「バイデン大統領が台湾防衛に伴う軍事介入の意志を表明した」として、世界に大きな波紋が広がっている。米国務省は即座に「米国は台湾独立を支持しない」など、対台湾政策に変更がない点を強調したものの、米中関係悪化の新たな火種となりそうだ。
バイデン大統領「米国は台湾防衛のために軍事的に関与する」
世界を驚かせたバイデン大統領の発言は、訪日初日の2022年5月23日に開かれた岸田首相との共同記者会見の席でのものだ。
「中国が台湾に侵攻した場合、米国は台湾防衛のために軍事的に関与するのか」という記者団の問いに対し、バイデン大統領は「イエス……それが両国間の誓約だ」と回答した。
誓約とは1979年4月10日、カーター政権下で制定された『台湾関係法』を指す。「米国は、台湾の安全や経済体制の脅威となるいかなる武力行使・強制からも台湾を防衛する」ことが含まれている。
バイデン大統領は、ロシアのウクライナ侵攻とそれに伴う西側の制裁を絡めて「ウクライナだけの問題ではない」とし、中国が台湾を武力で奪おうとした場合はその代償として、同等の制裁を受けることになるとほのめかした。
「米国は“一つの中国政策”にコミットしているが、それは中国が台湾を奪うために武力を行使する管轄権を容認するという意味ではない」「武力で奪えるという考え方は適切ではない。地域全体を混乱させ、ウクライナで起こったことと同じような行動となるだろう」と警告した。
大統領の爆弾発言撤回に奔走する側近
この発言に冷や汗をかいたのは、バイデン大統領の側近である。テレグラフ紙は「同席したニューヨークタイムズ紙の記者によると、“何の説明もない率直な発言”は政権内の一部のメンバーを驚かせた」と報じた。
記者会見後間もなく、ホワイトハウス高官が「撤回」に乗り出した。「米国の対台政策に変更はない」とのバイデン大統領の前置きを強調し、“一つの中国政策”と“台湾海峡の平和と安定に対するコミットメント”を引き続き尊重する意向を示した。また、「台湾関係法の下で台湾に自衛を目的とする軍事的手段を提供する」と、あくまで誓約の範囲内で台湾を支援し続ける意向を繰り返した。
さらに26日には、アントニー・ブリンケン国務長官がジョージ・ワシントン大学での演説中に、中国の脅威は「いまだかつてないほど深刻な、米外交に対する挑戦となるだろう」「習近平国家主席率いる共産党は国内ではより抑圧的に、国外ではより攻撃的になった」と警告を発する一方で、「米国は衝突や冷戦を望んでおらず、台湾の独立を支持していない」と強く主張した。
中国に対するけん制の意図か
歴代の大統領は中国の台湾に対する武力行使について、台湾の防衛に軍事介入する可能性を明らかにしなかった。これに対してバイデン大統領が曖昧なスタンスから一歩踏み出したのは、過去1年間で3回目である。
昨年10月に行われたCNNタウンホールのイベントに出席した際も、同様の質問に対して2度にわたり「イエス」と答えた。
しかし、これを額面どおり、「中国台湾侵攻→米軍派遣→東アジアが戦場と化す」などと解釈するのは早急だ。繰り返しになるが、対台湾政策に変更がないことについては、バイデン大統領自身も明確にしている。「イエス」あるいは「誓約を守る」と答えたのみで、「米軍派遣」という具体的な言葉を口にしたことは一度もない。
「中国による対台湾武力行使が現実とならないことを希望している」とも繰り返していることから、ロシアのウクライナ侵攻に煽られて台湾に手を出すことのないよう、中国に対する強いけん制の意図がある可能性も考えられる。
中国が台湾周辺で軍事演習実施「対米の結託に対する厳正な警告」
バイデン大統領の発言に対する中国の反応は、予想どおりのものだった。
そもそも中国にとっては、米国の日韓訪問自体が憤慨の種である。しかも、訪問には日米・米韓首脳会談に加え、クワッド(日米豪印)首脳会議、米国主導で13ヵ国が参加するインド太平洋経済フレームワーク(IPEF)の立ちあげなど、中国に対する圧力を意識した内容が随所に盛りこまれていた。
国営メディアの報道によると、中国国務院の台湾事務局報担当者である朱鳳蓮広氏は、「米国は中国を封じこめるために台湾を切り札にしているが、自ら火傷することになるだろう」と批判した。汪文潭外務報道官は「台湾問題は純粋に中国の内政だ」と繰り返し、「主権と領土保全という中国の中核的利益に触れる問題については、妥協や譲歩の余地がない」と反発した。
さらに、25日には「対米の結託に対する厳正な警告」として、台湾周辺の海域・空域で軍事演習を実施したと発表した。独国営メディアDWは「中国の発表によると、軍事演習はバイデン大統領が24日に東京で開催されたクワッド首脳会議に出席している時間帯に行われた」と報じた。明らかな当てつけである。
危険なほどに二極化した世界
バイデン大統領の軍事介入を連想させる発言の意図がどこにあるかは不明だが、東アジア地域を巡る米中の緊張が今後さらに高まる事態は避けられそうにない。国際社会の対立が強まる中、危険なほどに二極化した世界はいったいどこへ向かっているのだろうか。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)