「好手か悪手か」 経済圏でも米中対立の火種 米国主導の新アジア経済圏構想「IPEF」
(画像=Rawf8/stock.adobe.com)

2022年5月22日、バイデン大統領が就任後初の来日。翌23日に「インド太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework/IPEF)」の始動が正式に発表された。これを機に米国は、アジア圏における経済的・地政学的影響力の巻き返しを図る。しかし、IPEFが貿易自由化を前提としないことや対中国・北朝鮮関係の緊迫などを理由に行く末に疑問を唱える声もある。

米国主導の新アジア経済圏構想「IPEF」

発表当日に開催された「IPEFの立上げに関する首脳級会合」には、13ヵ国(米国、日本、インド、ニュージーランド、韓国、シンガポール、タイ、ベトナム、ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、オーストラリア)が対面またはオンライン形式で出席した。

パンデミックで脆弱性が浮き彫りになったサプライチェーンの再編など、加盟地域に影響を及ぼす重要な経済・貿易問題への関与および加盟国間の関係強化を盛り込んだ共同声明を発表した。

具体的には、アジア圏における (1)公平で強靭性のある貿易 (2)サプライチェーンの強靭性 (3)インフラ・脱炭素化・クリーンエネルギー (4)税・反腐敗の4つの柱で構成されており、デジタル財を含む貿易やサプライチェーン、脱炭素社会への移行、腐敗防止への取り組みを加速させることが狙いだ。

それと同時に、近年急速に拡大している中国の国際社会、特にアジア・インド太平洋地域における影響力を抑制する意図もある。

IPEF加盟国の総人口は世界の6割、総GDPの4割を占めることから、将来の地政学と地形学で重要な役割を果たす可能性が期待されている。

米国「環太平洋パートナーシップ(TPP)」離脱から5年……

そもそも、米国がIPEFを立ち上げた背景には、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定からの撤退がある。

TPPは日米を含む12ヵ国間で締結された経済連携協定で、モノ、サービス、投資の自由化、知的財産、金融サービス、電子商取引、国有企業の規律など、広範囲な領域における経済連携協定の推進を目標としたものだった。

しかし、当時トランプ政権下にあった米国が2017年1月に離脱を通告した。これにより、残りの11ヵ国間で協議が進められ、2018年末にTPP11協定(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定/CPTPP)として発行された。

TPP11協定の目的は、世界のGDPの約14%を占める加盟国の経済圏において、自由貿易協定(FTA)を交わすことにある。2021年6月には英国が加盟交渉を開始したことから、今後その規模がさらに拡大する可能性が高い。

「決め手」に欠ける? IPEFに批判的な意見も

2021年の米国の政権交代当初、バイデン大統領がTPP11協定への再加盟を進めるのではないかとの見方があった。ところがバイデン大統領は、すでに他国間で地盤が固められたTPP11協定への加盟を申請する代わりに、自国が指揮を執る新たな土台を築く道を選択した。

その一方で、一部の専門家や産業関係者らはアジア圏における他の協定と比べると、IPEFの概念や枠組みが具体性や一貫性、特に新興国にとっての実利を欠く点を指摘している。

アジア圏では、デジタル経済圏の発展を促進する「DEPA(デジタル経済パートナーシップ協定)」や日中韓を含む15ヵ国間の自由貿易協定「RCEP(東アジア地域包括的経済連携)」など、すでに複数の協定が締結されている。

これに対してIPEFはあくまで「包括的な枠組み」であり、たとえば関税の引き下げや撤廃の交渉といった海外市場への新たなアクセスを提供するわけではない。日米豪印による安全保障や経済を協議する枠組みである「クワッド(QUAD)」のような安全保障協定とも異なる。

CNBCによると、国際貿易の専門家で香港中文大学法学部のブライアン・マーキュリオ教授は、「アジアの提携国が本当に望んでいるのは市場へのアクセスと貿易の進展だ。そのような観点に立つと、IPEFが需要を満たしているとは思えない」と述べた。

一方、全米商工会議所は日米貿易協定や米韓自由貿易協定、豪米自由貿易協定など、米国が他の経済圏と結締した協定とIPEFを比較し、「基準と利益で劣る」という率直な見解を示した。

米国が市場開放に消極的な理由

バイデン大統領自身、このような温度差が生じることは容易に予想できたはずだ。それにもかかわらず、市場開放に消極的なスタンスを維持しているのはなぜか。

関税の引き下げや撤廃による安価な輸入品の流入に伴う国内の製造業や農業、畜産業、雇用へのネガティブな影響を警戒する声が根強いためだ。

日本においてもTPPの交渉参加が決定した2013年、関税の引き下げが国内の農業に多大な打撃を与えるとの反発が多方面で見られた。また、同様の理由で2019年に東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP)交渉から離脱したインドにとって、IPEFは「自由貿易の交渉を前提としない経済同盟」という点で利益をもたらす。

中外相「IPEFの失敗は避けられない」

もう一点、IPEFの未来に不穏な影を落としているのが中国の存在である。

バイデン政権が中国主導のRCEPに対抗するために、IPEFを発足させたことは明白だ。

中国は米国のTPP離脱から2年8ヵ月が経過した2021年9月、台湾と相次いで加盟申請を行った。米国離脱後のTPP11を取り込むことでアジア圏における勢力をさらに拡大し、欧米諸国に揺さぶりをかける狙いがあるものと推測される。

現実的に見て、中国が実際に加入する可能性は極めて低い。TPP11の加入にあたり、他の加盟国の承認が必須となるが、中国との関係が冷え込んでいるカナダやオーストラリアが賛成するとは想像出来ない。中国側もその辺りの事情は認識しているはずだ。そうなると、加入申請はあくまで米国へのけん制効果を狙った可能性が考えられる。

すでに中国はアジア圏における米国の軍事的および経済的関与に繰り返し警告を発している。

直近では、王毅国務院長兼外相が「自由と開放」の旗印の下で米国が展開する「インド太平洋戦略=IPEF」は、「アジア太平洋圏を分断させ対立を煽り、平和を損なう」と批判した。「しかし、たとえどのように偽装されているとしても、最終的に失敗することは避けられないだろう」と、その行く末を皮肉ったと国営メディア新華社が報じた。

北朝鮮という大きな問題も

米国がアジア圏への影響力を高める上で、北朝鮮という大きな問題も横たわる。

北朝鮮は5月25日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を日本海に向けて発射するなど、日米韓協力関係の強化に対する威嚇とも受け取れる動きを見せている。

世界情勢が混沌とする中、果たしてIPEFは好手となるのか、あるいは混乱をさらに拡大する悪手となるのだろうか。

文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)

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