本記事は、山口雄大氏の著書『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。

Simulation
(画像=PIXTA)

2種類の需要シミュレーション

起こりうる未来と起こらなかった過去を予測する

起こりうる複数の未来を予測する

需要予測は未来におけるひとつの数字を予測するだけではありません。未来における複数の数字や起こらなかった過去も予測することが可能です。これにより、従来からフォーカスされてきた在庫管理、S&OPのためだけではない、新しい2つの価値を提供することができます。

ひとつは、不確実な未来に対し、複数のシナリオにおける需要を予測することです。これにより、すでに何度か登場したレンジ・フォーキャストを提示することができます。

よくあるのが、気象条件のシナリオ分析です。『ニュートン式超図解 最強に面白い!! 天気』(荒木健太郎著 NEWTON PRESS 2020)によると、先行数週間の天気は、かなり高い精度で予測されています。1930年代にはじまった気球での大気観測から、最近では気象レーダーや気象衛星などによって気圧、気温、風速、水蒸気の量など、気象に影響するさまざまな要素を観測できるようになりました。これを、予測モデルを組み込んだスーパーコンピューターが解析し、プロの予報士がその解釈をわかりやすく伝えています。この一連の流れは需要予測にそっくりです。

しかし、それでも半年や1年先の気象を予測するのは簡単ではありません。そこで、気象条件が重要になる日焼け止めやビールなどの中長期の需要予測では、シナリオ分析をすることがあります。猛暑、冷夏、平年並みといったシナリオに合わせ、複数の需要を予測するのです。

これには因果モデルの活用が有効です。この後で説明しますが、不確実性の高い要素があっても、こうした複数のシナリオを想定することで、需要変動の幅を可視化できます。どれくらいの確率でどの程度の需要変動が起こるかがまったくわからない「不確実な状況」を、確率で需要変動の幅を可視化した「リスク」へ変換するといえるでしょう。

もうひとつは、起こらなかった過去を予測することで、実際に起こったイベントの需要への影響度を試算するための需要予測です。

たとえば、ある商品のプロモーションのために著名なインフルエンサーを起用したライブストリーミングを行なったとします。これにより、売上をアップすることができました。この効果を定量的に把握するには、ライブストリーミングがなかった場合の需要を予測し、実績との差を測定する必要があります。

プロモーション直前の売上と比較して効果測定するケースもありますが、これは正確ではありません。なぜなら時期が異なると、季節性の差があるかもしれず、トレンドによって水準が変化している可能性もあるからです。マーケティングの投資対効果を把握するには、こうした過去の需要予測が有効です。

また、コロナ禍緊急事態宣言の発令による小売店休業の影響といった、外部要因の影響度試算にも活用できます。これも直前や前年の実績と比較するのは正確ではなく、需要であれば、季節性やトレンドを考慮すべきであり、緊急事態宣言が発令されなかった場合を予測すべきといえます。これは次のような式で試算します。

「条件Aの影響」=「過去の実績」−「条件Aがなかった場合の需要予測」

私はこれを「仮想的需要予測」と呼んでいます。

需要に影響するイベントは、これら以外にも多数あります。たとえば、次のようなものです。

  • テレビCMなどの宣伝投入
  • 供給数量が決まった限定品の発売
  • 類似性の高い商品の発売
  • 品切れ

もちろん、過去を予測するとはいえ、完璧にはできません。そのため、可能な限り精緻に見込むことを目標に、需要をシミュレーションするという認識で行ないます。

得られた効果や影響度は、需要予測のナレッジとして以降の予測に活用できるようになります。つまり、需要シミュレーションがナレッジを創出します。

この1冊ですべてわかる 需要予測の基本
(画像=この1冊ですべてわかる 需要予測の基本)
この1冊ですべてわかる 需要予測の基本
山口 雄大
東京都出身。東京工業大学生命理工学部卒業。同大学大学院社会理工学研究科修了(認知科学)。同イノベーションマネジメント研究科ストラテジックSCMコース修了。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(フロンティアの経営学)。
資生堂販売株式会社で入出庫、検品、配達等のロジスティクス実務を経験後、株式会社資生堂で10年以上にわたりさまざまなブランドの需要予測を担当。2021年現在はS&OPマネジャー。新商品の需要予測モデルや日別POSデータを使った予測システムの開発、需要マネジメントのしくみ設計や需要予測AIの構築をリードした。
2016年インバウンド需要予測の手法が秘匿発明に認定される。2019年からコンサルティングファームの需要予測アドバイザーに就任。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ! 需要予測の基本」講座講師。日本オペレーションズリサーチ学会や経営情報学会で需要予測に関する論文発表を実施。専門誌「ロジスティクスシステム」(日本ロジスティクスシステム協会)に、コラム「知の融合で創造する需要予測のイノベーション」を連載中。
他の著書に『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)、『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術』(光文社新書)、『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)がある。

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