本記事は、山口雄大氏の著書『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。
地球とのかかわり
環境問題への対応がより重要になってきている
SCMと地球環境
SCMは一企業としての利益追求だけでなく、地球環境とのつながりもあるダイナミックな概念です。
近年では二酸化炭素(CO2)排出量の削減が重視されています。二酸化炭素は、異常気象の要因のひとつと考えられている地球温暖化に影響しているといわれています。海外では1990年代から、フィンランドやオランダ、イタリア、イギリスなどをはじめ、ヨーロッパの多くの国で、炭素税やそれに類するエネルギー税が導入されてきました。
炭素税とは、特定非営利活動法人「環境・持続社会」研究センター(JACSES)によると、「石炭・石油・天然ガスなどの化石燃料に、炭素の含有量に応じて税金をかけて、化石燃料やそれを利用した商品の生産・使用の価格を引き上げることで需要を抑制し、結果としてCO2排出量を抑えるという経済的な政策手段」と説明されています。
サプライチェーンでは、トラックや航空機、鉄道などでの輸送によって、二酸化炭素が排出されます。そのため、各企業は効率的なロジスティクスを考えなければなりません。
日本でも2012年から、地球温暖化対策税というものが施行されました。これは、化石燃料(石油やガス、石炭など)ごとに税率が設定されていて、利用量に応じて税負担が発生する仕組みです。
SCMを担う実務家は、世界の動きや国の規制などについても知っておく必要があるといえます。
返品物流と焼却
需要が予測を大幅に下回り、ある商品が大量に売れ残ったとします。在庫が小売店で残り、物流センターにも残ることになります。これをそのままにすることは、小売店にとってもメーカーにとってもよいことではありません。小売店では、一部の売り場を占拠されるため、売れ筋の商品を並べるスペースが少なくなります。そのため小売店で売れ残った商品は、返品として物流センターへ戻されることになるでしょう。メーカーでは、商品の保管にかかる費用を払い続けることになります。
この商品は利益を生んでいないにもかかわらず、輸送費がかかっています。また、これらは焼却されることになり、輸配送含め、二酸化炭素が排出されることになります。返品、焼却を生む需要予測のミスは、余分な二酸化炭素の排出につながるのです。
2021年5月28日、日本経済新聞の朝刊に「パナソニック、30年にCO2ゼロ目標」という記事が掲載されました。それによると脱炭素の動きは世界でフォーカスされてきており、日本でもパナソニック社が2030年に実質排出量ゼロを目標として掲げたということです。また、パナソニック社はこのためのアプローチとして、省エネと再生可能エネルギーの活用を挙げています。
パナソニック社はサプライチェーンのパッケージソフトを扱うブルーヨンダー社と協同して省エネを目指すようですが、ここで使われるのが需要予測AIです。
需要予測AIについて、ブルーヨンダー社の需要予測AIの学習法は、そこで紹介するのと同じ、機械学習です。これは大量データの中から関係性を見出し、分類や予測を行なうというものです。
AIを使った需要予測精度の向上によって、生産や調達、輸配送のムダを減らし、二酸化炭素の排出を抑制しようと考えているわけです。このように、需要予測は環境負荷の低減においても重要な役割を果たします。
ESG投資
企業の環境問題対応への関心の高まりとともに、ESG投資という言葉を耳にするようになりました。ESGとは次の頭文字で、企業の環境負荷低減や社会貢献の取り組みが注目されています。
- Environmental:環境
- Social:社会
- (Corporate)Governance:(企業)統治
金融関係のさまざまな指数を公表しているS&Pダヴ・ジョーンズ・インデックスが、環境保全や社会貢献などの取り組みが進んでいると評価した企業を、ダヴ・ジョーンズ・サスティナビリティ・インデックス(Dow Jones Sustainability Index:DJSI)として公表しています。DJSIに認定されると、世界的に認められているという証明になり、投資家へアピールできます。
DJSIの評価項目には、企業のさまざまな機能(事業戦略やマーケティングなど)に関するものがあり、その中のひとつにSCMがあります。私もSCMに関する項目については目を通しており、原材料の調達機能に関するものが多いという印象です。具体的には、原材料の供給元であるサプライヤーに対する行動規範の設定やリスク管理です。SCMにおいて、特に原材料の調達機能にかかわる方は、こうした視点も意識しなければなりません。
CSR
また、アメリカの調査会社ガートナー(Gartner)が、公表されている企業の財務データやアナリストの定性的な評価を基に、SCMで高いパフォーマンスを示している企業を毎年25位まで発表しています。その評価項目にはROA(Return On Asset:総資本利益率と訳され、企業の持つ資本でどれくらい利益を出しているかという指標)や在庫回転率(Inventory Turnover:所有している在庫が年間で何回転するかという指標)などがあります。
そのひとつにCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)評価があります。CSRとは、地球、社会の中で活動する企業が、それら環境の持続可能性を考慮する責任のことです。そこには消費者だけでなく、株主や行政などのステークホルダー(利害関係者)も含まれます。CSRやその発展的な概念であるサスティナビリティも、SCMで視野に入れるべき概念になっています。
途上国サプライヤーと連携する社会貢献【ウォルマートの事例】
CSRには社会貢献が含まれますが、大企業の社会貢献のひとつに雇用創出があります。
世界No.1小売業であるアメリカのウォルマートは、事業規模を活かし、国境を越えての雇用創出を行ないました。
途上国の零細農家をサプライヤーとし、サプライチェーンでつなげたのです。途上国の零細農家がサプライヤーとして活動するには、次のようなさまざまな課題を抱えている場合がほとんどです。
- 品質と数量において安定した生産
- 商品の管理と輸送
- 運転資金の確保
- 英語でのコミュニケーション
ウォルマートは、途上国の零細農家のこれらの課題を積極的にバックアップしました。
ウォルマートは、次の4項目でサプライヤーを評価する仕組みをつくり、サプライヤーを育成しています。
①商品
②市場
③サプライヤー
④エコシステム
この結果、ウォルマートは途上国における貧困問題の解決に貢献し、さらには高品質の農作物を確保することができているといいます(この取り組みについてさらに知りたい方は、『月刊ロジスティクス・ビジネス』2016年9月号をご参照ください)。
サプライチェーンにおいて、原材料の調達は非常に重要です。高品質でかつ安定的な供給を期待できるサプライヤーは、たくさんあるわけではありません。そのため、ある原材料を使った商品の需要が何らかの理由によって急激に伸びた場合、少ないサプライヤーに多くのメーカーから注文が殺到することになります。
交渉力の弱い企業は必要な原材料を確保できず、需要が伸びている商品を供給することができなくなります。これは、大きな販売機会損失へつながるでしょう。また、交渉を勝ち抜いたとしても、多くの費用がかかってしまうかもしれません。
このような場合、ウォルマートのように自社で評価基準を設け、サプライヤーを育てている企業は非常に有利になります。すでに取引のあるサプライヤーから選ぶだけでなく、育てるという中長期的な視点も持ってサプライチェーンを構築していくほうが、長い目で見れば競争力を高めることになります。そのためには、自社で明確な評価基準を持つことが重要だといえます。
資生堂販売株式会社で入出庫、検品、配達等のロジスティクス実務を経験後、株式会社資生堂で10年以上にわたりさまざまなブランドの需要予測を担当。2021年現在はS&OPマネジャー。新商品の需要予測モデルや日別POSデータを使った予測システムの開発、需要マネジメントのしくみ設計や需要予測AIの構築をリードした。
2016年インバウンド需要予測の手法が秘匿発明に認定される。2019年からコンサルティングファームの需要予測アドバイザーに就任。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ! 需要予測の基本」講座講師。日本オペレーションズリサーチ学会や経営情報学会で需要予測に関する論文発表を実施。専門誌「ロジスティクスシステム」(日本ロジスティクスシステム協会)に、コラム「知の融合で創造する需要予測のイノベーション」を連載中。
他の著書に『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)、『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術』(光文社新書)、『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)がある。※画像をクリックするとAmazonに飛びます