将来有望なスタートアップ企業に、資金だけでなく経営支援も行う「パワーエンジェル投資家」。ここまで、投資家と起業家をつなぐコミュニティ「SEVEN」を設立し、自らもパワーエンジェル投資家であるチャットワーク創業者の山本敏行氏、得意分野のマーケティング力を活かしながら、出自の飲食とは別の事業領域へ積極的に投資を行う坂田健氏の2人に、パワーエンジェル投資のメリットややりがいなどを伺ってきた。
特集3回目となる今回は、九州を中心に本業の税理士法人を展開しながらパワーエンジェル投資を行う岩永悠氏に話を聞く。企業財務の知識や経験を活かしつつ、何に着目し、どんな目的でエンジェル投資を続けているのか。投資家であり事業家である独自の投資スタイルを見てみよう。
目次
岩永悠(いわなが ゆう)
「九州から日本を代表する企業を誕生させたい」という強い思い
――岩永さんは、地元の九州で税理士事務所などを経営しつつ、パワーエンジェル投資を行っていらっしゃいます。パワーエンジェル投資をするようになったきっかけは何ですか?
九州で税理士として活動していて、九州のベンチャー企業に資金が回っていないという問題意識がありました。また日本の国力が落ちていると言われる昨今、日本経済を活性化させるには、地方から経済を盛り上げていかなければいけないという気持ちも持っていました。
パワーエンジェル投資を始めた現実的な理由は、税理士として独立し、事務所の仕事もシステム化できたことで、ある程度お金と時間の余裕を手に入れられたというのが大きいです。
もともと、エンジェル投資に対してあこがれはありましたが、税理士としてクライアントにお金を貸す行為はそもそもNGですし、投資であっても「本業が成り立たないうちからベンチャー投資をするのはよくない」という考えもあり、以前はエンジェル投資をしていませんでした。
現在は本業の税理士法人やコンサル会社など合わせてグループで100人ほどの社員を抱えていますが、私が営業をして案件を獲得できれば仕事が回る仕組みを作ることができ、その他の活動に割く時間も増えたので、実際にエンジェル投資を始めてみようとなったわけです。
――以前からエンジェル投資に対して関心はあったのですね。九州にこだわりをお持ちなのですか?
九州は日本全体の「10分の1経済」などと呼ばれていますが、東アジアが近いという地理的な優位性を持つこともあり、九州から日本を代表するような企業が出てきてもおかしくないと思っています。しかし、現実にはそのような企業は生まれていません。
九州には、そうした力を秘めている起業家や企業が眠っています。ただ、アイディアやビジネスモデルは優れているのに、起業家への資金調達の枠組みや、事業を成長させるためのノウハウ、IPO(株式の新規公開)に向けた支援体制などが十分に整備されていなかったがために、道半ばで諦めてしまった起業家は少なくないと思っています。
彼らを資金的にも経営的にも支援することで、九州に有望な企業を生み出したいというのが、パワーエンジェル投資を始めた最大の動機ですね。
――現在も本業の税理士としての活動は、変わらず続けていらっしゃるのでしょうか。
税理士業は経営とトップ営業のみ行っています。パワーエンジェル投資を始めてから現場に出ることはおおよそなくなりました。エンジェル投資は会社の事業とは関係なく、個人の活動として行っています。
個人資金だけでは足らず、ファンドを設立
――最初のパワーエンジェル投資の案件は、どのようなものでしたか?
私のはじめての投資先は、種子開発などを事業としている会社で、新規の農業従事者を支援するプラットフォームを作るという案件でした。
日本の農業は実質的にJA(農業協同組合)1強の状態ですが、実際にはJA以外の販売ルートもあります。ただ、そのルートを利用するための術を持っていないので、JAを利用せざるを得ないという農家の方々がたくさんいます。
JA以外の販売ルートや農業経営のノウハウなどを共有するためのプラットフォームを作って、大勢の農業関係者を巻き込み、九州の農業を活発化させたい、とのお話でした。その熱意に共感しまして、2019年に出資したのが私の投資第一号案件になります。
その経営者は3代目社長でして、海外貿易なども手がけられていて経営経験も豊富なうえ、「九州の農業を助けたい」という情熱も感じました。この社長だったらこの事業を成し遂げられると思い、投資に踏み切りました。
――ほかに、これまでどのような案件に投資されましたか?
これまで個人としては8社、延べ4,000万円程度を投資しています。私はもともと、預金を多く持たない主義ではありましたが、パワーエンジェル投資をしているうちに、どんどん支援したい案件が増えてきて、手元資金が足りなくなってしまい……。そこで、投資するためのファンドを作って対応しました。そのファンドでの投資を含めると、投資先は全部で10数社、投じた資金は1億を超えます。
私のエンジェル投資は、基本的に業種やジャンルを問いません。それよりも、「中小企業が良くなる」という視点を大事にしています。
私が見ている限り、日本の中小企業は押しなべて人材が不足しているので、「人を増やさなくても成長できる」事業が望ましいですね。中小企業の生産性が上がるシステムやプラットフォーム事業を手掛けようとしている企業とか。そういう企業を応援したいという気持ちがあります。実は、中小企業同士をつなげるプラットフォームってあまりないんですよね。
――中小企業に関しては、事業承継だったり人手不足だったり、さまざまな部分が社会問題化していますが、それらの社会的な課題を解決したいというお気持ちがあるわけですね。
「社会的な課題を解決したい」と前面に押し出しているわけではありませんが、解決の方向に進んでくれればうれしいとは思っています。
投資した案件はおおむね順調。しかし、なかには音信不通の会社も……
――ここまで、投資された案件の状況はいかがでしょうか。
個人で投資した8件のうち、1件は失敗に終わりました。予定していたアプリ開発が進まず、そのうち音信不通になってしまったんです。
一方、エグジットできたのはブロックチェーンゲームを開発している会社で、暗号資産を手掛ける会社に買収されました。まだ売却していないので実現損益にはなっていませんが、その会社が東証スタンダード市場に上場するクシムと株式交換したことで、投じた200万円が半年ほどで2倍ほどになりましたね。
この2社を除いた6社は順調に成長していて、なかにはすでに黒字化に成功している会社もあります。
――音信不通というのはひどいですね……。その案件に投資してしまった後悔はありませんか。
後悔はまったくありません。アプリ開発のような技術的な部分に関しては、私たちパワーエンジェル投資家側の手の及ばない部分なので、仕方ない面もあります。結局は私たちの支援が十分ではなかったということでしょう。
ただ、プロジェクト自体は優れたものだったので、他の起業家であればもっとうまくやれたかもしれないという気持ちはあります。
これまで自分が投資してきた案件はほぼ順調に成長していますが、本来、エンジェル投資は10社、20社と投資を続けて、そのうち1社2社が大きく成長すれば成功という世界です。1つの案件が失敗したからといって、それだけで悲観的になるようではエンジェル投資に向いていないかもしれません。
自分の思いに共感してくれる起業家は応援したくなる
――投資する案件を決める際、どのようなことをチェックしますか?
ツイッターのプロフィールにも「エンジェル投資家」と記載していることもあって、ツイッター経由でもかなりの投資希望者からの問い合わせをもらうのですが、まず、その文面の礼儀がなってない場合は返信すらしません(笑)。
ここがクリアできていれば、まずはオンラインで面談をします。そこで、私の質問に対してCEO(最高経営責任者)がハキハキと答えられるか。ここでスムーズに受け答えできないと厳しいですね。CEOが自分の事業や将来像などをいかに具現化して話せるか、この能力は重要だと思っています。
数字的な部分はCFO(最高財務責任者)が回答してもかまいませんが、私はCEOがきちんと自分の事業を把握できているのかを見ています。
オンラインミーティングにて“検討を進める”となれば、次は事業についての資料を送ってもらいます。資料を見た上で気になる数字が出てきたときは、今度は事業計画の裏付けとなるバックデータをチェックしますね。
私のグループ会社にDD(デューデリジェンス、企業の経営や財務状況の調査)やバリュエーション(企業価値の調査)業務を手掛ける会社があるので、そこでDDやバリュエーションの調査もします。
また、私が運営するファンドに元SBIグループでキャピタリスト(投資担当者)をしていた人がいるので、その人にチェックしてもらったりもしますね。
また、投資先候補企業と同業か近い業種の方にヒアリングもします。税理士という仕事柄、その業界やその企業の状況についてのリファレンスが取りやすいというのは私の強みだと思います。
――当然といえば当然ですが、礼儀や対応の仕方も大事なのですね。
いろいろと投資前の確認、チェックの内容をお伝えしましたが、最終的に見るのは、やはり経営者自身です。できれば一度食事の席でお会いして、お酒を飲んでその人の人柄を見たいですね。
起業家たちとの会食は、みなさんキラキラ輝いていますし、話しているとこちらも楽しくなるんですよ。こちらもお酒が入って気が大きくなってしまい、流れで「出資します」と口にしてしまうこともあります(笑)。
――「こういう起業家だと投資する気になる」「こういう人はならない」というものはありますか?
長く支援していくわけですから、どうせなら自分が好意を持てる人物を支援したいというのはあります。
私は「世の中を、社会をよくしたい」という考えのもと、パワーエンジェル投資をしていますので、その思いに共感してくれると、こちらも支援をしたくなります。また「この事業に人生を賭けています!」などと熱く「夢」を語れる人もいいですね。
一方、こちらの質問に対して長考する人は、私は苦手です。また「近い将来はバイアウトしたい」など、自分の利益のことが前面に立ってしまう人も嫌ですね。もちろん、その人にも生活があるわけですが、利益は事業である以上当然ついてくるものであり、その部分は最後にしてほしいです。
私も投資するからには当然、利益を得たいですし、投資資金が10倍やそれ以上になって返ってきてほしいとは思っていますが、それだけのために投資をしているわけではありませんので。
他人の夢に乗ることができるのがパワーエンジェル投資の魅力
――個人資金では不足し、ファンドを設立してしまうほどパワーエンジェル投資に積極的な岩永さんですが、パワーエンジェル投資の魅力や醍醐味とは何でしょうか。
投資家コミュニティ「SEVEN」の山本さんに言われて気づいた点でもありますが、投資先の経営者と事業の成長を一緒に考えることができるのが、パワーエンジェル投資の醍醐味だと思います。
極端にいうと、自分が投資先企業の外部COO(最高執行責任者)となり、現場に直接「それは違うよね」と伝えられる存在になれるわけですよ。もちろん、失敗した案件のようにITやシステムの開発については、自分はわからないですし、現場としては口を出してほしくないと感じることもあるかもしれないので、現実的には難しいところもありますが。
エンジェル投資家になる人は経営者が多いと思います。経営者は、自分の事業以外にも「もう一度夢を見てみたい」という思いがどこかにあるのではないでしょうか。
たとえば、自分は税理士事務所を経営していますが、税理士事務所は上場できません。でも、パワーエンジェル投資では、投資先の経営者と一緒に上場を目指すことが可能です。
他人の夢に乗っかることで、もう一度自分の夢を達成することができる。これがパワーエンジェル投資の醍醐味だと感じています。
――やはり、リターンは二の次ということでしょうか。
慈善事業でやっているわけではありませんし、シード期への投資なので、投じた資金が100倍くらいになってくれればという気持ちは当然ありますよ。ただ、投資した案件のすべてがそうなるはず、とはさすがに思っていません。1社でもそういう会社が出てくれば勝ちという感覚です。
私が税理士として独立したときは、自分自身の生活のために必死で働きました。自分の目標である「独立して10年で税理士10名、スタッフ30名、売り上げ4億円」という目標を掲げていましたが、おかげさまでそれを独立4年で達成することができました。
もちろんいまも目の前の目標はありますが、税理士として見ていた夢はある程度達成できたので、パワーエンジェル投資家としての夢も見てみたくなっています。それはリターンよりも大事な部分といえるかもしれません。
起業家に求めるのは、熱意と「周囲を巻き込む力」。そんな経営者に投資したい
――ご自身のパワーエンジェル投資家としての強みは何ですか?
税理士である立場柄、ベンチャー企業に関するさまざまな情報が集まってきます。投資する会社以外の中小企業の動向をふだんから把握できるのは強みだと思います。
税理士としての経験や、これまで培ってきたネットワークを活用することで、業界の状況や個別企業の動向などを細かく把握することができますから。
出資後は、基本的に出資先の人を信頼しているので、あまりたくさん経営に口を出さないようにしています。ただ、売り上げが伸び悩んでいたり、何か問題が浮上し、相手から支援を求められたりしたときなどは、相手の要望に応えられるような準備はしておきますね。
私も独立する前は中小企業のコンサルティングをしていたので、さまざまな面でサポートできるでしょう。資金的な投資を必要としている場合は、ベンチャーキャピタルにつなぐこともできます。
――ご自身とは違う夢を実現するための仲介者として、投資家と起業家のコミュニティ「SEVEN」を活用されているのでしょうか。
私は個人の案件からパワーエンジェル投資を始めましたが、投資家と起業家のコミュニティである「SEVEN」では、全国の優秀な経営者と出会えるというメリットがあります。また、SEVEN経由の案件は、エンジェル投資の経験が豊富な山本さんがチェックしてくれているので、安心感があります。
おそらく、これまではSEVENのような、投資家と起業家をつなぐコミュニティがなかったので、株式投資型クラウドファンディングなどに案件が流れていたのだと思いますね。SEVENのような存在が増えれば、エンジェル投資もどんどん増えてくるでしょう。
――エンジェル投資を受けたい起業家へ向けて、期待していることはありますか?
いちばん大事なのは、「世の中を変えたい」「世の中を便利にしたい」という思いの強さだと思います。
あとは、自分が投資において勝負するマーケットがどれくらいの規模であり、そこでどれくらいのシェアが取れそうか、あるいはどのくらいの売上高が見込めるのか。シード期の会社は、最低でもここを具現化できていないと、なかなか投資は受けられないでしょう。
とはいえ、やはり最も大事なのは熱意だったり、その事業に対する熱量でしょうね。自分の熱い気持ちを他人に面白く伝え、周囲の人々を巻き込むことができるかも大切だと思います。
岩永悠(いわなが ゆう)