本記事は、田村秀男氏の著書『「経済成長」とは何か - 日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています

バブルとは?

バブル
(画像=tadamichi/PIXTA)

バブルは金融市場あるいは不動産市場に関する金融現象です。前者の典型的な例は株式です。株価がどんどん上がる。それでバブルかというと、さしたる定義や計算方式はないのです。ただ後講釈で、やっぱりこんなに利益が下がっていたのに株価が上がったのはおかしいみたいな話、「あのときバブルだったよね」というようなことが多い。

例えばアメリカでITバブルが起きている2000年、当時のアラン・グリーンスパンFRB議長が優秀なスタッフ、エコノミストを総動員して、日本の平成バブルの研究をやらせています。そこからバブルの定義ができるかと。バブルの発生から崩壊までさまざまな角度で分析して議論しましたが、株価や地価がどんどん上昇しているときに、バブルだと判定できる基準はないという結論に至りました。

ましてや株価や地価がどんどん上昇しているとき、当事者のマインドはイケイケどんどんになってしまっているわけですから、そこで一回冷静になって、「これはバブルだから」と抑えようとしても、インフレ率が低水準で安定している場合には説得力がない。というのも、金融政策は本来、株価や地価を上げたり下げたりするためにあるのではなく、あくまでもモノに対する通貨の価値、即ち物価を適正水準に維持するためにあるからです。

いわんやFRBの検討結果が示すように、「これはバブルだ」と中央銀行が判定できるかというと、それはできない。要するに「バブルだから金融を引き締めましょう」という金融政策上の判断はできないのです。

繰り返しになりますが、インフレなら「いまインフレだ」と判定できます。通常、物価がだいたい4〜5%、もっと上がるかもしれないというときは、景気が過熱しているという意味でインフレだと判定できます。しかし、株価が5%上がった、さらに10%上がったらどうでしょう。これで金融引き締めをやるわけにもいきません。

例えば、アメリカの株価は新型コロナウイルス・ショックが起きた2020年3月から上昇を続け、2021年3月には50%、8月は60%アップになり、いわゆるバブル懸念が市場にも漂ったのですが、FRBは金融緩和を継続しました。というのも実体経済はコロナ禍の重圧がのしかかったままですから、実体経済を痛めつける金融引き締めに踏み切ることは誰が見ても無茶だからです。勿論、前述したようにバブルだという判定は不可能ですからなおさらです。

ともあれ、FRBは2000年以来、バブルに関してできることは何かと発想を変え、株価が急落して、それが続くと「もうバブルは崩壊した」と判断するようになりました。つまりリアルタイムで「バブルだ」という定義はしないで、逆に崩壊して初めてバブルだったということで、バブル崩壊が引き起こす金融市場全体の機能障害を最小限に食い止めて、実体経済への影響を少なくする事後政策に専念するようになったのです。

バブルが崩壊したあと、実体経済に及ぼす大きなマイナスの影響についてですが、1990年代初めの平成バブル崩壊を受けた日本の場合、慢性デフレ不況という途方もない深刻なものでした。

アメリカは日本の失敗を教訓に、バブル崩壊後の経済停滞やデフレ不況を防ぐためにはどうすればいいかに視点を変えたわけです。この発想の変換が効力を発揮したのがリーマン・ショックです。起きたあと、FRBはどんどんドルを刷って、紙くず同然になった債券類をその刷ったドルで買い上げ、危機に陥っていた金融機関を救済しました。その結果、アメリカ経済の急降下にブレーキをかけたと評されました。

このときのFRB議長がベン・バーナンキです。彼はマネタリストで新自由主義を代表する学者ミルトン・フリードマンの信奉者です。フリードマンの寓話に則って「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけばよい」と発言し、「ヘリコプター・ベン」と呼ばれていました。マネタリストは「デフレのときに金融は大いに量的緩和すべきで、FRBは大いに緩和すべきだ。金融の量が物価を決める」と主張しています。それゆえ戦前の世界大恐慌のときデフレ不況がずっと続いたのは、FRBの金融引き締めという政策の失敗が最大の原因だと主張しています。

「ヘリコプターマネー」を最初に提唱したのはフリードマンですが、フリードマンの言っていることをよく読むと、「ヘリコプターでお金をばらまいても、1回だけだとお金を拾った人は皆貯め込んでしまって使わない。それでは効果がない。だから、彼らには『もっと来るぞ』と思わせないといけない」と主張しています。またマインドの話になりますが、もっと来るんであれば、使ってもいいとなりますから。だから「ヘリコプターマネー」は2度、3度とやらねばならないのです。

結局フリードマンの「ヘリコプターマネー」は、実体経済、商品に直接訴えることになりました。一方で、いま日銀のやっている量的緩和はどんどんお金を刷って、金融市場に流し込んでいるだけです。つまり、金融機関が持て余している資産、とくに国債、あるいは株券を買い上げて、その保有者である金融機関にキャッシュを渡しているのです。だから金融機関はキャッシュをどこかに運用しないといけなくなります。

ところが、そもそも日本は長期のデフレで実体経済に需要がありません。モノやサービスに対する需要がないのです。それで「手っ取り早く運用できるのはどこか」となって、1年未満のお金の貸し借りをする短期の金融市場に白羽の矢が立ちます。そして、日本の金融機関が持て余しているお金を低コストで吸い上げられればいいチャンスだと、外国の金融機関や投資ファンドがやってきます。こういう連中がそのお金を吸い上げて、より高いキャピタルゲインが望める市場 ── それは日本ではなく、アメリカやよその国の市場です ── に投資します。つまり日銀の量的緩和で出たお金は、日本の景気にはほとんど効き目がないのです。

「ヘリコプターマネー」といっても、金融機関相手にお金をばらまいたところで、実体経済の回復に繫がらないことははっきりしているわけです。

実際バーナンキの「ヘリコプターマネー」も、実体経済に直接効果があったとは言い難かったのです。FRBは量的緩和をしましたが、財政はFRBの管轄ではないので、財政の拡張に関与できませんでした。財政の拡張は政権の役割です。当時のオバマ政権は確かにリーマン後の不況対策で財政拡張をやろうとしたのですが、議会で共和党に反対され、ほとんどできませんでした。そのためFRBの量的緩和は実体経済良化にほとんど繫がりませんでした。

ただしアメリカの場合は株式市場と実体経済が深く関わりあっています。まず株式市場は安定していて、量的緩和の影響で少し上がりはじめます。そうすると、アメリカは株式をやってる人が非常に多いから、だんだん「お金を使おうか」というトレンドになっていきます。それで実体経済が回りはじめる。

それから株価が高くなると、企業は資金調達をしやすくなります。IPOなど増資で賄えるのです。こうなるとゼロコストのお金を引き上げられるわけですから、これを新しい技術やビジネスに投資できます。それで設備投資の環境が良くなる。ということで実体経済が徐々に立ち上がってくるというわけです。

これはほとんど株を持っていない貧困層は無関係になってしまいます。つまり格差が広がるというマイナス効果はあります。しかし、とくにアメリカの場合、株価上昇は全体のパイを大きくできるわけです。環境は良くなります。

株投資を一般の人たちがあまりやらない日本の場合には、これと同じような効果は望めません。まったくないというわけではありませんが。

「経済成長」とは何か - 日本人の給料が25年上がらない理由
田村秀男(たむら ひでお)
産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員。1946年、高知県生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒後、日本経済新聞入社。ワシントン特派員、経済部次長・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て、2006年に産経新聞社に移籍、現在に至る。主な著書に『日経新聞の真実』(光文社新書)『人民元・ドル・円』(岩波新書)『経済で読む「日・米・中」関係』(扶桑社新書)『検証 米中貿易戦争』(マガジンランド)『日本再興』(ワニブックス)がある。

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