この記事は2023年3月16日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.220『なぜ首都圏の賃貸住宅には追い風が吹いているのか』」を一部編集し、転載したものです。
目次
この記事の概要
• 弊社が実施した「賃貸住宅市場調査」によれば、首都圏の賃貸住宅のリーシング環境に足許で改善が見られている。
• 筆者は(1)東京都への人口の転入超過回帰、(2)ハイブリッドな働き方の定着、(3)住宅価格の高騰、等がその背景にあると考える。
• 首都圏の賃貸住宅は、不動産投資家にとってより安心感を持って投資できる環境となったといえよう。
東京都心のシングルタイプも稼働率回復の見込み
弊社では、2022年秋を基準時点として「賃貸住宅市場調査」を実施した。同調査は、賃貸住宅の地域毎のリーシング環境等を把握することを目的としたアンケート調査である。
図表1の通り、同調査では、首都圏の賃貸住宅について、ファミリータイプは好調、シングルタイプも半年後の予想では稼働率改善が見込まれていることが確認された(東京23区のシングルタイプについては、2021年までは需給バランスの緩みから、賃料にネガティブな変化が生じていることが指摘されていた *1)。
本稿では、首都圏の賃貸住宅のリーシング環境改善の背景について考察したい。
*1 : 詳細は拙稿 MRR.209「東京都心の賃貸住宅」をご参照
リーシングの追い風となる3つの要因
以下の通り、マクロ経済統計やフィールドリサーチによって得られた情報を基に、筆者は(1)東京都への人口の転入超過回帰、(2)ハイブリッドな働き方の定着、(3)住宅価格の高騰、等がリーシング環境改善の背景と考えている(図表2)。
1. 東京都への人口の転入超過回帰
東京都の就業環境と人口流入は、過去から明確な相関関係が見られており1、足許では就業環境回復が人口の転入超過回帰に繋がっている(図表4)。結果として、賃貸住宅のリーシング環境への追い風の一因になっていると考えられる。人口流入の多寡は賃貸住宅のニーズの増減に直結しており、その稼働率や賃料にも影響を及ぼす。
足許の東京都の就業環境を見ると、有効求人倍率は底を打ち回復に転じている。また、同時に人口の転入超過も増加していることが確認できる。直近の2022年12月の東京都の有効求人倍率は1.35倍(前年同月比+0.45倍)と回復トレンドは継続しており、今春の引っ越しシーズンにも追い風に期待が出来そうだ。
なお、弊社の「賃貸住宅市場調査」においても、今後1年間のリーシングマーケット全体に与える影響が大きいと考える項目として、「個人の就業環境や収入の増減」が最上位の回答となっている(図表5)。リーシング市場の関心事となっていることが確認できる。
2.ハイブリッドな働き方の定着
ハイブリッドな働き方の定着による影響は、(a)出社前提の住宅選び、(b)テレワークにも適した間取りへのニーズ、の2つの視点から捉えられる。
(a)出社前提の住宅選びは、東京23区のシングルタイプの賃貸住宅のリーシングに追い風になるだろう。
コロナ禍の直後においては、賃貸住宅の選び方に大きな変化が見られた。テレワーク等の普及による出社頻度の低下とともに、居住地を重視しなくなる傾向が生じた。とりわけ、若年層の東京都への転入減少等によって、東京都心のシングルタイプの賃貸住宅について需要の減少が指摘されていた。つまり、出社前提ではない住宅選びが広がっていた。
こうした住宅選びの傾向は、就業環境の回復に加え、出社とテレワークの併用を前提としたハイブリッドな働き方の定着によって解消に向かっている。弊社のオフィステナント企業に対するアンケート調査によれば、今後従業員に週に2日以上(出社率40%以上)の出勤を求める企業の割合は79%となっている(図表6)。出社前提の住宅選びに徐々に戻っていく公算が高い。
また、ハイブリッドな働き方の定着は、(b)テレワークに適した間取りへのニーズを高め、首都圏全体のファミリータイプの賃貸住宅の追い風になっていると考えられる。
テレワークの定着によって、より広い間取りを求める居住者が増えた。物件の供給状況等といったその他の要因もあると思われるが、実際にファミリータイプのリーシング環境は改善傾向が確認されている。不動産アセットマネージャーへのヒアリングにおいても「シングルタイプよりもファミリータイプのほうが、賃料のアップサイドを取れるケースが多くなっている」、「(シングルタイプについても)以前と比べると面積が大きい物件の賃料が強含みしやすい」といったコメントが散見される。
3.住宅価格の高騰
住宅価格の高騰も、賃貸住宅のリーシング環境の追い風になっている可能性がある。
首都圏では住宅価格の高騰が続いている。とりわけ、東京23区での上昇幅が大きく、2022年は2017年比で、新築マンションで+16.2%、新築戸建で+28.7%の販売価格の上昇が生じた。良好な住宅ローンの調達環境や共働き率の上昇が家計の住宅取得能力を支えている面はあるものの、こうした価格上昇は住宅取得のハードルを高くしていることは間違いない。
一方で、同期間での賃貸住宅の賃料の上昇率はシングルタイプで+4.1%、ファミリータイプで+8.8%に止まっており、賃貸住宅に住み続けることを選択するインセンティブが生じている可能性がある。実際、国土交通省の調査によれば、「賃貸住宅」から「賃貸住宅」に住み替える割合に上昇が見られている。ライフステージの変化等に合わせて、住宅取得を行う代わりに別の賃貸住宅へ住み替える割合が高まっているかもしれない。
より安心感を持って投資できるアセットタイプに
首都圏の賃貸住宅のリーシング環境は改善傾向にあるが、上記のように一過性ではない要因に支えられていると考えられる。不動産投資家にとってより安心感を持って投資できる環境になったといえよう。