この記事は2022年10月3日に「The Finance」で公開された「Web3.0ファンドの法務-日本/ケイマンのストラクチャーからベスト・プラクティスへの示唆」を一部編集し、転載したものです。
「Web3.0」という言葉が今日のビジネス社会を賑わせている。ビジネスにおいて各人のWeb3.0に対する意識は日に日に高まっており、もはやWeb3.0という言葉を聞かない日はないと言っても過言ではない。
これは投資ファンド業界においても同様であり、「Web3.0ファンド」に対する高い関心が示されている。
伝統的なVCファンドと比べ、Web3.0ファンドは様々な差異が存在し、実務においては日々専門家がベスト・プラクティスを模索している。特にWeb3.0ファンドはエクイティ投資のみならず、トークン投資(あるいはそのハイブリッド)を取る形が多く、既存のファンド・スキームでは対応できないことも多い。
また、投資家及び投資対象のいずれもがボーダー・レスであり、当事者が日本のみならず、東南アジアや中東に拡散していることから、クロス・ボーダーの要素が強く、VCのファンド・マネージャーはこうした需要に対応する必要がある。
よって、Web3.0ファンドについては、原則として日本のファンド・スキームとケイマン・ファンドをはじめ、オフショア・ファンドをミックスしたストラクチャリングを通じてなされることが多い(*1)ところ、筆者らの知る限り、こうした野心的なストラクチャリングを行うWeb3.0ファンドにおける考慮点について法的観点から詳述しているものは日本において見当たらない。
そこで、本稿では、日本法とオフショア法(*2)の両観点から、実務上の示唆を述べる。
*脚注
*1:日本(オンショア)とオフショアのファンド・スキームの使い分けは、例えば、櫻井拓之=范宇晟『【連載】若手弁護士2人が語る日本とケイマンのPE/VCファンド』(Business Lawyers、2021年)の第2回目の記事を参照されたい。
*2:紙幅の都合から、オフショア管轄についてはケイマン法に限定して述べる。
目次
Web3.0ファンドとは
Web3.0ファンドについては明確な定義はないものの、最大公約数的には、Web3.0を取り扱うスタートアップ企業への投資をターゲットとするVCファンドを指すであろう。 Web3.0についても、確固たる定義はないが、一般的にはブロック・チェーンを活用した、非中央集権的(Decentralized)な経済圏(Ecosystem)に寄与する技術が対象であろう。
代表的なものとして、(1)複製可能なデジタルな資産であるアバター、キャラクター、アイテムを識別化し、いわば所有可能とするNFT(Non-Fungible Token)、(2)仲介者を介さずに金融取引を可能とするDe-Fi(Decentralized Finance)、(3)所有と経営を一致させる自律的な組織であるDAO(Decentralized Autonomous Organization)などが挙げられる。
これらの技術は、一般にトークンと呼ばれる一定の機能/価値(*3)が表象された仮想資産(Virtual Asset)という形で具現化される。
*脚注
*3:その表象されるものに応じて、セキュリティ・トークン、ユーティリティ・トークン、ガバナンス・トークンと区分されることが多い。
Web3.0ファンドの特徴
Web3.0ファンドと伝統的なVCファンドとの大きな差異としては、Web3.0ファンドにおいては伝統的なエクイティ投資のみならず、トークン投資(あるいはそのハイブリッド)を取る形が多い。
すなわち、伝統的なVCファンドとしては、スタート・アップの株式に対してマイノリティ投資を行い、資金提供とともにその経営権に対して一定の影響力を持つエクイティ投資を原則とし、その出口戦略としては、IPO(Initial Public Offering)や大企業が相対取引でその経営権を高額取得するものである。
これに対し、Web3.0ファンドではSAFT(Simple Agreement for Future Token)(*4)によりブロック・チェーンの開発資金を提供する代わりに割安で将来発行されるトークンを取得できる契約を締結し、トークン投資を行うことが多く、出口戦略としても、IEO (Initial Exchange Offering)という形でトークンが仮想通貨取引所で上場する形を目指すことが多い。
さらには、こうしたクリプト/ブロック・チェーン・ネイティブは暗号資産に対する信頼が強く、イーサリアムといったステーブル・トークンによるLP投資や出資受け入れを好む傾向にある。このため、Web3.0ファンドではトークン投資を可能とするストラクチャーであることが不可欠であり、トークンによる現物出資にも対応できることが望ましい。
また、Web3.0ファンドの全体的な傾向としては、Web3.0スタート・アップはいわばクリプト/ブロック・チェーン・ネイティブが多く、クリプト/ブロック・チェーンという共通言語でつながった、極めてグローバルな環境を享受し、例え日系の開発者であっても積極的に東南アジアや中東で会社を設立している(*5)。
そして、ブロック・チェーン開発で一定の成功を収めた者がファンド・マネージャー若しくはそのアドバイザー(*6)、又はエンジェル投資家という形で経済圏の拡大に寄与している。
このため、Web3.0ファンドではこうしたボーダー・レスな需要に対応できるストラクチャーであることを強く求められる。
*脚注
*4:ブロックチェーン開発のプロトコルがまだ固まっていない、より初期のステージでは、SAFTではなく、SAFE(Simple Agreement for Future Equity)及びトークン・ワラント(Token Warrant)を駆使することも多い。
*5:例えば、渡辺創太氏のインタビューを参照されたい。
*6:例えば、上述の渡辺創太氏と独立系大手VCのグロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社の提携を参照されたい。
日本法上の論点
Web 3.0ファンドを日本法に基づいて組成する場合、まず、そのファンドの器(ビークル)として何を選択するかが問題となる。以下では、国内ファンドで一般的なビークルである、(1)投資信託型と(2)組合型に分けて検討する。
なお、その前提として、Web 3.0ファンドの投資対象となるトークンの日本法における位置づけが問題となる。トークンの法的位置付けは、そのトークンの保有する機能・経済的性質によって、概要以下のようなものに該当する可能性があるといえる。
(1)暗号資産(資金決済法)、(2)為替取引(資金決済法/銀行法)、(3)前払式支払手段(資金決済法)、(4) 有価証券(金融商品取引法。いわゆるセキュリティー・トークンは通常有価証券に分類される)、(5)それ以外のもの(NFT等、トークン自体に個性があり、代替性のないようなものは、これに該当する可能性がある。)(*7)
上記の類型分けは非常に複雑であり、限界事例も多いことから、紙幅の都合上詳細には触れないこととし、以下では、Web 3.0ファンドの投資対象が、資金決済法上の暗号資産に該当することを前提として論じることとする。
*脚注
*7:なお、令和4年改正資金決済法(未施行)により、新たに、ステーブルコインに係る規制が加わることとなり、いわゆる法定通貨建てのステーブルコインが「電子決済手段」として分類されうることとなる。
(1)投資信託型ファンド
投資信託については、投信法上、主として「特定資産」(投信法2条1項)を投資対象として運用すること(「主として」とは、原則としてファンド財産である信託財産の50%超を意味する)を目的としなければならない。
しかし、「特定資産」には暗号資産は含まれていないため(投信法施行令3条)、暗号資産に該当するトークンへの投資を主として行う投資信託は組成できない。
また、「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」によると、特定資産を主たる投資対象とする投資信託であっても、特定資産以外の資産(「非特定資産」)への投資や、非特定資産を投資対象とするファンド出資持分等への投資が投資目的となっている商品の組成は適切ではない、とされている(監督指針VI-2-3-1(3)(1))。
この監督指針からすれば、投資信託と直接の投資対象となる暗号資産たるトークン(=非特定資産)との間に何らかの投資ビークルを介在させるようなストラクチャーを取ることも困難と思われる。
したがって、少なくとも日本における投信法上の投資信託をビークルとしたWeb3.0ファンドを組成することは現状困難である。
(2)組合型ファンド
ア 投資事業有限責任組合
日本法に基づく組合型ファンドのうち、伝統的なVCファンドで用いられるスキームは、主として投資事業有限責任組合である。しかし、投資事業有限責任組合の投資対象は、法律上限定列挙されており(投有責法3条1項)、資金決済法上の暗号資産に該当するようなトークンや、暗号資産にも含まれないようなトークン(NFT等)を投資対象とすることは現在認められていない。
したがって、現状、Web3.0ファンドのビークルとして投資事業有限責任組合を使う場合、投資対象となるトークンをファンドが直接保有することができないこととなる(*8)。
この点、報道資料によれば、投資事業有限責任組合が国内のWeb3.0を取り扱うスタートアップ企業へのトークン投資を行うための手段として、「J-KISSと連動したトークン付与覚書」という雛形が公表されている(https://skyland.vc/contents/J-KISS-token)。これによると、SAFT(将来のトークン取得権利を付与する対価としての資金調達方法)と、日本におけるシード期のスタートアップ投資に広く用いられるJ-KISS型新株予約権に連動させることにより、投資事業有限責任組合からもWeb3.0事業への資金提供を可能とするもののようである。
公表されているトークン付与覚書を踏まえると、投有責法の観点からの整理は、以下のようになると思われる。
- 投資事業有限責任組合は、国内のWeb3.0事業者に対してJ-KISS型新株予約権投資契約に基づく投資を行い、当該Web3.0企業のJ-KISS型新株予約権を取得する。(*国内株式会社の発行する新株予約権は、投資事業有限責任組合の投資対象に含まれる。投有責法2条1項2号)
- 上記J-KISS型新株予約権投資契約の締結に付随して、Web3.0事業者との間でトークン付与覚書を締結し、将来、Web3.0事業者が発行するトークンの付与を請求する権利を取得する。トークン付与は、J-KISS投資を行った投資事業有限責任組合が指定する者(「指定受取人」と定義されている)に対して行うよう請求することができるため、発行されるトークンを投資事業有限責任組合が直接保有することができない場合でも、投資事業有限責任組合が支配する何らかのビークル等を介して間接的にトークンの付与を受けることが可能となる。
*脚注
*8:投資事業有限責任組合は、その他に、外国法人の発行する有価証券の保有割合に制限がある等、投資対象に種々の制限があり、投資ビークルとしての柔軟な活用を妨げている。この点に関する問題点の指摘は、例えば、櫻井拓之『改正産業競争力強化法における海外投資特例制度の概要と投資事業有限責任組合(LPS)の活用推進のための提言』(The FINANCE、2021)の記事を参照されたい。なお、2022年3月30日に公表された、「NFTホワイトペーパー(案)~Web3.0時代を見据えたわが国のNFT戦略~」(自民党デジタル社会推進本部 NFT政策検討PT(平将明 PT座長))においても、投有責法3条1項に規定される投資対象に、暗号資産やトークンを加えるべきであるとの提言がされている。
イ 匿名組合
上記のとおり、投資事業有限責任組合は投資対象に制限があることから、トークンを投資対象に含みうる国内の組合型ビークルとしては、匿名組合が使われるケースがある。
匿名組合とは、匿名組合員が営業者の営業のために出資をし、営業者(通常、合同会社等のSPCが設立される。いわゆるGK-TKスキーム)がその営業から生じる利益を分配することを約束する契約である(商法535条)。
Web3.0ファンドとの関係では、匿名組合を規制する商法上、投資対象に制限がなく、営業者となる合同会社等が直接暗号資産その他のトークンを保有可能な点にメリットがあるといえる。
しかし、匿名組合は、投資事業有限責任組合(又はそれに類する外国籍のリミテッドパートナーシップ)と異なり、匿名組合出資持分を発行する営業者自体が課税対象となる(厳密な意味でのパススルーではない)ことや、匿名組合自体が日本特有の制度であり、日本国外の関係者にとって通常なじみのない形態である、といったデメリットがある。
(3)組合型ビークルに適用される国内法規制
ア 取得勧誘の場面
組合型ビークルの出資持分(投資事業有限責任組合であれば有限責任組合員の出資持分、匿名組合であれば匿名組合員の出資持分)は金商法2条2項5号の集団投資スキーム持分に該当することから、発行者(投資事業有限責任組合であれば無限責任組合員、匿名組合であれば営業者)自らが取得勧誘(私募。いわゆる自己募集)を行う場合は、発行者は原則として第二種金融商品取引業の登録が必要となる(金商法2条8項7号・9号、28条2項、29条)(*9)(*10)。
但し、発行者による私募の相手方(匿名組合であれば匿名組合員、Limited PartnershipであればLimited Partner)が適格機関投資家等(1名以上の適格機関投資家及び49名以内の特例業務対象投資家)に限定される等、金商法63条1項1号の要件を充足する場合は、適格機関投資家等特例業務の届出を行うことで足りる(金商法63条2項)。
*脚注
*9:もっとも、暗号資産投資ファンド持分自体がトークン化されると、そのファンド持分は「電子記録移転権利」(金商法2条3項)に該当することとなり、第三者による取得勧誘は第一種金融商品取引業に該当する(金商法28条1項)。
*10:なお、Web.3.0ファンドの投資家によるファンドへの出資を、金銭ではなく暗号資産(Bitcoin等)で行う場合も想定されるが、金商法上、ファンドへの出資においては、暗号資産を金銭とみなす旨が規定されているため(金商法2条の2)、同様の取扱いとなる。但し、金融商品取引業者及び適格機関投資家等特例業務届出者の分別管理に係る規制として、投資家から払込を受けた暗号資産について暗号資産交換業者等に対して管理を委託することが義務付けられる点に留意が必要となる(金商法40条の3、金商業府令125条2号ニ)。
イ 投資運用の場面
集団投資スキーム持分の発行者(投資事業有限責任組合であれば無限責任組合員、匿名組合であれば営業者)自らが、その出資を受けた金銭等をもって、主として(*ファンド財産の50%超であることを意味する)有価証券に投資を行う場合には、原則として投資運用業の登録が必要となる(金商法2条8項15号ハ。
なお、自己募集の場合と同様、その権利者が適格機関投資家等に限定される等、金商法63条1項2号の要件を充足する場合は、適格機関投資家等特例業務の届出を行うことで足りる(金商法63条2項))。したがって、ファンド財産の50%超を有価証券に該当しないようなトークンに投資を行うファンドであれば、その投資運用行為について投資運用業の登録(又は適格機関投資家等特例業務の届出)は不要となる。
次に、集団投資スキームの発行者(投資事業有限責任組合であれば無限責任組合員、匿名組合であれば営業者)自らが、ファンドの財産を用いて、資金決済法上の暗号資産に該当するトークンに投資を行うことが、「暗号資産の売買又は他の暗号資産との交換」(「暗号資産の売買・交換」。資金決済法2条7項1号)に該当し、資金決済法上の暗号資産交換業の登録が必要とならないかが問題となり得る。
しかし、暗号資産の売買・交換が暗号資産交換業に該当するためには、当該行為を「業として」行っていることが必要であるところ、集団投資スキームの発行者自身が、単なる投資目的として自ら取引を行うのみであれば、「業として」「暗号資産の売買・交換」を行っているとはいえず、暗号資産交換業の登録は不要と思われる。
他方で、集団投資スキームの発行者から委託を受けて暗号資産投資の投資判断の一任を受けることについては、暗号資産交換業(暗号資産の売買・交換の媒介、取次ぎ又は代理)に該当する可能性があるとされている点に留意が必要である(*11)。
*脚注
*11:2020年4月3日パブコメ62頁228番参照。
(4)Web 3.0ファンドを国内で組成する場合のその他の問題点
ア 期末時評価課税の問題(*12)
一般論としては、資金決済法上の暗号資産に該当するトークンを主たる投資対象とするようなWeb 3.0ファンドを、日本国内のビークルを用いて組成した場合の問題点として、日本の税務における期末時評価課税(いわゆる含み益課税)の問題があると思われる。
すなわち、暗号資産に該当するトークンの保有者は、期末時点において当該トークンに含み益が発生している場合には、当該含み益に対して課税が発生する可能性がある。トークンを発行しつつ自社でも保有するWeb3.0事業者にとって、このような含み益課税は極めて重い負担であり、Web3.0事業者の多くが日本ではなくシンガポール等の国外で起業するケースが多いといった指摘がされているところである。
当該税制上の問題は税制改正の議論が進んでいるが(*13)、この日本における含み益課税については、トークンの受け手となりファンド資産としてトークンを保有することになるWeb 3.0ファンド側も同様に問題となりうるため、実務においてはこの点に係る税務上のストラクチャーの最適解を模索している最中である。
*脚注
*12:執筆者は税務を専門としないことから、個々の案件における税務の取扱いについては、税務アドバイザーに確認されたい。
*13:一般社団法人日本暗号資産取引業協会 ・一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会2022年7月28日付「2023年度税制改正に関する要望書」9~12頁、上記「NFTホワイトペーパー(案)」20頁参照
イ Web3.0事業者側の暗号資産交換業者規制の問題
上記の他にも、Web 3.0ファンドを日本国内で組成することに関しては、トークンを付与するWeb 3.0事業者側の暗号資産交換業該当性の問題もある。
すなわち、Web3.0事業者が暗号資産に該当するトークンを付与し、その対価として投資家から資金提供を受けることは、「暗号資産の売買・交換」を業として行っているものとして、当該Web3.0事業者に暗号資産交換業の登録が必要となるのではないか、という問題がある(*14)。
上記のとおり、トークンを発行するWeb3.0事業者は国内課税の問題から日本国外に拠点を置くケースが多いとされている。もっとも、トークンの発行主体が海外に存在する場合であっても、日本国内の者に対して暗号資産に該当するトークンを発行する場合には、暗号資産交換業に該当する可能性があることとなる(*15)。
しかし、Web 3.0ファンドが日本国外で組成され、トークンの発行に係る行為は全て海外で行われるのであれば、トークンの発行を行うWeb3.0企業における暗号資産交換業の登録も不要と整理できるものと考えられる。
以上のような観点から、国内のファンド・マネージャーが組成・運用するWeb 3.0ファンドであっても、日本国内のビークルではなく、海外のビークルを使いたいという動機が生じることとなる。そこで、以下では、海外の投資ファンド・ビークルとして最もポピュラーであるケイマン籍ファンドの観点から、Web3.0ファンドの詳細を論じる。
*脚注
*14:「事務ガイドライン第三分冊:金融会社関係16.暗号資産交換業者関係」Ⅱ-2-2-8によると、ICO(企業等がトークンを電子的に発行して、公衆から法定通貨や暗号資産の調達を行う行為の総称)において発行されるトークンが暗号資 産に該当する場合、当該トークンを業として売却又は他の暗号資産と交換する行為(販売行為)は、暗号資産交換業に該当する(但し、外部の暗号資産交換業者に当該トークンの販売を委託し、発行者がその販売を全く行わない場合は除かれる。)、としている。
*15:上記事務ガイドラインⅡ-5-1によると、「海外に存在する事業者が国内にある者との間で暗号 資産の交換等を業として行う場合、当該事業者の行為は、暗号資産交換業に該当する」ものと考えられている。
デフォルト・スタンダードたるケイマン籍ファンド
ケイマンは主たる投資ファンドの法域として、クロス・ボーダー案件を取り扱うファンド組成において、世界各国のファンド・マネージャー及び投資家に好まれている(*16)。ケイマンがファンドにおいて際立った存在感を有していることについては、例えば下記の理由が挙げられる。
*脚注
*16:2022年6月末時点でミューチュアル・ファンドが12,935件、プライベート・ファンドが15,343件登録されている。
(1)租税中立性
ケイマンは非課税であり、ケイマン・エンティティにはいかなる課税(法人税、キャピタルゲイン税、所得税、源泉徴収税、資産税、相続税等)もなされない。
これにより、特にクロスボーダーの資金移動が含まれるトランザクションにおいて、ケイマン・ビークルを利用することで追加的な課税は一切ない。
(2)コモンローをベースによりビジネス・フレンドリーに発展
ケイマン法はグローバル・スタンダードである英国コモンローを基礎としつつ、より柔軟な対応を可能としている。
- より柔軟なストラテジーの選択が可能
例えば、アセットタイプについて制限がなく、円建て・外貨建てのいずれでもファンド持分(*17)を保持できる。 - スピード感
投資ビークルの設立自体は1~2営業日、規制当局であるケイマン金融庁(Cayman Islands Monetary Authority:CIMA)へのファンドの登録も数週間で完了する。 - 先端的な規制フレームワーク
ケイマンは早期に強固なKYC (Know Your Client)、AML(Anti-Money Laundering)の立法・施行を行い、グローバルで採択されているFATCA(Foreign Account Tax Compliance Act)、CRS(Common Reporting Standard)にも参加し、OECDやEUの要請にも協調的であり、可能な限りOECD/EUスタンダードの法体制に合わせようとしている。
これにより、(特に機関)投資家は自身のステークホルダーに対してケイマンを利用することを正当化しやすい。 - 「ケイマン」というブランド
ケイマンは主たる国際金融センターとしての地位を築いており、オフショアのゴールデン・スタンダードとなっており、ケイマン・スキームはファンド・マネージャー/投資家の共通認識となっている。ファンド・マネージャーは投資家に対して「なぜケイマンか?」を説明するという追加的な負担を負わない。 - 適切な紛争処理機関及び高度人材のプールが豊富
紛争は、非常に経験豊富かつ洗練された裁判官(多くは英国本国にて高等法院以上の裁判所判事を経験)により審理され、本国ロンドンの枢密院が終審裁判所となり、本国と同水準レベルで紛争処理がなされることを期待できる。
著名なケイマン法を取り扱う法律事務所は香港・シンガポールオフィスを通じて、アジア・タイムゾーンのクライアントにタイムリーにサービスを提供している。所属弁護士は、多くが英国マジックサークル等の一流ファームからリクルートされたコモンウェルス圏(*18)の有資格者であり、英語のみならず流ちょうなアジア言語にて対応可能な者も多い(*19)。
主要な会計事務所はケイマン・オフィスを持ち、アジア主要都市のオフィスと協力して税務、監査等のサービスを提供している。
*脚注
*17:ビークルによって株式、LP持分、ユニット等
*18:英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、香港、シンガポール、南アフリカが代表的である。
*19:多くの場合は中国標準語や広東語であり、ビジネスレベルで日本語によるコミュニケーションが可能な者は現時点では限られている。
(3)投資ビークル及び基本的なストラクチャー
ケイマン・ビークルとしては、免除会社(Exempted Company)、免除リミテッド・パートナーシップ(Exempted Limited Partnership: ELP)、分離ポートフォリオ会社(Segregated Portfolio Company: SPC)、LLC(Limited Liability Company)、ユニット・トラスト(Unit Trust)がある(*20)。
世界的な潮流としては、オープン・エンド型のヘッジ・ファンドについては、会社型が主要な投資ビークルとして選択される(*21)のに対し、クローズド・エンド型のPE/VCファンドはパートナーシップ型のELPが選ばれることが多い(*22)(*23)。
そこで、本稿では、クローズド・エンド型のELPについて解説する。
ELPは日本の投資事業有限責任組合とほぼ同様のコンセプトであり、無限責任を負うGP(General Partner)がファンドの運営を行い、投資家は有限責任を享受する代わりにファンドの運営には関与しないLP(Limited Partner)として当該パートナーシップに参画する(*24)。
ファンドはパートナーシップ契約(Limited Partnership Agreement :LPA)による柔軟な制度設計が可能である。Web3.0スタート・アップのエクイティ/トークンは投資の際には非上場であることから流動性がなく、ファンドはLPによる自由な償還ができないクローズド・エンド型として設計されるのが一般的である。
また、ファンド・マネージャーはLP出資を受け入れるファースト・クロージングの段階では往々にして具体的な投資対象を定めておらず、適切な投資対象を選定次第、キャピタルコール方式でLPから資金を集め、出資していく(いわゆるブラインド・プール方式)。
*脚注
*20:各ビークルの特徴については、范宇晟「ケイマン籍ファンドの実務‐ケイマン・ユニット・トラストを中心に」金法2134号30頁および范宇晟「海外籍(ケイマン)ファンド概説(1)(2)(3)」国際商事法務事情47巻12号1479頁、48巻1号36号および48巻2号179頁を参照されたい。
*21:投資家の入れ替わりが頻繁であり、各種類株式によって画一的に処理できることがメリットであろう。
*22:ただし、必然性はなく、オープン・エンド型パートナーシップやクローズド・エンド型免除会社も可能である。
*23:ユニット・トラストは投資信託への投資を好む機関投資家がSMA(Separate Managed Account)を設定したり、個人投資家用のリテール・ファンドに利用されることが多い。
*24:これに対して、CVC(Corporate Venture Capital)では、LPの有限責任が担保される限度において、LPが当初からGPと協議を重ね、ストラクチャーを定めることが多いと思われる。
(4)プライベート・ファンド法
クローズド・エンド型ファンドは原則プライベート・ファンド法の規制に服する。プライベート・ファンドとは「会社、ユニット・トラストまたはパートナーシップで投資持分(*25)を募集・発行し、その目的・効果は投資家資金をプール(*26)し、投資家をして当該エンティティによる投資の取得、保持、運用または処分により利益、利ざやを得せしめるもの」(*27)と規定されている。
プライベート・ファンドの要件は以下のとおりである。
- 目論見書(あれば)
CIMAが定める必要的記載事項(*28)を開示する必要があり、原則として
1.募集対象となるエクイティ持分の重要事項
2.その他投資家のインフォームド・コンセントに資する重要事項
が対象となる。
(a)関係書類の提出
1.CIMAへの申請書
2.ビークルの認証書類(*29)
3.ビークルの基本規定(*30)
4.監査人の同意書(*31)
5.ファンド・アドミニストレーター(あれば)の同意書
6.ストラクチャーチャート
7.AMLオフィサーの詳細(CV等) - 継続要件
(a)取締役(*32)はフォーアイズ原則により、2名の自然人(*33)の選任が必要であり、これを継続する必要がある。
(b)ケイマン・ローカル監査人による監査
監査済み報告書を各事業年度終了から6カ月以内(*34)にCIMAに対して提出することが必要である。
財務書類は国際財務報告基準(IFRS)または米国、日本、スイスもしくはその他非高リスク国において一般的に認められている会計基準(GAAP)に従って作成及び監査する必要がある。
(c)純資産価値(「NAV」)計算(*35)、ファンド資産の分離管理(*36)等につき関連するCIMA基準を遵守する必要がある。
(d)目論見書につき重要事項の変更が生じた場合、21日に以内にこれをCIMAに報告しなければならない。
(e)毎年ファンド年次報告を提出し、1月15日までにCIMAの年会費(*37)を支払う必要がある。
*脚注
*25:該当する投資持分はnot redeemable or purchasable at the option of the investorと定義される。ヘッジ・ファンドのような、流動資産へ投資する、いわゆるオープン・エンド型は別途ミューチュアル・ファンド法の規制に服する。
*26:そのため、単独投資家しかいないファンドはこの定義に該当しない。
*27:A company, unit trust or partnership that offers or issues or has issued investment interests, the purpose or effect of which is the pooling of investor funds with the aim of enabling investors to receive profits or gains from such entity’s the acquisition, holding, management or disposal of investments
*28:https://www.cima.ky/upimages/regulatorymeasures/Rule-MarketingMaterials-RegisteredPrivateFunds_1591021479_1599582197.pdf
*29:ELPではCertificate of Registration
*30:ELPではLimited Partnership Agreement
*31:監査人はケイマン当局が認可したローカルの監査人が要件となっており、日本のファンド・マネージャーは大手/中堅監査法人のアジア・オフィス(例:東京、香港、シンガポール)がリエゾンして対応していることが多い。
*32:税務やコンプライアンス等諸事情の要請から、サービス・プロバイダーから斡旋された独立取締役を取締役会の過半数とすることが多い。独立取締役は、基本的に会計士や弁護士のバックグラウンドが多く、基本的にはビジネス判断の意思形成過程が関連法、基本規定の規定を遵守しているか否かという手続き面の審査を行うのみであり、これが適正であれば、ビジネス判断そのものについてはマネージング・ディレクターたる取締役の意思決定を尊重するのが通常である。
*33:あるいは法人取締役の取締役を通じて間接的にこれを達成する。
*34:CIMAはその裁量による期間延長ができる。
*35:https://www.cima.ky/upimages/regulatorymeasures/Rule-CalculationofNetAssetValues-RegisteredPrivateFundsJuly2020_1594925913_1599582325.pdf
*36:https://www.cima.ky/upimages/regulatorymeasures/RevisedRule-SegregationofAssets-PrivateFund_1599832964.pdf
*37:2022年8月末現在、約4,300米ドルとなっている。
(5)その他ファンド関連の主要規制法(*38)
- 反マネーロンダリング法(Anti-Money Laundering: AML)
ケイマンファンドはケイマン法において求められるAMLに適合する必要があり、投資家についてリスクベースでの評価が必要であり、適格なAMLオフィサーを選任する必要がある(*39)。 - 金融口座に関する自動的情報交換(Automatic Exchange of Information: AEOI)
ケイマンはAEOI体制に服しており、ほぼ全てのケイマン・ファンドは、米国関係でFATCA、その他の国との関係でCRSに適合する必要があり、AEOIの登録、投資家の関連情報につきデュー・デリジェンス及びケイマン税務情報局(Cayman Tax Information Authority: TIA)へ報告を行う必要がある(*40)。TIAはかかる情報を自動的に関連する対象法域の税務当局へ報告する(*41)。 - 実質的所有者法
免除要件に該当しない限り、その支配権に関するエクイティ持分の10%以上を直接的間接的に保有する者についてケイマン当局に報告する必要がある。 - ケイマン・データ保護法
いわばケイマン版GDPRであり、投資家からの個人情報取得およびその利用につき、インフォームド・コンセントを得る必要があり、個人情報を適切に処理しなければならない。 - 証券投資事業法
ケイマンにおいて設立または登録されている証券の運用を行う投資マネージャーおよび証券の助言を行う投資アドバイザーについては、原則CIMAに登録し、その継続要件を遵守なければならない(*42)。 - 経済実体法
「該当事業」を行う「該当事業体」については、ケイマン領域内において経済実態を創出しなければならず、かつこれをケイマン当局に報告する必要がある。投資ファンドは該当事業体の定義から明示的に排除されており、ファンド・ビークルをケイマンにおいて保有することのみをもってケイマンにおいて経済的実体を創出すべき必要性はないという点は注意されたい。
ファンド・マネージャーとの関係では、法的拘束力を有する投資意思決定を行う投資マネージャーがこれに該当することおよび法的拘束力を有しない助言のみを提供する投資アドバイザーがこれに該当しないことが重要である(*43)。
*脚注
*38:より詳細な解説は拙稿「海外籍(ケイマン)ファンド概説(3)(4)」国際法務事情48巻2号179頁および同巻6号751頁を参照されたい。
*39:AMLチェックはファンド・アドミニストレーターへ委任され、AMLオフィサーも外部専門家へアウトソースすることが通常であるため、詳細はここでは触れない。
*40:AML同様に基本はファンド・アドミニストレーターに委任することが通常であるため、詳細はここでは触れない。
*41:例えば、香港居住民についてはHKIRD、英国居住民についてはHMRC、日本については国税庁
*42:上述のとおり、日本のファンド・マネージャーにおいては、日本に投資マネージャーを置くのが通常であり、敢えてケイマンの投資マネージャー、投資アドバイザーを置く必要性に乏しいと思われ、本稿ではこれ以上詳細について触れない。
*43:そのため、投資マネージャーか投資アドバイザーかという点は決定的に重要である。
(6)Web3.0ファンド固有の考慮点
ア Web3.0ファンドでは投資対象にトークンを持つことから、VASP法(Virtual Asset Service Providers Act)の規制業種となるかが問題となる。
VASP法はFATF提言に基づいて立法化されたものであり、仮想資産サービスを業として行うケイマンエンティティ(仮想資産サービス業者)は登録やライセンスが必要となる。
そこで、Web3.0ファンドがかかる仮想資産サービス業者に該当するかが問題となる。
仮想資産サービスとは、仮想資産の発行(*44)または以下の業を行うもの:
- 仮想資産と法定通貨の交換
- 交換可能な仮想通貨同士の交換
- 仮想資産の譲渡
- 仮想資産のカストディ・サービス
- 仮想資産の発行、販売に関連する金融サービスへの参加、提供
とされている。
「仮想通貨」はFATFの定義をベースに、「デジタルな価値を表象するものであり、デジタルに交換、譲渡可能であり、支払いまたは投資に利用できるが、法定通貨をデジタルに表象するものではない」とされている。
このような幅広い定義を採用しているため、Web3.0ファンドが投資対象とするトークン(*45)は、その機能、性質に関わらず、この定義に当てはまることが想定される。
他方で、投資ファンドはいわゆる集団投資スキームであり、投資家資金をプールして投資を行うという行為態様は、原則として仮想通貨取引所、プラットフォーム、カストディアンを想定した上記の仮想資産サービス類型と明確に異なるものであり、自身のファンド持分をトークン化して発行しない限り、一般にVASP法の規制対象とはならない。
*脚注
*44:かかる発行は公募を想定していると解されている。
*45:これに対し、一般論としては、NFTは仮想通貨の定義に当たらないものが多い傾向にある。
イ 上記のとおり、法令上はトークン投資を行うことによって特段伝統的なVCファンドと変わるところはないが、オペレーションではいくつかの考慮要素がある。
まず、非上場のトークンについてのNAVの計算については、未だに定まった計算方法が確立されておらず、ファンド・マネージャー、ファンド・アドミニストレーター、監査人との間で日々ベスト・プラクティスを模索しているように思われる。
また、トークンによる現物出資を受け入れる場合、伝統的なVCファンドが銀行口座への送金の形でドロー・ダウンを行うのに対し、ブロック・チェーンによりいわゆるウォレットへ移転されることになるため、投資家に対するAMLチェックもブロック・チェーンを介して行う必要がある。
こうしたオペレーションについては、伝統的なファンド・アドミニストレーターが必ずしも対応しているとはいえず、適切なサービス・プロバイダーを選定する必要がある。
さらに、ELPがパートナーシップ型であることから、いわゆるパススルーにより税務上は投資家はトークンを直接保持しているとみなされることになり、前述4(4)アで触れた期末時評価課税等の税務上の考慮から、例えば投資対象が首尾よくIEOとなった場合に売り圧力がかからないよう、最適な税務ストラクチャーを構築する必要がある。
(7)日本法上の問題
ファンドビークルとしてケイマン籍等の海外のビークルが使われる場合であっても、当該ファンドに日本の投資家が含まれうる以上は、原則として日本の金融商品取引法が適用される(*46)。
ケイマン籍リミテッド・パートナーシップは、外国の法令に基づく権利であって、国内の組合型ファンド(投資事業有限責任組合等)に類するものとして、金商法2条2項6号(外国籍の集団投資スキーム)として扱われる。したがって、ケイマン籍リミテッド・パートナーシップの投資家に日本の居住者が含まれる場合の取扱いは、概要、上記4(3)「組合型ビークルに適用される国内法規制」に記載したものと基本的に同等となる。
すなわち、日本の投資家に対するLP持分の募集勧誘に関して第二種金融商品取引業の登録又は適格機関投資家等特例業務の届出が必要となる。他方で、日本の投資家から出資を受けた金銭を主として暗号資産に投資する場合には、投資運用業には該当せず、また、暗号資産交換業の登録も不要と考えられる。
更には、上記4(4)イで触れた、トークンを発行するWeb3.0事業者側の暗号資産交換業該当性についても、トークンの受け手であるケイマン籍リミテッドパートナーシップが外国の法主体であるため、トークンの発行者となるWeb3.0事業者側も外国法人であれば(*47)、当該トークンの販売は日本国外で行われる行為であるとして、暗号資産交換業規制の適用は基本的に問題とならないものと考えられる。
*脚注
*46:この点については、櫻井拓之=范宇晟『【連載】若手弁護士2人が語る日本とケイマンのPE/VCファンド』(Business Lawyers 、2021年)の第3回目の記事を参照されたい。
*47:上述4(4)アのとおり、現状は多くのWeb3.0事業者は国外で起業されているという実態がある。
おわり
Web3.0ファンドについては、上記のとおり様々な法務、オペレーション、税務、会計、監査の課題に対して、実務において未だ確固たるプラクティスが確立されておらず、日々解決策を模索している。
本稿を通じて、こうした課題や実務の考慮点が考慮されて実務の発展に資することができれば望外の喜びである。
弁護士及びニューヨーク州弁護士
弁護士法人大江橋法律事務所パートナー。ファンド及び金融規制法を専門とする。2006年京都大学法学部卒業、2008年京都大学法科大学院修了、2017年ニューヨーク大学ロースクール修了(LL.M.)。2014~2015年金融庁総務企画局市場課勤務(改正金融商品取引法立案担当)、2017年~2018年Harneys法律事務所香港オフィスにて研修。
弁護士、ニューヨーク州弁護士ならびに英国および英領バージン諸島ソリシター
パートナー弁護士(ファンドおよび規制法担当)。
オフショア法(ケイマン諸島、英領バージン諸島、バミューダ諸島、ルクセンブルク、キプロスおよびアンギラ)を扱うHarneys法律事務所香港オフィス勤務。