本記事は、齋藤孝氏の著書『呼吸がすべてを整える』(リベラル社)の中から一部を抜粋・編集しています。

呼吸,人体,イラスト
(画像=Brazhyk/stock.adobe.com)

呼吸がつくる「疲れない頭と身体」

小学生との〝6時間音読破イベント〟で興味深かったのは、読破したあとの子どもたちがみな元気で、疲れていなかったことです。

6時間もの長い間、お腹から出す大きな声で、しかも息を長く続かせながら音読しているのですから、普通に考えれば身体も、そして脳もヘトヘトに疲れていても何らおかしくはありません。

普通の大人でも30分間も音読したらそこそこ疲れるでしょう。なのに、なぜ小学生の子どもたちは延々と6時間も音読して疲れを感じずにいられたのか。

それは、音読するうちに呼吸が整い、心身のバランスが整い、夢中になって集中したことで、疲れにくい脳と身体になっていたからです。

呼吸と身体の動きがぴったり合って集中力が高まり、感覚がまされ、余計なことに惑わされず、一心に目の前の作業にのめり込む ―― こうした特殊な集中状態を「ゾーンに入る」とか「フロー状態」などと言います。

6時間音読破に参加した子どもたちは、あのとき「ゾーン」に入っていました。ほかの子と合わせようと無理に意識しなくても、流れのなかで自然に全員の呼吸のリズムがぴったり揃い、それが『坊っちゃん』の文章のリズムと一体化していく――。

漱石の作品、とくに教材に取り上げた『坊っちゃん』は、音読するのに心地いい軽やかなリズム、それも深くて長い呼吸にマッチしたリズムで書かれています。

しかも、コミカルな要素もバランスよく含まれているので、音読しながらドッと笑いが起きることも。笑うと、そこでまた余分な力が抜けて、呼吸がより整う――。

その心地よいゾーンに身を置き、極限まで集中しながらもリラックスできていた子どもたちは、6時間の音読にも疲れを感じなかったのでしょう。

ゾーンに入ると疲れないのは、呼吸と合った動きを一定のリズムで行うことで、脳内にセロトニンの分泌が促されるためです。セロトニンには心を落ち着かせて集中力を高めるだけでなく、疲労やストレスを軽減する働きもあるため、集中しながらも疲れを感じにくくなるのです。

仕事でも、パターン化された流れ作業や単純作業は、ダラダラやっていると飽きてきて想像以上に疲れてしまうもの。

でも、呼吸と動作を合わせてリズミカルに行っていると、次第にテンポが整ってきて作業が苦にならなくなってきます。意識しなくても、呼吸のリズムに合わせて自然と身体が動くようになる。疲れも感じず、いつまでも続けていられるような気持ちになってくる。これも「ゾーンに入った状態」です。

単純作業だからと嫌々やってただ疲れるくらいなら、ゾーンを楽しんで作業したほうが、ストレスも少ないし仕事も上手くいくでしょう。

音読しかり、単純作業しかり。呼吸がリズムよくスムーズに流れ出し、身体の動きと合ってくると、人は心地よい快感を覚えます。流れに乗ったフロー状態は、気持ちいいものです。その快感のなかでは、人は集中できて、なおかつ疲れなくなるのです。

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齋藤孝
1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。主な著書に『声に出して読みたい日本語』(草思社)『大人の語彙力ノート』(SBクリエイティブ)、『大人の語彙力大全』(KADOKAWA)『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)、『雑談力が上がる話し方』(ダイヤモンド社)、『知的な話し方が身につく 教養としての日本語』、『齋藤孝こころの教室 こども般若心経』(共にリベラル社)など多数。著書発行部数は1,000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導。

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