この記事は2022年4月1日に「The Finance」で公開された「[連載]新しい資本主義を巡る動向① 四半期開示の行方」を一部編集し、転載したものです。
岸田政権における「新しい資本主義」を巡る議論が注目されている。岸田政権が金融・資本市場の信任を必ずしも得ていないと言われる中、そのスタンスを伺う意味で試金石とされているのが、
- 金融所得課税の取り扱い
- 自社株買いガイドライン
- 四半期開示の見直し
の3つの政策の動向だ。本稿では、この中で四半期開示の見直しにつき考えてみたい。
四半期開示をめぐる議論
四半期開示とは中間・期末以外の四半期末においても企業業績の取りまとめを行ない、開示する行為を指す。岸田首相は、2021年10月の所信表明演説において「企業が、長期的な視点に立って、株主だけではなく、従業員も、取引先も恩恵を受けられる『三方良し』の経営を行うことが重要です。非財務情報開示の充実、四半期開示の見直しなど、そのための環境整備を進めます」と発言し、四半期開示の見直しを行なうことを宣言した。
四半期開示の見直しは、岸田政権の標ぼうする「新しい資本主義」の中に位置付けられるものである。ショートターミニズムといわれるような、短期的な利益と株価への反映を重視する株式投資が増加してきたとの問題意識に基づき、中長期的な視点で企業を評価すべきとの観点から、現在3カ月ごとに行なわれている企業情報の開示に前向きな変化をもたらすことを目指している。
日本における四半期開示は、決算短信については2003年度から、決算報告においては2008年度から導入されたものだ。四半期開示は、企業を取り巻く経営環境の変化が激しくなってきていることなどから、会社に対する投資判断に資する情報として、当該会社の業績などにかかる情報を、投資者に対しより適時に提供するための制度であり、その趣旨は首肯されよう。以降、証券市場に存在する情報の非対称性を緩和する手法として、その重要性が認知されてきた。
しかし、その後、リーマンショックやHFT(High Frequency Trading, 高頻度取引)の拡大により、欧米を中心にショートターミニズム批判が巻き起ったことから、四半期開示はその原因の一つとして批判にさらされることとなる。
ショートターミズムとは短期志向を指し、一概にはいえないが、発行体の立場としては長期的な成長を顧みず短期的な利益向上に注力する経営手法をとること、投資家の立場としては短期的売買を繰り返すような投資手法を指すようだ。四半期開示自体が実務的に企業にとって負担感のあるプロセスであったこともあり、欧米では2010年代前半に見直しの動きが盛り上がり、英独仏については2014~2015年に四半期開示が任意となった経緯がある(米国は義務として四半期開示を継続)。
日本においては、2018年に金融審議会ディスクロージャーWGにおいて議論が行なわれ、「現時点において四半期開示制度を見直すことは行わず、今後、四半期決算短信の開示の自由度を高めるなどの取組みを進めるとともに、引き続き、我が国における財務・非財務情報の開示の状況や適時な企業情報の開示の十分性、海外動向などを注視し、必要に応じてそのあり方を検討していく」との方向性が定められた。
現在では、今般の岸田首相の方針を踏まえ、足元は金融審議会ディスクロージャーWGにおいて、再度四半期開示の見直しに関する議論が行なわれている状況だ。
四半期開示不要論の是非
では、果たして四半期開示は不要なのだろうか? より具体的に言うと、四半期開示より発行体や投資家の短期志向を助長するといった弊害や、経理、監査、情報処理に関する負担は、四半期開示が証券市場の情報の非対称性の解消との効果を上回っているのだろうか?
この問いに明確な回答を見出すことは困難だ。参考になるのは英独仏の動きであろう。これらの国々は2014~2015年に四半期開示を任意制としているものの、大宗の企業で簡略化された形での開示は継続されているようだ。このことから得られる含意は、やなり四半期開示自体は必要があり(なので残っている)、一方、投資家は必ずしも現在のような詳細な開示を求めているわけではない、ということであろう。
なお、学術的な研究においては、四半期開示がショートターミニズムを誘発することを断定することは難しいとのコンセンサスが存在する。
また、一部の研究では、四半期開示により企業の透明性が高まり、企業経営者の利己的な行動を抑制する効果が観察されている。つまり、四半期開示には悪い面ばかりではなく、良い面も存在する、ということであろう。
岸田政権のリーダーシップの下、日本における四半期開示のあり方に関する議論が深化することは大変慶ばしいことだ。東京が国際金融センターを目指す上でも、重要な議論と思われる。一方、四半期開示の効果と弊害は、各国ごとの証券市場の成熟度や、求められる内容の量や精度により判断すべき問題であることをふまえ、その是非のみにとらわれない柔軟な議論が行なわれることを期待したい。
参考文献:藤谷涼佑「四半期開示見直しの議論をめぐって」 証券アナリストジャーナル2022第60巻第3号。本稿中、意見に係る部分は筆者個人の見解であり、所属する組織の見解を示すものではありません。
事務局次長
1996年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、株式会社日本興業銀行(現みずほ銀行)入行し、2021年11月より現職。著書に『銀行実務詳説 証券』、『NISAではじめる「負けない投資」の教科書』、『中国債券取引の実務』(全て共著)、論文寄稿多数。日本財務管理学会、日本信用格付学会所属。