本記事は、田村秀男氏の著書『「経済成長」とは何か - 日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています

アリババと中国共産党

アリババ
(画像=chormail/PIXTA)

中国では新興企業が続々と生まれています。中国共産党の支配下にある企業、例えば、中国石油化工集団や国家電網などは国営企業ですが、ここのところの新興企業は民営企業と言われています。最たる例がアリババ集団です。アリババは目覚ましい成功を収めていますが、その背景にはチャイナ・マーケットという巨大な内需があります。

アリババ創業者のジャック・マーは、太子党のグループ ── 江沢民の孫・江志成や劉雲山の息子・劉楽飛など ── と親しくしていました。彼らはたくさん資産を持っていて、目利きもいますから、そういう連中に取り入って「お前の事業はいけそうだ」と出資元になってもらいました。コネ社会で「なるほど、これはいけそうだ」と評判が立つと、どんどんお金をつぎ込んでくれ、どんどん膨らんでいく。

ところがマーのように、ある意味で習近平より影響力があったり、有名になってしまったりすると、中国共産党としては放置できなくなり、押さえつけることになります。

それにも拘わらず、マーも調子に乗って、昨年(2020年)10月、銀行関係者の集まりで堂々と「中国の銀行は古い質屋みたいなもんだ」と言ってしまいました。それが共産党の逆鱗に触れ ── 図星なのでしょうが ── いま、マーは軟禁状態で潰されようとしています。

アリババに関して習近平がやろうとしているのは、マーから実権と株をすべて取り上げることです。今年(2021年)4月「独占禁止法違反だ」と言って、アリババに日本円で約3,000億円の罰金を科しました。それから、取引材料としては中国でよくある話ですが、そのような脅しをかけて、譲歩を引き出すわけです。恐らくマーには「もうアリババから一切手を引け」と言っているかもしれません。株を習近平の息のかかった企業に全部売れというような話でしょう。

もうひとつ言うと、アリババはネットビジネスだから顧客の個人情報をたくさん持っています。データバンクに全情報が入っているわけです。だから、そのデータを全部よこせと言っている可能性があります。それで居ながらにして中国国民をAIですべて監視できるというわけです。

中国のような監視国家になると、いつ誰かが反旗を翻すかわからないという恐怖があるのです。

ジャック・マーは反逆していて、実際に中国共産党からプレッシャーを受けているでしょう。しかし反面、マーという人物は非常に賢い人間だから、じつは演技ではないかという説もあるのです。

どういうことかというと、アリババはネットビジネス、例えばアマゾンと似たようなビジネス形態ですから、グローバルに展開したいわけです。アメリカでも日本でも、ヨーロッパでもビジネスを拡大したい、どんどん資金調達をしたい。したがって習近平と対立しているということになると、アメリカの警戒が緩くなる可能性があります。

アリババはニューヨークで株式上場していますが、アリババから習近平と公安グループに全部筒抜けで情報が流れる。あるいはアリババがアメリカで調達したドルは、中国の軍のほうに回るかもしれないというので、アメリカはかなり警戒しています。そういうなかで、マーがわざわざ習近平を怒らせるようなことを言って対立すると、アメリカ側のそのような警戒が緩む可能性があるというわけです。

なぜ習近平はデジタル人民元に固執するのか?

一般のキャッシュ(現金)はどういうものか考えてみましょう。

まず、匿名性が高い。中国共産党はその匿名性の高さこそが怖いわけです。というのも追跡ができませんから。お金に逃げられてしまうのです。例えば中国人が人民元の札束を香港に持っていって、そこで香港ドル経由でアメリカドルに替えてしまうというようなことをやられてしまうわけです。これでは誰がやったのかがわからない。規制しようとしてもできません。お金が流出しているのに何もできない。

口座で銀行から銀行にお金を動かしている場合であれば、追跡可能です。中国共産党当局の監視下に入ります。銀行からデジタル送信して「おいお前、そこで何に使ったんだ」と。要するにお金の動いた履歴が残っているということです。

キャッシュの場合、札束にしてどこかに詰め込んでおけば、誰にも気づかれません。例えば日本でも、亡くなった親の家で押し入れに汚い段ボールがあって、遺族がゴミだと思って捨てようとしたら2,000万円くらいの札束が出てきたというような話がたまにあります。中国ではさすがに隠し金のスケールが大きく、汚職の高官がキャッシュで貯め込んでいて、捜査に入ったマンションの一室が日本円で数十億円相当の札束で埋まっていた……そんな話が出てきます。

それからもうひとつ、お金は個人情報を伴うという側面です。反体制派でも、習近平の政治的ライバルの派閥のボスでも、その一族でも、あるいはマフィアでも、監視したい対象を最も効率的に監視する方法は、お金をどういうふうに使っているかをすべて日々刻々、AI(人工知能)によってモニタリングすることです。

これらのことを可能にするのは何かというと、貨幣のデジタル化です。

例えば中国人民銀行がデジタル人民元を発行して、「はい、みんなこれを使いなさい」とやると、匿名性がなくなる。それは皆知っています。それに対して、ビットコインなどは匿名性が高い。だから、習近平政権はビットコインを目の敵にして、ビットコイン取引やビットコインをコンピュータで入手する採掘(マイニング)を2021年に全面禁止にしました。アリババのアリペイも同様です。

ペイペイなどのオンライン決済サービスは結局、銀行経由になるため、当局が銀行を押さえているかぎりは追跡できます。

アリババが当局にアリペイのデータを出せと言われたとき、もし抵抗したら、アリペイには当局に踏み込まれて匿名性を失うかもしれないなど、不安はないとは言えません。ただ当局がその気になれば、アリペイであってもモニタリングは、完璧ではないとしても可能だと思います。これがデジタル人民元になると、国が発行するわけですから、完璧にできてしまいます。

「経済成長」とは何か - 日本人の給料が25年上がらない理由
田村秀男(たむら ひでお)
産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員。1946年、高知県生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒後、日本経済新聞入社。ワシントン特派員、経済部次長・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て、2006年に産経新聞社に移籍、現在に至る。主な著書に『日経新聞の真実』(光文社新書)『人民元・ドル・円』(岩波新書)『経済で読む「日・米・中」関係』(扶桑社新書)『検証 米中貿易戦争』(マガジンランド)『日本再興』(ワニブックス)がある。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます
ZUU online library
(※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます)