この記事は2022年3月30日(水)配信されたメールマガジンの記事「岡三会田・田 アンダースロー『財政企画書:プライマリーバランスではなく構造的財政収支を新しい財政規律の目安にすべき』」を一部編集し、転載したものです。


企画書
(画像=PIXTA)

日本の古くなった財政運営を改革する企画書(日本の新しい財政規律への改革)を作成。緊縮財政=財政再建ではなく、積極財政=財政再建であることなどを財政企画書で論じた。

財政企画書 ―― 日本の新しい財政規律への改革

デフレ構造不況の原因

デフレ構造不況の原因は、企業の過剰貯蓄にあると考えられる。下図の赤が消費者物価の動きで、右軸で表し、上に行くとデフレ、下に行くとインフレと、軸を逆転してある。日本の物価は、上に偏ったデフレ構造不況の状態が続いてきた。

一方、灰色が企業の貯蓄率の動きで、左軸で表し、上にいくと貯蓄ばかりで支出が弱く、下にいくと借入れをしてでも支出を増やしていることになる。企業の貯蓄率が下がると景気がよくなり、上がると景気が悪くなるというように、日本の景気のサイクルと状態を決めている。

企業は、借り入れや株式で資金を調達して事業を行う主体なので、企業の貯蓄率は必ずマイナスであるべきだ。しかし、日本ではバブル崩壊と金融危機後、企業が後ろ向きとなり、リストラや債務削減を続けた結果、企業の貯蓄率がプラスとなり、そして、この異常なプラスの状態が続いてしまっている。

この過剰貯蓄が、企業の支出の弱さとして総需要を破壊する力となり、デフレ構造不況の原因になっている。デフレ構造不況を脱却するためには、企業の支出が拡大して、企業の貯蓄率が正常なマイナスに戻らなければいけない。

▽企業貯蓄率と消費者物価

企業貯蓄率と消費者物価
(画像=出所:日銀、総務省、内閣府、Refinitiv、岡三証券、作成:岡三証券)

生のプライマリーバランスの黒字化

企業の支出が弱いのであれば、政府が支出を増やせば総需要は回復し、デフレを緩和することができるはず。下図の灰色が、同じく企業の貯蓄率で、赤が財政収支の動き。政府は支出を増やし、財政赤字が続いてきた。

問題は「財政支出は十分だったのか」ということ。経済のマネーを拡大したり、家計に所得を回すためには、企業と政府の合わせた支出をする力が必要になる。マクロ経済では、誰かの支出が、誰かの所得になるからだ。

灰色の企業の貯蓄率と、赤の財政収支を足したものが、青い「ネットの資金需要」となる。これが、企業と政府の合わせた支出をする力だ。マイナスが支出の力が強いことを表し、それを起点に、経済のマネーが拡大したり、家計に所得が回ることになる。

日本では、企業の貯蓄率が上昇する中、新自由主義のマクロ政策運営で、財政政策が緊縮すぎて、財政支出が足りず、ネットの資金需要が消滅してしまった。経済のマネーが拡大できなくなり、物価の持続的な下落、名目GDPの停滞、そして円高という日本化の形に陥ってしまった。

家計に所得は回らなくなり、どんどん追い込まれ、中間層まで疲弊。デフレ心理が経済のすみずみまで固定化することで、日本化が完成してしまい、デフレ構造不況から脱却できない、新自由主義の失敗となった。

現在は、新型コロナウィルス問題に対処するために財政支出が拡大し、テクニカルにネットの資金需要が回復している。この回復が、コロナ禍でも、経済とマーケットを支えるリフレの力になっている。

しかし、新型コロナウィルス問題に対処するための財政支出は一時的だ。新しい資本主義のマクロ政策運営で、成長投資と所得分配を中心に積極財政で支出を拡大し、ネットの資金需要を望ましいマイナス5%程度に誘導していく必要がある。

景気と経済のファンダメンタルズを考慮しない生のプライマリーバランスの黒字化を、しかも、カレンダーベースで目指しているのは、グローバルでも異常な財政運営だ。

グローバルスタンダードのカレンダーベースの黒字化目標は、景気と経済のファンダメンタルズを考慮する構造的財政収支だ。景気が悪い時は財政赤字が許容され、景気が良いときも、赤字が続く、構造問題があるのなら緊縮財政が必要だという考え方。

景気の動きを示す企業貯蓄率を織り込む、ネットの資金需要を新たな政策目標とすべきだ。企業貯蓄率がプラスで、企業から総需要を破壊する力がかかり続けている間は、ネットの資金需要をマイナス5%に維持するため、十分な財政赤字が必要だということになる。

新しい資本主義の定義は、まずは、積極財政の力でネットの資金需要を新しい目標であるマイナス5%に拡大して、家計に所得を回すこと。もちろん、米国のように、ネットの資金需要をマイナス10%より強くしてしまえば、インフレが問題化してしまうことになる。そうなってはじめて、財政政策を緊縮にすべきだ。

ネットの資金需要を、0%でもマイナス10%でもなく、適度なマイナス5%に維持することが、新しいマクロの財政規律になる。

ネットの資金需要から物価への影響は、日銀の金融政策によっても左右される。古い財政運営を維持して、プライマリーバランスの黒字化を強行、またネットの資金需要を消滅させれば、家計に所得は回らない。新しい資本主義は失敗してしまうことになる。

生のプライマリーバランスの黒字化目標、特にいつまで、というカレンダーベースの生のプライマリーバランスの黒字化目標は、早急に国民に所得を回す必要がある新しい資本主義にとって、新自由主義の負の遺産のようなものだ。

**▽新しい資本主義の鍵となるネットの資金需要

新しい資本主義の鍵となるネットの資金需要
(画像=出所:日銀、総務省、内閣府、Refinitiv、岡三証券、作成:岡三証券)

日本の構造的財政収支

グローバルスタンダードでは、景気の状態を考慮する構造的財政収支が財政規律の目安になっている。ネットの資金需要の政策目標を、より具体的な財政運営の方法の構造的財政収支として表すことができる。

景気の状態を考慮しない、生のプライマリーバランスの黒字化目標は異常で、過度な緊縮財政になってしまっていた。日本の景気の状態は、循環面でも、恒常的なGDPギャップを含むデフレ構造不況の面でも、企業貯蓄率の動きで織り込むことができる。

日本の構造的財政収支は、企業貯蓄率を含む、ネットの資金需要に、財政定数を足したものとなる。財政定数は、財政政策で家計に所得を回す力をどれだけ作り出すのかを左右する。新自由主義では弱く、0%で、ネットの資金需要は消滅し、家計に所得が回らなかった。

新しい資本主義では、家計に所得をしっかり回すために、強い5%とし、ネットの資金需要をマイナス5%に誘導することになります。

構造的財政収支が黒字であれば、財政政策は緩和すべきだ。構造的財政収支が大きな赤字であれば、インフレなどが問題となるから、財政政策は緊縮すべき。プライマリーバランスではなく、構造的財政収支を、日本の新しい財政規律の目安とするべきだ。

これまで、構造的財政収支はずっと黒字だから、財政政策が緊縮すぎたのは明らかだ。ネットの資金需要から物価への影響は、日銀の金融政策によっても左右される。構造的な財政収支が適度な水準であれば、日銀の物価のコントロールは、インフレ抑制でも、デフレ克服でも、やりやすくなると考えられる。

構造的財政収支=ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)+財政定数(5%)

  • 黒字=財政政策を緩和すべき
  • 大きな赤字=緊縮すべき

財政定数:財政政策で家計に所得を回す力

  • 新自由主義:弱い=0%(ネットの資金需要の消滅)
  • 新しい資本主義:強い=5%(マイナス5%に誘導)

    ▽日本の構造的財政収支

    日本の構造的財政収支
    (画像=出所:日銀、内閣府、Refinitiv、岡三証券、作成:岡三証券)

参考:日本の新しい財政規律への改革[PDF]


会田 卓司
岡三証券 チーフエコノミスト
田 未来
岡三証券 エコノミスト

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