本記事は、新田 龍氏の著書『「部下の気持ちがわからない」と思ったら読む本』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています。

会社を退職代行を依頼して辞める
(画像=78art / stock.adobe.com)

昨今増加する「退職代行サービス」とその違法性を知ろう

慰留ハラスメントを避けたい人や、職場の人間関係が悪いためにそもそも退職を言い出しづらい人、出勤自体が苦痛で今すぐ辞めたい人などを中心に利用が広がっているのが「退職代行」サービスです。

文字通り、依頼者に代わって退職手続を代行するサービスであり、依頼者は会社側と一切コミュニケーションを取る必要がなく、精神的プレッシャーやハラスメントと無縁で退職できることを売りにしています。

「自分で選んで入った会社なのに、自分で辞めると言い出せないなんて根性がない!!」
「『逃げの転職』を助長するのではないか!?仕事を引き継ぐ人の立場も考えろ!!」
などと、このサービスの存在自体と利用者のマインドを疑問視する声は以前から存在しますが、一方で退職代行へのニーズは根強いものがあり、利用者数も拡大基調にあります。

民間調査機関の調査によると、20〜30代における退職代行サービスの認知率は63.9%におよび、「退職代行の利用を検討している」と回答した割合が44.7%。そして「辞めるときには退職代行を利用する」と確定的に回答した人は約2割も存在していることが明らかになりました。

実際に、専門業者や弁護士事務所など運営母体は様々なものの、退職代行を名乗るサービスは既に100以上も展開しているのです。

サービスの流れ自体は各社ほぼ同様です。

Webサイトのフォームや電話、LINE等で問い合わせをおこない、雇用形態や退職希望日、退職にあたってネックになっている要素や悩みなどを伝えます。

打ち合わせ終了後、代行業者に料金支払を済ませれば、依頼者は会社や上司と直接やりとりをすることなく、自動的に退職手続が完了するという仕組みです。

ちなみに料金は専業の代行業者で2万〜5万円程度、弁護士事務所が運営するサービスではその料金に+1万〜3万円といったところが相場です。また「退職できなかった場合は料金を全額返金する」との保証をつけているところが大半のようです。

現在、退職代行サービスを運営している母体は大きく「民間業者」「労働組合」「弁護士事務所」に分類できます。

このうち、最も対応可能領域が広いのは「弁護士事務所」運営によるもの。彼らは退職希望者から委任を受けた代理人として、退職意思伝達のみならず、有給休暇の買取や退職日調整、未払金支払や損害賠償請求など、あらゆる交渉をおこなうことができるためです。

一方で、最も対応可能領域が限られているのが「民間業者」です。彼らができることは、あくまで「使者として退職希望者の退職意思を伝える」という1点のみ。 それ以外の業務引継ぎや未払金支払、有休消化といったもろもろの退職条件交渉をおこなうことはできず、もしやってしまえば、弁護士法第72 条で規定される「非弁行為」にあたり、違法となってしまうのです。

〈弁護士法第72条〉
「弁護士でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りではない」

しかし、民間業者の中には「使者」としての役割を超え、本来は違法な条件交渉までやってしまう悪質業者が存在します。彼らのような法的に代理権限がない者が交渉した場合、たとえそれが善意によるものであっても、交渉内容や退職そのものが無効になるリスクがあるのです。

会社側が良かれと思って提示した有休消化や退職条件交渉を取り持つこともできないため、結果的に改めて弁護士に依頼しなければならなくなったケースがあったりするなど、トラブルに至る事例も報告されています。

なお「労働組合」が母体の代行業者はその中間にあたります。労働組合は法的に「団体交渉権」を持つため、民間業者では不可能な企業側との直接交渉、具体的には、退職日の調整や有休消化、未払金の支払要求といった基本的な要求は対応可能です。もし会社側が労働組合の交渉要求を拒否した場合、逆にそちらのほうが違法(不当労働行為)となってしまうため、交渉においては強い立場にあるといえるでしょう。

もしも退職代行を使われた場合、目指すべきは「円満退社」

もしあなたが退職代行サービスを使われる側となった場合、どのように対処すればよいのでしょうか。

まず、従業員自身からの申入れであっても、退職代行サービス経由であっても、企業は基本的に従業員の退職を止めることはできません。業務引継ぎや有休消化などの交渉はできる余地がありますが、「退職する」という結論自体は覆せないものとお考え頂いたほうがよいでしょう。

したがって、「円満退職」を目標にして行動することが原則となります。

その上で、まずは当該従業員が本当に退職代行サービスを依頼したのかどうかを確認するため、委任状等の提示を求めてください。

そのような書類がない場合は、「従業員本人の意思であることの裏づけが取れない限りは、退職手続を進めることはできない」と伝える必要があります。

そして、申入れをしてきた退職代行業者の運営母体が「民間業者」「労働組合」「弁護士事務所」のいずれなのかを確認します。このうち「民間業者」が業務引継ぎや有休消化などの交渉をしてくるのは違法な非弁行為にあたりますので、 「本人からの申し出でなければ応じられない」と明確に伝えた上で、会社の顧問弁護士や社労士などと相談し、本人へ直接連絡するなどの対応を取ることをお勧めします

退職は従業員本人の意思によるもので、退職代行業者にも違法性がないと判明すれば、あとは通常の退職手続と同様に進めていくことになります。

本来退職手続など、退職届を出すだけで済んでしまうことです。にもかかわらず、わざわざ数万円をかけてサービスを利用する人が確実に存在するという事実は、「そうでもしないと言い出せない」「今すぐにでも抜け出したい」といった強い思いと、同じ数だけの劣悪な労働環境が存在するということでもあります。

退職代行サービスを使われた側としては、退職希望者を恨めしく思ったり、逆上してしまいたくなったりすることもあるでしょう。

しかし、この機に「そこまでして辞めたいと思わせる原因が自社にあったのでは……」と反省材料にできれば前向きですし、仕事を放り出して音信不通になられるより、辛うじて代行会社という細い糸で繫がり、パソコンのパスワードだけでも聞き出せたことをラッキーだったと考えるべきではないでしょうか。

「部下の気持ちがわからない」と思ったら読む本
新田 龍(にった・りょう)
株式会社ヴィベアータ 代表取締役
株式会社就活総合研究所 取締役会長
キャリア教育プロデューサー/ブラック企業アナリスト
1976年奈良県生まれ。田舎での生活に飽き足らず、中学2年で会社経営を志し、高校から一人で上京。早稲田大学政治経済学部在学中に一度起業。99年卒業、非上場企業に入社し、事業企画担当。在職中に株式上場を経験。キャリアコンサルタントに転職し、新卒採用担当等を歴任。07年、株式会社ヴィベアータ設立(キャリア教育プロデュース)。09年、株式会社就活総合研究所設立(新卒採用シンクタンク)。大手企業、教育機関、官公庁などに対して、人事、教育のコンサルティングを展開する他、大学講師としてキャリア教育や就活支援を担当し、就活塾、キャリアスクールも主宰。これまで1万人を越える面接・面談経験を持つ。その他、TV・各種メディアでの、コメンテーター、講演、執筆など、「人」と「仕事」にまつわる領域で活動中。
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