システムの開発、需要マネジメントのしくみ設計や需要予測AIの構築をリードした。
2016年インバウンド需要予測の手法が秘匿発明に認定される。2019年からコンサルティングファームの需要予測アドバイザーに就任。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ! 需要予測の基本」講座講師。日本オペレーションズリサーチ学会や経営情報学会で需要予測に関する論文発表を実施。専門誌「ロジスティクスシステム」(日本ロジスティクスシステム協会)に、コラム「知の融合で創造する需要予測のイノベーション」を連載中。
他の著書に『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)、『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術』(光文社新書)、『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)がある。※画像をクリックするとAmazonに飛びます