この記事は2022年10月14日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「中央銀行の独立性と「この国のかたち」~中央銀行の協業的独立性の提案~」を一部編集し、転載したものです。

日銀
(画像=PIXTA)

要旨(*1)

政府が強権的で経済への介入を好む国では、中央銀行の独立性は弱くなり、経済の自立性が尊重される国では、中央銀行の独立性は強まる。中央銀行の独立性を通じて我々は「国のかたち」を見ることができる。

中央銀行の独立性は、これまで主に金融政策を念頭に論じられてきた。しかし中央銀行は金融政策以外も様々な政策・業務を営んでおり、近年金融安定、環境金融政策などの重要性も増している。このため、従来の独立性の議論は見直される必要がある。

多機能な業務・政策を営む中央銀行の独立性については、機能(政策・業務)ばかりではなく組織に注目して独立性を検討すべきあり、それには政策・業務への姿勢(スタンス)を示す中央銀行の行動原理が参考になる。

中央銀行は、金融政策以外では、政府と協働して政策・業務を営む分野も多いが、政府との間にはチェック・アンド・バランスを働かせ、その独立性と特性を活かし積極的に貢献していくべきあろう。

本稿では、政府と協働で政策・業務を営む分野での中央銀行の独立性を、金融政策のように政府から分離して政策を営む独立性(「分業的独立性」)と区別して「協業的独立性」と呼ぶ。なお本稿では、組織の独立性として重要となる財務の独立性、また多機能化した中央銀行のコントロールについても論じている。


*1:本稿は、学術振興会科研費(20H05633)の支援を受けている。なお髙橋(2022)は本テーマをより詳細に論じている。


はじめに

1998年に日銀法が改正されてからやがて25年がたつ。世界的には、イングランド銀行法、欧州中央銀行法も同時期に改正・制定された。英国では、ブレア政権の改革、欧州ではユーロ圏の設立、そしてわが国でも司法・行政・地方自治改革と連動した動きであり、中央銀行の改革は憲法的な改革の一環と言ってよい。過去四半世紀は、中央銀行にとっても、またその独立性にとっても決して平穏なばかりの時間ではなかった。

中央銀行の独立性は1990年代の大いなる安定を持続する基盤をなすと思われてきた。しかしその後の環境変化は新たな挑戦を投げかけている。主要なものに限っても、マクロ経済面では、2008年の世界的な金融危機が金融政策に限らず中央銀行の政策環境を急変させた。金融政策では低インフレ・低成長への移行が挑戦的な環境を作り出している(*2)。

それにより金融政策に特化(単機能化)すべきと考えられていた中央銀行の守備範囲も、金融安定が明示的に責務となったほか、最近では、環境金融もその責務に加わってきている(多機能化)。このように従来想定された「金融政策に特化した独立した中央銀行」像は見直しが必要になってきている。

多機能化した中央銀行の独立性については、従来の金融政策のみに注目した機能(政策・業務)の独立性ではなく中央銀行という機関、組織トータルとしての独立性を論じる必要がある(*3)。筆者はすでに独立した中央銀行として、立憲的な中央銀行モデルを提示している。

これまでは、主に金融政策を対象にデフレ環境下での非伝統的金融政策と独立性の問題を論じてきた。本稿では、金融安定や環境金融など政府との協調が必要な政策・業務も営む多機能化した中央銀行を念頭に、独立性についての新たな概念を提示する。

中央銀行が政府等との協働で政策・業務を営むとき、政府との関係では、中央銀行として対等、独自の立場で、政策の遂行、提言を行うことなどが望まれる。それが、政府とともに政策・業務を担いながらも、建設的な緊張関係をもつ立憲的な枠組みのなかで、政策・業務を推進する中央銀行のあり方でもある。

中央銀行の独立性の姿は、その国の立憲制という「この国のかたち」を反映する。

政府が強権的で経済への介入を好む国では、中央銀行の独立性は弱く、経済の自治や自立性が強い国では、中央銀行の独立性は強い。政府は中央銀行の独立性を活かし、その提言を容れることにより、政策の中長期的な持続性に配慮し、財政赤字の歯止めなどの規律づけに活かすことができる。


*2:最近では、ロシアのウクライナ侵攻(2022年2月)を契機に、世界経済は低成長・低インフレを底流にしながらも、急激かつ大幅なコストプッシュインフレに見舞われている。インフレによる金利の急騰は、非伝統的な金融政策で累増した国債等の大幅な価格低下を招くだけに、特に金融財政面の規律が緩んだ国を困難な状況にしている。
*3:塩野監修(2001)は中央銀行の独立性について、業務(機能)の独立性と、組織の独立性の両面から論じている。


経済学を越える議論の必要性

Rogoff(1985)は、経済学における「中央銀行の独立性の理論」の嚆矢である。経済学では当時、独立性を指数化し、中央銀行の独立性が高い国ほどインフレ率が低いなどのデータに基づく実証的な研究結果が盛んに報告された。マクロ経済学では、インフレ率が低位に安定している国ほど安定的で持続的な経済成長がされることが導かれ、現実にもその後の「大いなる安定」によって、その主張は歴史的に立証されたようにみえた。

中央銀行の独立性の理論の骨子は単純である。政治(政府・議会)は景気拡大を優先してインフレの弊害を軽視するというインフレバイアスを持つ。金融政策を政治に委ねれば、インフレになってしまう。このため、金融政策はインフレを嫌う保守的な中央銀行に委ねられるべきとされる。

この理論は、金融政策の目的は単一で、物価の安定とすべきこと、さらにその実践としてインフレーションターゲットを採用すべきことを導く。実際に、多くの中央銀行法では金融政策の目的は物価安定と明定された。そこでは目標の具体的な数字までは書きこまれないが、先進国では、政治主導でインフレーションターゲットは2%が数値目標となり、世界標準とされている。中央銀行による金融政策の独立性は、手段や運営の独立性に限定されたが、それでも金利設定などは、法制上、政府などの介入を排除して決定できるようになった。

従来の経済学の議論の欠陥は、第一にインフレの抑制を念頭にしたものであること。デフレでは、金融政策はインフレバイアスを持つ政府に委ねるべきとなってしまう。第二に、金融政策のみの議論であっては、多機能化する中央銀行の独立性は論じられないことである。

金融政策を政治的に描くことの問題

Rogoff(2022)は、自己の議論を37年ぶりに振り返り、特にゼロ金利制約での金融政策が政治的になったと指摘した。いわゆる非伝統的な金融政策が政治的な介入を招きやすいことはすでに髙橋(2020)で論じた。

中央銀行が金融政策で政策金利を設定する場合には、テイラールールなどの客観的な尺度があったが、量的緩和では、ルール化が難しく運営が裁量的になったこと、さらに量的緩和は、株価や為替などの資産価格に影響が大きいことから、法制上の金融政策の独立性にもかかわらず資産価格に関心が高い政治の介入を招きやすくなった。

またRogoffの旧来のモデルで代表される経済学のモデルでは、金融政策をインフレバイアスVS保守性の二項対立でとらえたが、中央銀行の保守性、中立的の基準は各国、または時期で違いがあるため、それを考慮しない議論は誤った結論を導きかねなかった。

例えば、オルファニデス(2018)は、ゼロ金利政策時の日銀の政策について、過度に保守的(タカ派的)として、Cargill等(2001)の用いた「独立性の罠」という語句を引用して批判した。これは、政治的に中立的に決定されるインフレ目標値についてオルファニデスが2%を適当と考えたのに対して、当時日銀は0~1%を適当と考え、新たに独立性を付与されたことからこれに固執したことが、デフレを長期化させたとの批判である。

一方、黒田総裁就任(2013年4月)後の日銀は、就任直前(2013年1月)に政府との共同声明で合意された2%のインフレ目標を2年以内に実現することを目指したが、それには成長力と需要の上昇を見込んだ政府目標(アベノミクスの成功)が実現することが前提となっていた。

だが経済体質の増強を狙った政府目標(特に潜在成長力の上昇)は一向に達成されないため、インフレの目標は、10年を経ても実現できていない(*4)。これは2%目標自体が、日銀の専門的な見解を排した、実現性を軽視した政治的な目標であることに由来する。インフレ目標が、政府との合意で突然1%から2%に引き上げられたのには無理があった。

また中央銀行は、リスクに備えるのが原則であり、成功シナリオのみに賭けて政策を運営するのは望ましいとは言えない。そのことが後日、日銀の政策の柔軟性を狭めることになった。2%という目標についての政府と日銀決定のプロセスの詳細は公式にはいまだに明らかにされていない(*5)。目標が対等な立場で決定されたかは不明であり、決定に透明性が欠けることは立憲的なプロセスとは言えない。

一方、日銀は目標実現が遠のくなかで、銀行部門の経営悪化、国債市場等の機能不全、財政赤字の拡大などの副作用を招いても緩和政策を継続せざるを得ないという「2%の罠」に陥っている。「独立性の罠」というよりは「2%の罠」に陥っているというのが、表現としては適当ではないか。

量的緩和政策に代表される非伝統的金融政策は、中央銀行による国債の大量購入により国債の大量発行を許した面がある。一方、金融政策運営に当たっては、金利上昇による財政負担の増大から国債管理を考慮せざるを得ない状況に陥り、財政支配(fiscal dominance)と言われる状況になっている。中央銀行の独立性の立憲的モデルでは、中央銀行が国の財政についても積極的な意見表明することが謳われる(「積極的な独立性の発揮」)。

しかし、実際には、中央銀行から財政についての発言は控えられている(「消極的または受動的な独立性」)。財政政策は、政府・議会の所管であっても、中央銀行が専門的な立場から意見を表明することは、国民に問題点を明らかにすることで望まれる。この点わが国をはじめとした中央銀行の姿は望ましいとは言えない。


*4:日銀は消費者物価の最近の前年比2%を超える上昇は、需要や賃金の上昇を伴わないため想定したものではないとして、目標を達成したとは認識していない。
*5:2%の目標設定の政治的な経緯は軽部(2018)などジャーナリストの努力で一部明らかにされてきている。


中央銀行の行動原理との関係

中央銀行が立憲的な枠組みの中で、積極的な独立性を発揮する際、中央銀行のスタンスとして参考になるのが中央銀行のカルチャーともいえる行動原理である。中央銀行は、行政と民間組織の両側面を持つ存在であり、その行動原理は官庁とは異なる。筆者の知る限り、中央銀行のあり方として中央銀行に伝承されるものは「アートとしての中央銀行業務」など様々だが、ここでは、中央銀行の行動原理として、(1)市場の中の存在(イン・マーケット)と、(2)奴雁と表現される中長期的な視点をとり上げる。

中央銀行が金融政策ばかりではなく、決済・金融安定などを通貨の健全な流通に関わることを考えると、その姿は「金融政策の担い手」よりは「貨幣(通貨)の番人」との描写する方が相応しい。貨幣は市場機能に不可欠であり、市場の機能度は貨幣の機能度でもある。貨幣は市場から自然に生まれ、市場が貨幣を作ると考えれば(*6)、貨幣の番人である中央銀行は市場のなかの存在である(*7)。

政治と中央銀行の関係は、政治と市場、政治と経済の関係、距離間に通じる。英国では、ウエストミンスター(政治)とシテイ(経済)の中間にHigh Court(高等法院)が位置しているが、政治と経済に加えて司法との三者間の距離感をよく表しているとされる。

政治が市場や経済を尊重し介入を控えれば、中央銀行の独立性は強まる。実際、市場機能の発達した国の中央銀行の独立性は強いし、開発途上で国家の介入が必要な経済では中央銀行の独立性は弱い。また金融危機後、政府の経済への介入は強まったが、中央銀行に対する政治的圧力も強まった。中央銀行の独立性は、市場の自律性、経済の自立性と同調する。

髙橋(2021)では前川元総裁が日銀のあるべき姿を、群れが餌をついばむとき一羽首を上げ周囲を見回す雁のリーダー、奴雁になぞらえたことを紹介し、大衆に迎合しがちな民主主義との関係を論じた。遠くを見通す姿は、短期の利害にとらわれず中長期的な将来を見据える中央銀行の理想に通じる。金融政策を例にとれば、金融政策は中長期的な視点から運営されるものとされてきた。また最近は人々の期待を重視した政策運営がされている。期待は短期に左右するものではなく、安定に努めるのが本来の姿でありこれも中長期的に営まれるべきものである。

中央銀行の独立性とは、経済・市場の自律性を反映し、中長期的な視点を踏まえたものである。


*6:貨幣は国家(政府)が作るのではなく、「貨幣は市場が作る」というのはヒックス(1993)のメッセージである。
*7:市場は主権国家の枠を超える。このことは主権国家の枠内の存在である中央銀行と矛盾を生じさせる。この点はまた別途論じていきたい。


立憲的な視点からの中央銀行の独立性

中央銀行が独立したときには、そのコントロールが問題となる(*8)。民主主義国家では、公的な組織は、政府・議会の統制下におかれコントロールされることが大原則である(民主的コントロール)。ただしその姿は一様ではなく、独立行政法人のような企業形態等をとる組織には、より広い自主性が与えられる。中央銀行はそもそも、企業形態をとる上、(1)経済の中にあり本来政治とは一線を画すべきこと、(2)政治(政府・議会)が短期的な視点を持ちがちであるのに対して中長期的な視点に立つことから、中央銀行への政治的な関与はより限定的であるべきとなる。

民主主義と並んで、公的主体(権力)をチェック(コントロール)する仕組みが立憲制(権力分立)による相互チェックである。立憲主義は、民主主義と並んで近代憲法の基本原理である。髙橋(2013)では、そもそも立憲制が、民主主義による多数の意思でも侵されない人権等の基本権の保持のためにあることを論じている。

中央銀行と政府について立憲的なチェックの利点は、中央銀行に対して政府からのチェックを働かせると同時に、政府に対しても中央銀行からのチェックを働かせ、権力相互間での牽制を効かせることである。Persson等(1997)は権力分立によって、情報が公開されることで権力分立たるチェック・アンド・バランスが働くことを論じている。中央銀行は、多数の優秀なエキスパートを抱える組織である。その知見を活かして政府の経済政策等全般をチェックすることは国民にとっても利益である。

英国では、インフレ目標を保持できないとき、イングランド銀行総裁が財務大臣に公開書簡を送り財務大臣がイングランド銀行総裁に公開書簡で返信してきた。最近ではその他の政策についても、財務大臣から総裁へ書簡が公開のかたちで送られている。近年、非伝統的な政策運営で、国債が累増し金融政策にも大きな影響を及ぼす国債管理が問題となるが、財政政策について中央銀行から公開書簡で所見を表明することも提案されている(Ball等(2018))。

またこれは、立憲的なチェックと同時に民主的なコントロールでもあるが、スウェーデンのリクスバンク等で行われている専門家による事後的な第三者検証も有効な手段である。リクスバンクでは、マービン・キング前イングランド銀行総裁などによって内部の文書の閲覧、幹部等への面談等の結果を踏まえた報告書が公開され、これに対するリクスバンクの返答も公開されている(*9)。

民主的コントロールは、これまで行政による規制が中心となってきた。一般に、規制については、事前規制・事後規制の区別があるが、独立性を尊重するためには事後規制が望ましい。また本来は、行政による事前チェックより、司法による事後チェックが望ましい。

また近年、公的セクターのチェックとして重視されてきているのが、情報公開制度である。これについては現在の情報についての「情報公開」とともに、過去の情報を公開する「アーカイブ」も重要である。日銀も政策決定の「議事要旨」「議事録」の公開、総裁記者会見・講演、国会出席など情報開示を充実させてきた。

またアーカイブも整備された。なお情報公開においては、公的セクターが自ら情報を公開する「情報提供」と、市民から要求されて情報を提供する「情報公開」とは区別すべきとされる。情報公開は説明責任(accountability)を果たすためとされるが、説明責任とは、市民からの指摘に「申し開き」をすることが本来の趣旨である。そのためには、市民の求めに応じて、都合の悪い情報でも開示に努めることが重要になる。

中央銀行が多機能化すると、金融政策にくらべ情報開示に慎重になる分野が多くなるかもしれないが、情報を極力公開することが、独立性の対価を払うことでもある。また、独立性に関しては、最も重要な部分である政府と中央銀行とのやりとりなども、一定の期間を経て公開されることが望ましい。


*8:イングランド銀行の副総裁であったTucker(2018)は、多機能化したイングランド銀行を念頭に、選挙で選ばれない中央銀行が多大な権能を持つことに自ら懸念を示している。
*9:King等(2014 )。なおリクスバンクでは、より最近も新たな第三者検証が公開されている。


分業的独立性から協業的独立性へ:中央銀行の独立性の新たな概念

中央銀行の独立性については、金融政策のように、金融政策は中央銀行の専管分野とし、逆に中央銀行は財政政策については口を出さないという分業制(割当制)にも似た仕組みがとられてきた。これを便宜的に、「分業的独立性」と呼ぶ。

しかし現実には、中央銀行も、多くの国で一度は分離された金融安定の責務を担うようになってきたほか、最近では気候変動関連の環境金融についても責務を担うことになってきている。また前述のように、財政政策についても、「財政支配」という状況が現実に生じているほか、経済理論でも「物価の財政理論」が示すように金融政策と一体化した側面が強まっていることから、分業制(割当制)には限界が生じてきている。

同種の分野の政策・業務を政府と中央銀行がともに担うことをここでは協業的と呼ぼう。その場合、政府と中央銀行の責任関係が問題になりうる。金融安定も環境金融も産業政策的な行政的な政策であることから、主責任は政府にある。しかし中央銀行が政策を担う以上、市場・経済のメカニズムを重視した中期的な視点が尊重され、採り入れられる必要がある。

中央銀行の業務には、国庫業務のように政府の代理業務として営まれるものもあるが、金融安定や気候変動では、より中央銀行の立場・視点を活かして、政府と協調しながらも政府の施策をチェックしていくことが望ましい。イングランド銀行も金融安定、環境金融ともに行内に委員会を設置、政府とのやりとりも公開書簡で行われているが参考になる。

環境金融等の業務については、中央銀行の本来の業務ではないとの反対もある。また政府と協業の分野が増えることによって中央銀行の独立性が弱まるのではないかとの懸念もある。いずれも首肯する点もあるが、金融経済の複雑化の中で、今後協業を必要とする分野も増える傾向にあろう。そのためには、中央銀行の立場を活かした協業的独立性のスタイルを確立しておく必要がある。

1997年に行われた日銀法の改正論議では、日銀の業務を(1)金融政策のように高い独立性が認められる分野、(2)信用不安への対処のように政府の関与が必要となる分野、(3)為替介入や国庫業務運営のように、政府が判断すべき分野に三分した(中央銀行研究会「中央銀行制度の改革―開かれた独立性を求めてー」(1997))。当時の議論は(1)に集中したが、(2)(3)についてもより踏み込んだ議論がなされるべきであった。

協業的独立性の具体例

金融監督については政府がそれを担うのは当然としても、中央銀行は金融市場に通じ業務を営んでいることから実務的にも優れているうえ、金融システムは金融政策の波及経路でもあることから中央銀行が担うことが適当であるといえる。中曽(2022)は、1990年代の日本の金融危機や、2008年の国際金融危機での日本銀行の対応を詳細に紹介。金融危機対応が、政府、日銀、民間金融機関の三者の協力体制でなされたこと、国際金融危機への対応が政府との協働でなされたことを、実体験を通じて鮮やかに描写している。

金融安定の分野は協調分野であるだけに、情報交換等を通じて積極的に互いにチェックを働かせることが重要となる。西村(2019)は、1990年代の日本の不良債権問題では、日銀が早期に問題を把握し解決策を大蔵省に提示していたことを記している。

例えば、1991年当時、日銀は約8億円とされていた大手21行の不良債権額は実は40数億円に上ることを把握していた上に、住専問題の解決のためには公的資金の注入が必要なことを大蔵省に提示していた。また1993年には、銀行の不良債権解消のための受け皿銀行の設立を提案、これも当初は大蔵省の賛意を得られなかったが、1995年3月に東京共同銀行として実現した。

これらは、日銀が銀行との取引、考査などによって大蔵省より的確に情報を把握し判断していたことを示している。このように、政府と中央銀行は同じ分野を対象に政策を営んでいるとしても、相互に牽制し協力することで政策を的確に進めることができる。

財務の独立性

中央銀行の組織としての独立性において重要となるのが、財務の独立性である。中央銀行の財務は、通常はゼロ金利で銀行券を発行する通貨発行益(seigniorage)を有するため黒字となる。そこで従来は、この利益の政府への配分(国庫納入額)の決定が問題とされてきた。

しかし、非伝統的な金融政策においては、中央銀行が低利回りの大量の国債を購入、さらに従来はゼロ金利であった中央銀行の当座預金に付利を行うことになったことから、金利が上昇すれば多額の損失が生じることになる。金利は景気が回復すれば、上昇するため、政策が成功すると中央銀行の財務が毀損しかねないという奇妙な状況になっている。

わが国では、2013年の異次元緩和までは、量的緩和の時期(2001~2006年)には、償還が早くまた金利上昇でも損失が小さい短期国債中心に購入を行った。また包括緩和の時期(2010~2013年)でも、非常時対応としての非伝統的金融政策の部分を区分し、長期の国債やリスク性資産の購入は「基金」として扱うなど、財務に配慮した一定の規律付けがなされた。

しかし2013年以降は、こうした規律への配慮が弱まったため、中央銀行の財務が赤字となることの危険性が大きく高まり、政府との関係も平時の余剰金の分配が、損失金の負担の分担に変化した。

英国では、2009年にイングランド銀行が量的緩和として国債の大量購入を行うために別機関(Asset Purchase Facility)を設定し、イングランド銀行は購入資金を提供するもののその損益は財務省に帰属することにした(*10)。このため、英国では、イングランド銀行総裁が、量的緩和の拡大に言及した際、財務相が政府の損失負担増大を懸念してこれに反対したことが報じられている。

さらに英国では、2018年にイングランド銀行本体の財務についても政府との覚書(MoU)が交わされている(*11)。これは、イングランド銀行の資本金に目標額(35億ボンド)を設定し、下限(5億ポンド)を下回ったときは、政府が直ちに資本を補填すること、5~35億ポンドの状況では、決算の利益は全額資本に算入、目標額と上限の間(35~55億ポンド)の状態では、半額が資本算入、半額が国庫納入、上限(55億ポンド)を超えている場合は、全額国庫納入とされることが規定されている。

財務相はイングランド銀行の資本増強は、イングランド銀行の財務の耐性を強め、独立性を強化する措置と述べている。ルール化により透明性が高められ、恣意性が排除されることも独立性を高める措置と評価できる。なお、前記Asset Purchase Facilityに加え、イングランド銀行本体についての資本政策がとられる背景として、従来の金融政策、金融安定化政策に加え、銀行監督、マクロ・プルーデンス政策、銀行破綻対応など、イングランド銀行の責務が多機能化していることも背景としてあげられており、本稿のテーマと関係して参考になる。


*10:Asset Purchase Facility については、斉藤・高橋(2021)、第4章参考。
*11:あまり知られていないこのMoUについて知らせてくれたのは、斉藤美彦大阪経済大学教授である。


結びに代えて

日銀をはじめ中央銀行法・制度が改正されて、四半世紀がたった。本稿で示したように独立性を標榜した制度が整っても、その実効は運用にかかっている面も大きい。イングランド銀行は、困難な環境変化の中でも、制度の趣旨を活かすように努めている事例ではないだろうか。中央銀行の独立性を活かして、経済の自立性を高めるか。政府の介入を強め、経済の強化を図るのか。中央銀行の現状は、鏡に映るその国のかたちでもある。

参考文献

  1. オルファニデス、A.「基調講演:中央銀行独立性の境界:非伝統的な時局からの教訓」、『金融研究』第37巻4号、日本銀行金融研究所、2018年
  2. ヒックス、J.『貨幣と市場経済』(花輪俊哉・小川英治訳) 東洋経済新報社, 1993年
  3. 軽部謙介、『官僚たちのアベノミクスー異形の経済政策はいかに作られたか』岩波書店 2018年
  4. 斉藤美彦・髙橋亘 『危機対応と出口への模索』 晃洋書房, 2020年
  5. 塩野宏監修、日本銀行金融研究所「公法的観点からみた中央銀行についての研究会」編 『日本銀行の法的性格ー新日銀法を踏まえてー』 弘文堂, 2001年.
  6. 髙橋亘 「中央銀行制度改革の政治経済的分析(試論);歴史的視点と憲法論的視点」 神戸大学経済経営研究所ディスカッション・ペーパーシリーズDP2013-J02, 神戸大学経済経営研究所, 2013年
  7. 髙橋亘、「中央銀行の独立性再考―新たな環境のもとでー」、斉藤美彦、高橋亘著『危機対応と出口への模索』、晃洋書房、2020年、pp163-193
  8. 髙橋亘、「奴雁の中央銀行 ―中央銀行のCultureと民主主義―」 基礎研レポート ニッセイ基礎研究所、 2021年
  9. 髙橋亘、「中央銀行の独立性再考:協業的独立性の提案(仮題)」未定稿、2022年
  10. 中曽宏、『最後の防衛線 危機と日本銀行』日経BP、2022年
  11. 西村吉正、『金融行政の敗因』 文芸春秋、1999年
  12. Balls, E., Howat, J., Stansbury, A.:Central Bank Independence Revisited:After the Financial Crisis, What Should a Model Central Bank Look Like? M-RCBG Associate Working Paper No. 87 (2018)
  13. Cargill, Thomas F., Michael M. Hutchison, and Takatoshi Ito,:Financial Policy and Central Banking in Japan, The MIT Press(2000)
  14. King, Marvin and Marvin Goodfriend,“New external evaluation of the Riksbank’s monetary policy” Riksbank, 17/06/2014 (2014)
  15. Persson,Torsten, Gerard Roland and Guido Tabelllini, “Separation of powers and political accountability,” The Quarterly Journal of Economics, 112(4), 1163-1202., (1997)
  16. Rogoff, K.:The optimal degree of commitment to an intermediate. Quarterly Journal of Economics, 100 (November), pp. 1169-1189 (1985)
  17. Rogoff, K.:Institutional Innovation and Central Bank Independence 2.0. IMES Discussion Paper Series 2022 E-9, Institute for Monetary and Economic Studies, the Bank of Japan, 2022
  18. Tucker, P.:Unelected Power:The Quest for Legitimacy in Central Banking and the Regulatory State, Princeton University Press, Princeton (2018)

本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

高橋 亘
大阪経済大学経済学部教授 ニッセイ基礎研究所 客員研究員

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