「ロシアによるウクライナ侵攻を機に防衛機器の需要が拡大する」との思惑が広がる中、主要軍事株が急騰している。欧米諸国を巻き込んだ東欧の対立は、過去数年で5,000億ドル(約59兆6,145億円)規模に拡大した軍事産業に、さらなる巨額の利益をもたらすことが予想される。
その一方で、防衛政策に影響を与えることを目的に、「過去20年間で約28億ドルがロビー活動や選挙献金に費やされた」との報告もある。
主要軍事関連株が急騰
東欧の緊迫が最高潮に高まった2022年1月、米航空宇宙・防衛軍企業レイセオン・テクノロジーズのグレゴリー・ヘイズCEOとロッキードマーティンのジム・テイクレートCEOは投資家との決算説明会で、自社が恩恵を受ける可能性のある世界的な不安定要素の1つの側面として、「東欧の緊張」「大国間の競争」を挙げた。
2022年2月24日、ロシアがウクライナへ侵攻を開始したことにより、両者の不吉な予想は的中することとなった。
2022年2月22~3月8日の期間、S&P500が3%低下したのに対し、航空宇宙・防衛関連の33銘柄で構成されるETF(上場投資信託)「iShares U.S. Aerospace & Defense ETF」の上昇率は8.7%を上回った。
航空産業へのエクスポージャーが足かせとなった米ボーイングを除く、世界のトップ5軍事関連企業株は軒並み上昇した。英BAEシステムズ、仏タレス、米ロッキードマーティン、レイセオン・テクノロジーズ、ノースロップグラマンの株価はそれぞれ約28%、40%、20%、1%、16%急騰し、日本でも川崎重工業や三菱重工業、IHIなど防衛産業株も高値を付けた。
2022年3月18日現在、欧米諸国はウクライナに自国の軍隊を派遣していないが、西側の防衛メーカーの兵器を大量に提供している。兵器提供を含む各国の軍事支援の規模は、米国とEU(欧州連合)だけでもそれぞれ総額12億ドル、4億5,000万ユーロ(約7兆 7,890億円)にのぼる。
その他、英国やオーストラリア、トルコ、カナダなどもウクライナの軍事支援に乗り出しており、NATO(北大西洋条約機構)はウクライナ国境付近の軍隊を強化している。また、この紛争を機に自国の防衛戦略を見直す国が増えていることから、世界の防衛費は今後さらに増加し、長期的に防衛関連銘柄が上昇するとの見方が強い。
JPモルガン・チェースは2021年12月に「中立」から「売り推奨」へ引き下げたBAEシステムズの格付けを、侵攻開始翌日に再び「中立」へ引き上げた。
2020年の世界の軍事費、過去32年間で最大に
台湾有事、北朝鮮の核開発、ウクライナ危機など、過去数年にわたる世界規模な軍事的脅威の高まりを受け、軍需拡大の兆しはすでに顕著に現れていた。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の調査によると、2020年の世界の軍事費は前年比2.6%増の推計1兆9,810億ドル(約236兆1,546億円)と、同研究が統計を開始した1988年以来最高額に達した。
世界最大の軍事大国、米国の支出は7,780億ドル(約92兆7,317億円)と全体の39%を占め、中国(13%)、インド(3.7%)、ロシア(3.1%)、英国(3%)が続いた。日本は491億ドル(約5兆8523億円、2.5%)だった。
2021年は、アフガニスタンから撤退した米国の軍事費が6%減少したことから総体的に1.8%減ったものの、東欧情勢を警戒していた欧州の軍事費は4.8%増えたことが英国際戦略研究所(IISS)の報告書で明らかになった。
拡大し続ける軍事関連企業の利益
各国の軍備強化は、軍事関連企業の利益に反映されている。
コロナ禍で世界経済が3.1%縮小したにもかかわらず、世界の軍事関連企業上位100社による2020年の売上高は、5,310億ドル(約63兆2,878億円)と6年連続で増加した。前年比実質1.3%増、2015年比17%増を記録した。売上高の54%は米軍事関連企業41社によるもので、ロッキードマーティンやBAEシステムズなどの上位10社中6社は売上高を伸ばしている。
2021年も勢いは衰えず、BAEシステムズの営業益はマージン改善により、23億 8,900万ドル(約2,847億9,102万円)と23.7%増加した。
同社はウクライナ侵攻が始まった2022年2月24日に、2022年の年間売上高が2~4%増加し、発表した見通しでは、フリーキャッシュフローが10億ポンド(約1,571億2,307万円)を超えるという。さらに、2024年までの3年間の目標を40億ポンド(約6,284億9,230万円)以上に設定している。
ウクライナへの軍備提供に加え、各国が続々と自国の防衛予算を引き上げている現在、BAEシステムズの見通しは決して楽観的ではない。紛争はすでに欧州や中国で、国防費の大幅な増加を誘発している。
ロビー活動・選挙献金に約28億ドル
一方、「防衛」という名目で、戦争から利益を得ている軍事企業への批判も高まっており、ロビー活動の事実も続々と明るみに出ている。
腐敗・汚職に取り組む国際非政府組織トランスペアレンシー・インターナショナルがまとめたデータによると、BA システムズは過去10年間、英政府に最も積極的にロビー活動を行っていた企業である。同社が2020年初頭~2021年末の期間、政府閣僚と会談した回数は30回に及ぶ。
一方、献金が選挙や政策に及ぼす影響を追跡する非営利組織オープンシークレットは、過去20年間で防衛企業が政治家へのロビー活動に25億ドル(約2,980億3,913万円)、選挙運動への献金に2億8,500万ドル(約339億7,646万円)を費やしたと見積もっている。
2020年に最も多額の献金を行った米軍事企業はロッキードマーティン、ボーイング、ノースロップグラマン、レイセオン、ゼネラルダイナミクスの5社で、その総額は推定6,000万ドル(約71億5,293万円)にのぼる。この中には、セディション・コーカス(2020年の米大統領選挙の際、ジョー・バイデン氏の認証に反対票を投じた米共和党員)への献金も含まれる。
長期的な世界平和とはなにか?
「戦争や紛争が起これば武器商人が儲かる」のは、公然の事実である。「需要があるから供給する」とこれらの企業は主張するだろう。簡単な答えはないが、軍事的な脅威がなくならない限り、各国が「防衛」のために軍備を排除することは難しい。国際社会は今、「長期的な世界平和とはなにか」という疑問に直面している。
文・アレン・琴子(英国在住のフリーライター)