この記事は2024年11月8日に「第一生命経済研究所」で公開された「トランプ関税という「隠れた爆弾」 」を一部編集し、転載したものです。


地方税統一QRコード(eL-QR)とは?メリットと金融機関における現状を紹介
(画像=BrianJackson/stock.adobe.com)

目次

  1. 日本は対抗措置を採るのか?
  2. 中国の60%関税は日本のためにもならず
  3. 米国に工場をつくれば解決か?

日本は対抗措置を採るのか?

トランプ次期大統領の公約の中で、最も危険なものは関税率の引き上げである。全輸入品に対して10~20%の追加関税をかけるとする。特に、中国には全輸入品に60%の関税をかけると言及している。さらに、個別ではメキシコからの輸入自動車にも100~200%の関税をかけるとする。中国からの迂回生産の自動車・自動車部品も同様に規制するという方針なのだ。こうした関税率の引き上げは、極めて好ましくない結果を招きそうだ。おそらく、中国はトランプ氏の関税率引き上げに対して、対抗措置として米国からの全輸入品に同様の関税率をかけるだろう。これは、報復措置でもある。もしも、日本が10~20%の関税率引き上げを行われれば、同様の報復措置を採るのか。仮に、米輸入品に10%の関税率をかければ、それは日本の消費者にとって10%の値上げを意味する。米国から日本が輸入している財の金額が11.5兆円(2023年)である。これに10%の関税がかかるとすれば、単純には1.15兆円の負担増が消費者に間接的にのしかかる。輸入財の内訳は、化学製品が2.2兆円、鉱物性燃料が1.8兆円、食料品が1.7兆円、一般機械が1.6兆円などになっている。米国は、中国に次ぐ輸入相手国である。

そうした輸入相手国に対して、対等な報復を行うことは、日本の消費者への増税と同じことをする結果を招く。米国の輸入品は関税がかかった分だけ割高になって、そのコスト増は日本の消費者に価格転嫁される。ここの判断は難しい選択だ。

では、日本は米国からの輸入品に報復関税をしなければよいではないかという議論にきっとなるだろう。しかし、何の対抗措置もなければ、トランプ氏はさらに関税率を引き上げるなどの追加措置を採ってくる可能性もある。やられたい放題になるリスクがある。何らかの対応策を講じて、トランプ氏に痛みを感じさせる牽制効果はあった方がよいと考える人も多いだろう。

ただし、その代償は大きい。日本の消費者に対する値上げということになる。石破政権には、トランプ関税への報復措置を行うかどうかは重大なジレンマをはらんでいると考えられる。

中国の60%関税は日本のためにもならず

中国に対して、米国が輸入品に60%もの関税率をかけることはどうだろうか。2023年の輸入額は4,272億ドル(65兆円)である。ここに60%の関税率の上乗せが行われれば、さすがに米国向けの輸出数量は落ちるだろう。中国経済にも大打撃になろう。

2017~2019年にも当時のトランプ政権が、おおむね4回に分けて10~25%の関税率を適用した経験がある。米中貿易戦争と言われた。当時の中国はまだ6%成長で体力が十分にあった。現在は4%台まで成長率が落ちている。中国経済には以前よりも遙かに大きなマイナス効果が及ぶ。そうすると、日本から中国への輸出数量が落ちる。

また、日本企業の中には中国で現地生産を行って、そこから米国などに輸出している例も少なくない。60%の関税率はそうした日本企業にも打撃になる。生産基地としての中国の地位は低下する。中国などに海外展開する日本企業には予想外のダメージになるだろう。そうした企業の業績を悪化させ、株価にも悪影響を及ぼす可能性が高い。

この問題は日本企業に止まらない。中国で現地生産を行う日本以外の先進国の企業も、中国での生産活動を不利化させる。極端なことを言えば、中国の現地企業を撤退させる動きに拍車をかける可能性すらある。直接投資の減少に苦しんでいる中国には大きなマイナスである。

メキシコへの関税問題も、全く同様にメキシコなどで現地生産をしている日本企業にも及ぶ。トランプ氏はメキシコからの輸入品にも関税をかけようとしている。現状、メキシコ、カナダ、米国はUSMCAを組んで、自由貿易圏を築いている。その体制がトランプ関税によって破壊されて、現地生産のメリットが失われる。このUSMCAは、以前のNAFTAに比べて現産地規則が厳格化されている。それを無視して一気に最恵国待遇を取り去って、関税をかけるのはかなり暴力的に思える。

米国に工場をつくれば解決か?

トランプ氏は、関税問題を軽く考えている。貿易相手国の企業のことはほとんど眼中にない。例えば、日本の自動車メーカーは、日本からの輸出やメキシコの現地生産を停止して、米国内で現地工場を作ればよいというのか。米国には雇用が生まれるが、日本の輸出企業はそれによって日本での生産水準が落ちる。現地生産化によって、国内工場を閉鎖すれば、雇用リストラが起こる。償却負担も大きい。何より、米国で生産することの経済合理性は低いかもしれない。米国の人件費は日本以上に高騰し、現地生産コストは決して低くないからだ。

日本にとって、米国が保護主義に走ることは産業空洞化の圧力を生じさせる。円安により国内からの輸出拡大が有利になるメリットも、ますます乏しくなる。トランプ氏はそうした貿易相手国側の痛みに対して、驚くほどに無関心である。

石破首相は、トランプ氏のそうした対応が、日本企業の自由な活動に対して大きな驚異になっていることを自覚して、米国に言うべきことは言っていくことが大切だ。対等な立場で経済外交を進めてほしい。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生