3 ―― 消費チャネルの変化:ECシフトの加速

コロナ禍では、巣ごもり消費が増加し、ECシフトが加速した。経済産業省の「電子商取引に関する市場調査」によると、2020年のEC市場規模は、12.2兆円(前年比+21.7%)と急拡大した(*6)。この結果、日本のEC化率は8.1%となり、前年からの上昇幅は+1.3ポイントと過去最大の伸びを示した(図表 - 7)。

商業施設売上高の長期予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

ただし、総務省の「家計消費状況調査」を確認すると、2021年に消費者のECシフトは、コロナ禍以前のペースまで鈍化した。緊急事態宣言が初めて発令され、外出抑制が余儀なくされたことでEC支出額は急増し、2020年4月に前年比+45.1%、2020年5月に+66.7%となった(図表 - 8)。

その後も高い伸び率を維持し、2021年3月までは概ね+40%~+60%の伸び率を維持した(*7)。しかし、2021年4月以降は平均+10%に伸び率が減速しており、コロナ禍におけるECシフトの加速は一巡した可能性がある。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

*6:物販系分野の消費者向けEC市場規模。「電子商取引に関する市場調査」では、物販系、サービス系、デジタル系の3分野の消費者向けEC市場規模が公表されている。2020年のEC市場規模は、物販系12.2兆円(前年比+21.7%)、サービス系4.6兆円(▲36.1%)、デジタル系2.5兆円(+14.9%)と、コロナ禍による外出自粛を背景に物販系が急拡大する一方、旅行サービスの急減に伴い、サービス系分野が大幅に減少した。3分野合計のEC市場規模は19.3兆円(▲0.4%)と、横ばいとなった。
*7:2020年9月にEC支出額は前年比+21.9%と一時的に減速した。


3 ― 1|品目別にみたECシフト: 目立つ食料品のEC拡大

コロナ禍におけるEC拡大の特徴として、これまでEC化率が低かった「食品、飲料、酒類」などの品目のEC取引額が急増したことが挙げられる。2020年のEC取引額の変化率をみると、増加率が最も高かった品目は「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」(前年比+28.8%)、次いで「書籍、映像・音楽ソフト」(+24.8%)であった(図表 - 9)。

これらの品目はもともとEC化率が高かったが、EC化率の低い「食品、飲料、酒類」(+21.1%)についても、20%を超える高い伸びを示している。

商業施設売上高の長期予測
(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、2020年に加速したECシフトは、足もとで鈍化傾向にあるものの、食料品などはコロナ以前を上回る高い伸びを維持している。2019年から2021年にかけてのEC支出額変化率(前年比)をみると、「食料」(+15.4% → +55.9% → +36.4%)と「健康食品」(+6.3% → +19.4% → +14.1%)は、2021年においても2019年の2倍以上の伸び率となっている(図表 - 10)。

これに対して、「食料」と「健康食品」以外の品目では、EC拡大ペースはコロナ以前の水準に戻っている。なかでも、「家具」(+12.8% → +56.8% → +2.8%)や「家電」(+25.7% → +55.6% → ▲2.8%)は、在宅関連の耐久財支出の反動減が大きく、EC支出額の伸び率は2019年を下回る水準へと急低下している。

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3 ― 2|年齢別にみたECシフト:高年層のEC普及が進む

EC支出額の伸び率は、高年層の方が若年層・中年層より大きく、ECシフトの加速が一服した2021年においても、高年層はコロナ以前の水準を上回っている。EC支出額が急増した2020年4-6月期に、増加率が最も高かったのは「70~79歳」(前年同期比+75.2%)、次いで「80歳~」(+71.9%)であった(図表 - 11)。

2021年10〜12月期においても「70~79歳」(+28.9%)や「80歳~」(+28.9%)といった高齢層は、2019年を上回る伸び率を維持している。これに対して、若年層と中年層のEC支出額の伸び率は、2021年4-6月期以降、コロナ以前の水準まで減速している。

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4 ―― 「コト消費からモノ消費へのシフト」と「ECシフトの加速」は2020年にピーク

コロナ禍では、「コト消費からモノ消費へのシフト」が進んだが、2021年には一部に揺り戻しの動きが見られる。また、品目や年齢別にみると、その変化の内容は決して一律ではない。品目別では、「外食」の代替先として「食料」の支出額が増加した一方、在宅環境改善のための耐久財需要は一巡している。

また、年齢別では、コロナ禍の収束が見通せないなかでも、若年層と中年層ではモノ消費からコト消費への回帰が見られる。これに対して、高年層ではそもそも「コト消費からモノ消費へシフト」したわけではなく、外出を自粛しコト消費とモノ消費をともに減らしている。

コロナ禍が収束すれば、若年層と中年層ではコト消費への回帰が加速すること、高年層でもコト消費の回復が期待されるが、コロナ以前の水準に戻るかどうかについて、現時点で判断することは難しい。

2020年に加速したECシフトは、2021年に入りコロナ以前のペースまで鈍化している。しかし、もともとEC化率が低い品目や年齢層にEC普及が進んだことで、今後のEC拡大ペースが速まるかもしれない。これまで、実物を見て選びたいとのニーズから食料品のEC化率は低かったが、コロナ禍を経て急拡大した。また、高年層のEC支出額は他の年代より大きい伸び率を維持しており、こうした傾向は今後も継続する可能性がある。

コロナ禍における「コト消費からモノ消費へのシフト」と「ECシフトの加速」は2020年にいったんピークを迎えた可能性がある。しかし、コロナ以前の水準にどこまで戻るかは、依然として予断を許さず、今後の動向を注視する必要がありそうだ。

続いて次稿では、本稿の考察をベースに今後の商業施設売上高をシミュレーションしたい


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佐久間誠(さくま まこと)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員

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