この記事は2022年4月6日(水)配信されたメールマガジンの記事「岡三会田・田 アンダースロー(日本経済の新しい見方)『新しい資本主義の稼働には積極財政が必要』」を一部編集し、転載したものです。
新しい政策哲学
新しい政権による新しい政策哲学はマーケットの誤解などで警戒感を生んで、最初は拒絶されることになる。評価の尺度がそれ以前の政策哲学のものからなかなか変化しないからだ。
これまでの政策哲学による運用が現実に合わなくなり、限界にくることで、新しい政策哲学が生まれる。当然ながら、評価の尺度も変わるべきだ。これまでの言説を覆したくないエコノミストの思考が柔軟ではないことも1つの理由であろうが、マーケットは、しばらくは尺度を変えることを拒むようだ。
新自由主義の政策哲学を表に出した小泉内閣の時もそうだった。非効率な企業や金融機関は、倒産などで退出させ、新陳代謝で経済の生産性を上げ、そのために金融機関の不良債権処理を加速させる清算主義に対する警戒感で、最初の2年間は株式市場は大きく下落した。
株式市場が上昇に転じたのは、金融機関への公的資金の注入と日銀の量的金融緩和の拡大により、痛みを軽減しながらの漸進的な改革手法へ、政策がよりプラグマティックになってからだった。容積率緩和など含む都市再生特別措置法などの、効率化だけではなく需要を創出できる規制緩和だけは効果を発揮した。
そして、郵政解散の自民党の圧勝で政治の安定化が改革の促進につながる期待と、グローバル化による貿易拡大と円安の恩恵で、株式市場は大きく上昇した。
▽日経平均の推移とイベント
岸田内閣の経済政策
岸田内閣の経済政策は、効率重視の成長を目指す新自由主義型アベノミクスから、成長と分配の好循環(新しい資本主義)を目指すアベノミクスであるキシダノミクスに変化し、不完全であったリフレ政策が家計に所得を回すようなより完成したものになる。
金融政策は「積極財政と金融緩和のポリシーミックスで2%の物価目標を目指す」。財政政策は「経済・社会システムの維持と発展のため政府の役割は大きいという哲学で財政赤字を許容しながらの積極財政により分配機能を強化する大きな政府へ」。成長戦略は「積極財政による政府の成長投資と所得分配に規制・制度改革を加え企業と家計を支えて総供給と総需要の相乗効果の拡大」となる。
3本の矢、すべてに積極財政が寄与することになる。言いかえれば、積極財政がなければ「新しい資本主義」は稼働できないことになる。
2022年6月に、2023年度の政府予算編成に向けた骨太の方針がまとめられる。積極財政の妨げとなってきたプライマリーバランスの黒字化目標が棚上げされ、積極財政にしっかり転じ、新しい資本主義を稼働できるのかに注目である。
▽新自由主義型からキシダノミクスの新しい資本主義型へ
成長戦略
新自由主義の政策哲学から脱しきれないマーケットの「新しい資本主義」に対する評価が、好転する鍵となるのは成長戦略の進展だろう。
岸田内閣の成長戦略は、規制緩和を含むコスト削減中心の改革から、政府の投資中心の改革へ転換する。財政資金を伴わない効率化のミクロ改革から、財政資金を伴う投資と分配のマクロ改革に軸を移す。前者は主に総供給のみに働くが、後者は総供給と総需要の両方に働く。
分配政策で家計に所得を十分に回して消費を増加させることと、政府の成長投資を呼び水としてグリーンやデジタル、先端科学技術、経済安全保障などの投資フィールドをニューフロンティアとして活性化させることで、投資の期待リターンを上昇させ、企業が刺激されて投資を拡大するようにすることで達成する。
これまでは家計への分配がなく、投資に消費が反応できなかったことで、投資の期待リターンを押し下げていた。
岸田内閣の家計への分配は、給付金などのミクロなものに加え、ネットの資金需要を政府と企業の支出で拡大させるマクロの分配が主となる。日本では不足している家計への所得分配を財政支出で促進することが「成長と分配の好循環」の起点となる。
ネットの資金需要を消滅させたままにしていたのが「新自由主義」型アベノミクスで、財政拡大で十分な水準に維持しようとするのが新しい資本主義型アベノミクスの定義である。ネットの資金需要は、企業と政府を合わせた支出する力で、それが家計に所得が回る力にもなる。
成長投資のメニュー
夏の参議院選挙後には、自民党の「新しい資本主義実行本部」の提言と民間からの意見を取り入れ、自民党の政権公約の成長投資のメニューを具体化する、さらなる経済対策が策定される可能性がある。
岸田内閣の成長戦略は、分配政策で家計に所得を十分に回して消費を増加させることと、政府の成長投資を呼び水としてグリーンやデジタル、先端科学技術などの投資フィールドをニューフロンティアとして活性化させることで、投資の期待リターンを上昇させ、企業が刺激されて投資を拡大するようにすることがシナリオとなっている。
自民党の政権公約で最も力が入っていたのは、成長投資のメニューである。このメニューの周りには、官民一体となったマネーが集まっていくことで、株式市場の投資テーマになっていくだろう。
経済活動の正常化にともなうリベンジ消費から、リベンジ設備投資の動きに景気回復のけん引役を移行させていくことが重要になる。
異常なプラスの企業貯蓄率が示す弱い企業活動が、総需要を破壊する力として内需低迷とデフレの長期化の原因となってきた。
第四次産業革命を背景としたAI、IoT、ロボティクスを含む技術革新、デジタル・トランスフォーメーションという新しいビジネスモデル、遅れていた中小企業のIT投資、脱炭素への取り組み、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、無形資産の拡大に向けた研究開発、そしてウイルス問題後の新常態への適応などの投資テーマには広がりがある。
コロナショック下でのIT技術の活用の経験もイノベーションを促進するだろう。経済活動が回復してくれば、労働需給の逼迫で、生産性と収益率を投資によって向上させる必要性が強く意識されるだろう。
▽自民党の衆議院選挙の公約の中の成長投資
成長投資とは、日本に強みある技術分野を更に強化し、新分野も含めて研究成果の有効活用と国際競争力の強化に向けた戦略的支援を行うこと。
小型衛星コンステレーション等の衛星・ロケット新技術の開発や、政府調達を通じたベンチャー支援等により、宇宙産業の倍増を目指します。
宇宙・海洋資源、G空間、バイオ、コンテンツなど、新たな産業フロンティアを官民挙げて切り拓きます。
日本に強みがあるロボット、マテリアル、半導体、量子(基礎理論・基盤技術)、電磁波、電子顕微鏡、核磁気共鳴装置、アニメ・ゲームなど多様な分野につき、技術成果の有効活用、人材育成、国際競争力強化に向けた戦略的支援を行います。
産学官におけるAIの活用による生産性の向上や高付加価値な財・サービスの創出、5Gの全国展開、6Gの研究開発と社会実装を推進します。
国産量子コンピュータの開発に取り組むとともに、量子暗号通信、量子計測・センシング、量子マテリアル、量子シミュレーションなどの技術領域を支援します。
2030年度温室効果ガス46%削減、2050年カーボンニュートラル実現に向け、企業や国民が挑戦しやすい環境をつくるため、2兆円基金、投資促進税制、規制改革など、あらゆる政策を総動員します。
カーボンニュートラルによる環境と経済の好循環実現のため、エネルギー効率の向上、安全が確認された原子力発電所の再稼働や自動車の電動化の推進、蓄電池、水素、SMR(小型モジュール炉)の地下立地、合成燃料等のカーボンリサイクル技術など、クリーン・エネルギーへの投資を積極的に後押しします。
究極のクリーン・エネルギーである核融合(ウランとプルトニウムが不要で、高レベル放射性廃棄物が出ない高効率発電)開発を国を挙げて推進し、次世代の安定供給電源の柱として実用化を目指します。
日本に世界・アジアの国際金融ハブとしての国際金融都市を確立するべく、海外金融機関や専門人材の受け入れ環境整備を加速させ、コーポレート・ガバナンス改革、取引所の市場構造改革、金融分野のデジタル化の推進などを通じて、資本市場の魅力向上を図ります。公平・公正・透明な金融市場への適正化を図り、金融商品に対する信頼確保に努めます。
未来の成長を生み出す民間投資を喚起するため、現下のゼロ金利環境を最大限に活かし、財政投融資を積極的に活用します。
オープンイノベーションへの税制優遇、研究開発への投資、政府調達など、スタートアップへの徹底的な支援を行います。
インフラの老朽化対策、地域の移動を支える地域交通や都市を結ぶ高速交通のネットワークの維持・活性化、地域での連携・協働の支援に取り組みます。
予測
2022年度から2023年度にかけては、企業の新たな商品・サービスの投入が消費を刺激する好循環が、グリーンやデジタル、先端科学技術などのニューフロンティアを拡大する政府の成長投資を含む経済対策の効果と合わせて、景気回復を経済活動の停滞感が残るU字型から強いV字型に変えるだろう。
設備投資サイクルを示す実質設備投資のGDP比率はバブル崩壊後初めて17%弱の強固な天井を打ち破り、企業の期待成長率・収益率が上振れ始めたことを示すだろう。
企業貯蓄率は低下していき、正常なマイナスに戻り、総需要を破壊する力がなくなることでデフレ脱却の条件が整う。株式市場が大きく上昇するきっかけとなるだろう。
バブル崩壊後のデフレ構造不況からの脱却の転換点に来たことをマーケットは感じ、新しい資本主義への過小評価は高評価に転じ、株式市場は大きく上昇するだろう。
一方、増税などの緊縮財政に走れば、家計への所得がまた回らなくなり、新しい資本主義は稼働できず、株式市場は低い評価をしたまま低迷し、内閣支持率は大きく下落し、政権が倒れることになるだろう。
▽リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
▽設備投資サイクル(実質設備投資GDP比)と企業貯蓄率
田キャノンの政策ウォッチ:3月企業物価と2月機械受注の予想
3月企業物価
2022年4月12日に日銀が発表する3月企業物価は、前年同月比9.4%で、2月(同9.3%)から伸びが拡大すると予想する。エネルギー価格の上昇で前月比ベースの企業物価は増加するが、2021年の前年比の加速が速かったことの反動で、前年比ベースは上昇幅が縮小するだろう。
先行きは、エネルギー価格の上昇を主因とした物価上昇で前月比ベースでは上昇を続けるが、前年比の加速が速かった2021年の反動で前年比は今後鈍化するとみられる。リスクとして、川上から川下への物価上昇が更に波及すれば、前年比は今後加速していく可能性がある。
2月機械受注
2022年4月13日に内閣府が発表する2月機械受注(船舶・電力を除く民需)は前月比マイナス2%で、1月(同マイナス2%)に引き続き、2カ月連続の減少と予想する。
オミクロン株の感染拡大が収まらないため設備投資を控える姿勢が強まり、接触型のサービス業中心に受注が減少するだろう。新たに浮上したロシアのウクライナ侵攻で製造業も機械受注が減少した可能性がある。
先行きを見通すと、短観が示す企業の設備投資マインドは底堅い。しかし、昨年から続くサプライチェーンと感染拡大の問題に加えて、新たに浮上したロシア・ウクライナ問題が終息が見えてこない限り、機械受注は回復しづらいだろう。
本レポートは、投資判断の参考となる情報提供のみを目的として作成されたものであり、個々の投資家の特定の投資目的、または要望を考慮しているものではありません。また、本レポート中の記載内容、数値、図表等は、本レポート作成時点のものであり、事前の連絡なしに変更される場合があります。なお、本レポートに記載されたいかなる内容も、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。投資に関する最終決定は投資家ご自身の判断と責任でなされるようお願いします。