本記事は、岸和良氏らの著書『DX人材の育て方 ビジネス発想を持った上流エンジニアを養成する』(翔泳社)の中から一部を抜粋・編集しています。

想像力,クリエイティブ
(画像=Sergey Nivens/stock.adobe.com)

DXの成功公式

筆者はDXを成功させる要素として、「実施内容(何をやるか)」「経営層の意欲」「組織の適切さ」「人の能力」の4つの要素があると考えています。

これらは掛け算の関係になっていて、実施内容だけが良くても成功せず、すべての要素が高ければ高いほど全体としての成功する可能性は高くなるという考え方です。なお、当然ながらこれは一例であり、これ以外の成功要素やこの中で欠けた要素があってもDXとして成り立つ場合もあります。

▶DXを成功させる4つの要素

(1)実施内容(何をやるか) × (2)経営層の意欲 × (3)組織の適切さ × (4)人の能力

(1)「何をやるか」が具体的で絞れているほど良い
(2)経営層の意欲が高いほど良い
(3)組織が適切なほど良い
(4)人の能力が高いほど良い

(1)実施内容(何をやるか)

1つ目の要素は、実施内容の中身が具体的で、経営課題の解決策として優れていることです。実施内容はDXが目指す目標と具体策であり、その内容と対象領域は企業や団体によってさまざまですが、たとえば、お客さまを価値提供の対象にする「直接業務領域」や、社員や団体員を価値提供の対象にする「間接業務領域」などがあります。

直接業務領域の場合

商品開発部門や販売部門などの直接部門の場合です。新しい商品やサービス、もしくは既存商品やサービスを改定して販売する場合には、その商品やサービスにどのような価値を持たせるのかを考える必要があります。「直接業務領域」のケースでは、次の要素が重要です。

DX人材の育て方
(画像=DX人材の育て方)

(1)商品やサービスの基本価値が高いこと

お客さまに使ってもらうためには、商品やサービスの価値が高いことが必須要件です。これは形のあるモノ商材(有形の商品)だけでなく、旅行、イベントなどのコト商材(体験型商材)でも同様で、お客さまの立場で得られる価値が高いものが必要です。

トラスコ中山の場合、基本価値は「工場で工員が使いたいときにすぐ工具を使える。工具が自動的に補給される置き薬モデル」ということです。さらに、「利用データに基づいて工具を自動補充し、売れ筋工具を分析し、お客さまに還元する。それを新商品開発に活かして基本価値を向上させること」でもあります。これにはモノ商材として工具価値の向上だけでなく、「近い場所に工具がいつもある」というサービス価値の向上も含まれており、成功するDXとしての要素が詰まっています。

また、筆者が勤務している住友生命保険では、「Vitality(バイタリティ)」という健康増進型保険を販売しています。この保険商品の基本価値は、「楽しみながら健康増進ができる。インセンティブとして、運動や健康状態に応じて獲得したポイント数で設定されるステータス(ゴールド、シルバー、ブロンズ、ブルー)に応じて、スポーツ用品やヘルシーフードが割引で買える」ことであり、これにより基本価値を高めています。

▶住友生命「Vitality」

〈従来の保険価値〉

  • 病気などにかかった場合(リスク)の備えとしての機能
  • 加入時の健康状態で保険料が決定される

〈「Vitality」の価値〉

  • 健康増進活動を楽しみながら行い(リワード=ご褒美)、そのことで病気のリスクを軽減させる(BMI、血圧、肝機能、ストレスなど)
  • 健康増進活動をポイント化し、それで設定されるステータスにより保険料が増減される

(2)差別化できる要素があること

お客さまにとって商材が持つ基本価値は重要ですが、お客さまから選ばれるためには、それだけでは足りません。選ばれるためには、他の商品やサービスと「どれだけ差別化されているか」も必要です。

「商品やサービスの差別化」とは、他の競合商品やサービスよりも、より素晴らしい、面白い、楽しい、役立つなどの要素です。トラスコ中山は「工具を遠くに買いに行かなくて良い、すぐに使える」というコンセプトを、「Vitality」は他の生命保険商品にはない独自の「運動や健康的な生活をすることで、そもそも病気にならないようにする」というコンセプトを差別化要素としています。

(3)価格優位性があること

他の類似商品やサービスと基本価値が同じ場合、それらと比べて安いこと、類似商品やサービスがない場合は、お客さまが感じる価値に照らして安く感じることなど、商品の価格優位性は、お客さまの購入選定に大きく影響します。

トラスコ中山の「MROストッカー」は、そこで販売される工具の価格を第三者が知ることはできませんが(取引先単位で価格が決まっていると思われるため)、おそらく、競合商品と比べて基本価値が高いため価格を下げなくても選ばれるはずです。これは価値に比べれば安く感じるという効果に貢献します。

また、「Vitality」の場合は、ゴールド、シルバーのステータスになると保険料の割引があり、これが他の生命保険商品に対する価格優位性になっています。

(4)ビジネス成立性があること

基本価値が高く差別化できており、価格優位性も高い商品やサービスを提供できたとしても、それが企業や団体としてビジネスとして成り立たないのでは意味がありません。

ビジネスとして継続して提供できるか、収益面で成立するかは重要です。トラスコ中山の場合は、既存ビジネスである「工場で使う工具を法人顧客に販売する」という基幹ビジネスに、置き工具モデルの「MROストッカー」を追加しました。これは、既存ビジネスでできることなので、十分ビジネス成立性があります。

また、「Vitality」の場合も、既存ビジネス(従来の保険商品製造ラインと従来の販売チャネルでの市場供給)でできることをしています。さらに、保険料割引に関しては、そもそも病気にならない人には入院や手術の給付金を支払う必要がないため、その分をお客さまへの割引に使う考え方になっており、ビジネスとして成立しています。

間接業務領域の場合

続いて人事部門や経理部門などの間接部門の場合です。会社に出勤しないと作業できない、紙が多く人手によるチェックが多い、システムに入力する労力がかかる、紙のためデータ化できておらずシステムによる分析ができないなど、こういった場合に、ペーパーレスにしたり、業務を簡素化したりして業務の課題が解決できることを目指します。この場合には、社員に価値を訴求することを考える必要があります。「間接業務領域」のケースでは、次の要素が重要です。

DX人材の育て方
(画像=DX人材の育て方)

(1)業務の課題が解決できること

人事部門の社員の申請事務など間接業務をDXで効率化する場合などは、業務の課題を解決することに加え、社員にもたらされる価値を高めるように考えることが必要です。たとえば、ある企業の人事関係業務は紙による申請で、社員が申請書に記入し、上司がチェックし、本部のシステム入力者がシステムに入力し、その上司がその入力内容をチェックするといった事務フローでした。

このため、社員本人の手間と時間、上司のチェックの手間と時間、システム入力者の手間と時間、その上司のチェックの手間と時間という具合に、多くの人件費と時間がかかっていたので、これを効率化するために、社員に直接システムに入力してもらおうと考えました。

(2)社員の価値に訴求できること

しかし、「システム入力が面倒」「紙のほうが慣れている」という社員らの声が強く、長年非効率な業務が行われていました。そこで、外部のコンサルタントを雇って再度DXの観点から提案してもらいました。具体的には、社員のスマホから、いつでもどこからでも簡単に申請ができ、自分で入力するとポイントが付与され、そのポイントは社内の喫茶ルームや食堂で使えるような仕掛けを提案しました。すると、これまでの反対の声が嘘のように、社員は進んでスマホから申請するようになったとのことです。会社都合で業務を変えようとしてもうまくいきませんでしたが、社員の価値にフォーカスしたところ、業務が改善され、多くの業務コストダウンが図られ、中間作業をなくせたのです。

このように、間接業務領域では、誰に価値を提供すれば経営問題が解決できるかを考えることが成功する要素になります。

(3)データが取得でき、データ分析による価値がもたらされること

また、社員がいつ、どこで、何をしたかのデータが取得できるようになったので、自宅での業務、社外での業務などの業務場所や業務をしている時間が多い、少ないなどのデータを分析できるようになり、客観的な数値によって作業環境の改善ができるようになりました。

(2)経営層の意欲

2つ目の成功要素は経営者の意欲が高いことです。DXでは、経営上の優位性を確保し、それを絶えず改善することが必要です。したがって、経営トップが真剣にDXに取り組むこと、経営改革を実施する意欲を持つことが重要になります。現場任せでは「名ばかりDX」になり、成功の可能性は低くなってしまいます。会社の将来を本気で考える経営層と現場のリーダー、担当者がしっかり考えてDXに取り組む必要があります。

(3)組織の適切さ

3つ目の成功要素は組織の作り方です。DXでは既存のやり方を変えて新しい発想で進める必要があるため組織は重要です。たとえば、新しいビジネスモデルや今までとは異なる商品やサービスの場合は、新しい組織を作るほうが有効なことが多いです。また、既存商品やサービスの改善の場合は、新しい専門組織だけでは既存商品やサービスとの関係性が希薄なので、既存組織と新組織の混合体制が一般的です。

(4)人の能力

4つ目の成功要素は人の能力の高さです。DXでは新しいことをやり遂げる必要があるので、DXに向く資質や能力を持った人材の選定と、それらの人材の教育が必要です。特にリーダー人材は自社のビジネスをDXでどのように変えるべきかを定義し、それを社内に説明、上層部を説得できる企画、調整、説明能力、プロジェクトマネジメント能力などが必須です。また、ビジネスに関する知識や能力も必要になります。

=DX人材の育て方
岸 和良
1990年住友生命保険相互会社入社。システム企画、システム統合プロジェクトなどを担当後、2016年から健康増進型保険“住友生命「Vitality」”のシステム開発責任者を担当。2021年からデジタルオフィサーとして、デジタル戦略の立案・執行、社内外のDX人材の育成活動などを行う。「Vitality DX塾」の塾長。株式会社豆蔵デジタル担当顧問、イノベーション融合学会専務理事、デジタル人材育成学会役員、経済産業新報社顧問。論文に「DXの成功要素とDX人材の育成について」、連載記事に「住友生命が実践、『現場DX』の勘所」(日経クロステック)、「DXの成功と失敗の本質」(経済産業新報)、「DX企画推進人材のためのビジネス発想力養成講座」(日本ビジネスプレス)などがある。
杉山 辰彦
2008年スミセイ情報システム株式会社入社。その後保険基幹システムの開発・保守に十数年従事。住友生命のDXプロジェクトの立ち上げから参画し、システム推進のリーダーを担当。2019年から住友生命およびスミセイ情報システム向けDX研修の企画・運営も担当し、社内外問わずDX人材の育成活動などを行う。「Vitality DX塾」の副塾長。
稲留 隆之
2008年住友生命保険相互会社入社。保険基幹システムの開発・保守を長年経験。その傍らでR&D(AI/データサイエンス/ブロックチェーン)の研究活動に携わり、ビジネストランスレーター育成プログラムの企画・運営や社内外でプロトタイピングイベント(ハッカソン)の企画・運営などデジタル人材の育成活動を行う。2019年からDXプロジェクトへ参画し、現在は次世代型保険基幹システムの開発・推進を担当している。
中川 邦昭
1997年住友生命保険相互会社入社。その後資産運用関係システムなどの開発・保守を担当後、2018年頃から社内DWH基盤の刷新プロジェクトをプロジェクトリーダーとして推進。並行してAIなどを活用した高度なデータ分析に関するインフラ構築、人材育成、組織組成などの企画・推進を進め、2021年から社内データ分析チームのリーダーとしてデータ分析プロジェクトの推進、人材育成などの活動を行う。
辻本 憲一郎
2004年住友生命保険相互会社入社。その後支社での営業支援経験を経て、ホールセールの事務系システム開発に10年従事。現在は、営業職員用端末の開発やリテール・ホールの販売系システム、資産運用系システムの開発プロジェクトにおいてシステム側の責任者として従事。加えて、2021年に情報システム部門内に発足したデータ分析プロジェクトチームの立ち上げメンバーとして組織運営やAI導入などを担当している。

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