本記事は、齋藤孝氏の著書『呼吸がすべてを整える』(リベラル社)の中から一部を抜粋・編集しています。
心のザワつきを鎮める「最強のフレーズ」とは
「10カウント6秒呼吸法」をもっと馴染みやすくするために、「10カウント=6秒」の長さにぴったり当てはまる、覚えやすいフレーズはないかと考えました。できれば美しくて、知性や教養を感じられて、私たちに親しみのある一節がいい。
「国破れて山河あり」(杜甫『春望』)や「雨ニモマケズ風ニモマケズ」(宮沢賢治)もいいけれど、6秒を埋めるにはやや短い。「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華経」だと宗教・宗派に結びつき過ぎの感がある。
そこでたどり着いたのが、
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」
みなさんもよくご存じ、『平家物語』の冒頭の一節です。
日本人が誰でも知っていて、リズムがよく、ゆっくり唱えて約6秒と時間の〝尺〟もぴったり。しかも、無常観や悟りの境地といった、この世の道理が表されている。ザワつく心を鎮め整えるための呼吸に合わせる、もっともふさわしいフレーズだと思いませんか。
そして、この一節の最後にもうひと言、「ま、いっか」とつけ加えていただきたいと思います。
この「ま、いっか」も、心を整え平常心をつくるための大事なキーワードです。
最近、大学で授業をしていても「繊細でナーバスな学生が増えている」と感じることが多々あります。
今の若い人たちは総じて「おとなしくて温厚」なのですが、その一方で些細なことが気になり、些細なことでイラついたり傷ついたりしやすくなっています。
さらに、ネットやSNS時代の影響もあって、他人にどう思われているかが気になって仕方がない。現代人のなかには、常に心にさざ波が立ってザワついている人、心が微妙に不安定になっている人が増えているように思えます。
そうした現代人のネガティブ感情をサーッと洗い流してくれるのが、「ま、いっか」のひと言です。「寛容で前向きな諦念」と「楽観的な切り替え」をもたらすこの言葉は、ネガティブ感情に支配された心を瞬時に切り替え、立て直すことができるマジックワードなのです。
ネガティブ感情で心が乱れたときは、まず鼻から息を吸ってください。そして、
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。ま、いっか」
と唱えつつ、臍下丹田を意識しながらフーッと長く、ゆっくり深く息を吐く。
そうすることでザワついて刺々しくなっていた心がスーッと整っていきます。
「この不満もイライラも、今だけのこと。いちいち腹を立てることもないよね」という、ある種の悟りの境地をもたらしてくれます。
仕事でミスした部下や後輩に「いいかげんにしろよ!」と声を荒げたくなったら。
上司にチクリと嫌味を言われて「ふざけんな!」とキレかけたら。
大勢の人の前でのスピーチを前に、大事な面接で、不安と緊張で震えたときも。試験会場で問題用紙を前に、頭が真っ白になりかけたときも。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。ま、いっか」
10数える代わりに一節唱えれば、心を鎮める6秒が自然にもたらされる。感情に振り回されず、状況に飲み込まれず、いつでもすぐに平常心を取り戻せる。
そんな最強フレーズを、ぜひ覚えて実践していただきたいと思います。
齋藤孝
1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。主な著書に『声に出して読みたい日本語』(草思社)『大人の語彙力ノート』(SBクリエイティブ)、『大人の語彙力大全』(KADOKAWA)『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)、『雑談力が上がる話し方』(ダイヤモンド社)、『知的な話し方が身につく 教養としての日本語』、『齋藤孝こころの教室 こども般若心経』(共にリベラル社)など多数。著書発行部数は1,000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導。※画像をクリックするとAmazonに飛びます