はじめに

以前、日本の電力会社の社長が「値上げは権利であり、義務でもある」という発言を行い、物議をかもしたことがあった。当該発言の真意を探ることは別として、電気は国民生活の根幹であり、値上げへの責任なき説明に対して利用者が不満を抱いたことは至極当然だったろう。

そんな日本よりも、さらに高い電気代を負担しているのがフィリピンである。JETROデータによると、フィリピン首都マニラの業務用電気料金(kWhあたり):0.19㌦(東京は夏季で0.15 ㌦)であり、アジアでは最も割高だ。しかしGDP一人当たり3,000ドルに達しない国が、日本のように40,000ドルに迫る国よりも高い電気代を負担している不条理を知る人は少ない。

意外かもしれないが、フィリピンは地熱発電の容量が世界2位(1位アメリカ)である。地熱発電は2013年の実績で9,605 Gwhあり、全発電量の約13%あたる。これはきわめて高い比率だ。

フィリピンには、実は原子力発電所もある。1984年に完成したバタアン原子力発電所は、1985年にはIAEAによる安全検査も完了し、核燃料が現地に届けられた事実もある。しかし、その後の政情変化、不正取引の問題、さらには1986年4月に起きたチェルノブイリ原発事故など安全性への懸念から、一度も稼働することなく現在にいたっている。

上記のような背景を考えると、フィリピンの電力事情とは実に興味深く、アメリカの原子力政策とフィリピン国内の政治力学が絶妙に作用していることがわかる。その詳しい経緯は、別稿にて記述したいと考えている。

本稿では、フィリピンの電力事情について、主要アクターとなっている政府や企業(外資を含む)の概要を述べたい。また、現在注目される再生可能エネルギーに対する期待も確認する。

フィリピンの電力市場—構造

フィリピンの電力市場を分析する際、①発電、②送電、③配電 の3つのカテゴリーに分けて考える。

①発電

フィリピンは、80年代後半から慢性的な電力不足に陥り、停電は日常的に数時間以上という事態が続いている。当局は昨年から夏のピーク時に関してさらなる停電の可能性を示唆しており、フィリピン在住の私たちも、今年の夏に備え準備を怠るわけにはいかない。

②送電

これまでフィリピンにおける発電・送電事業は、国家電力公社(以下NPC)によって運営されていた。しかし慢性的な電力不足を解消するため、海外よりIPP(Independent Power Producer)を招聘し、NPCとの間で電力購入契約を交わすことが試みられていた。

そして2001年に施行された電力産業改革法(以下EPIRA)により、フィリピンの電力市場が開放される。
これまでは、
①    発電:NPC、IPP
②    送電:NPC
③    配電:配電会社・電力組合

といった構図だったが、EPIRAにより、NPCの民営化がすすめられることで、次のような構図が成立した。

①    発電:IPP(PSALMが資産管理・IPPAが窓口)、民営化されたNPC発電所
②    送電:民間企業
③    配電
・卸売:
WESM(Wholesale Electricity Spot Market)
IPPA

・小売:
配電会社・民間ディーラー・電力組合

またIPP間と締結した電力購入契約によって、NPCが保有する資産・負債に対して、その管理を行う政府機関PSALMが新設される。このPSALMより、民間企業が担うIPPA(IPP Administrator)には当該資産の権利・義務が与えられ、IPPの電気が販売される構図ができあがった。

そして送電事業はNPCから切り離され、現在は民間(National Grid Corporation of the Philippines:ローカルと中華系企業のコンソーシアム)に払い出されている。

③配電

発電業者により供給される電気は、WESMや各個別契約(売り手・買い手が直接取引)によって、配電会社や民間ディーラーに販売され、最終ユーザーに販売される。

EPIRAによる改革の背景には、NPCの負債の増大(財政負担大)、電気代の高騰があり、もともとはNPCの民営化と電力産業に市場メカニズムを導入することを目的としていた。しかし実際のところ、NPCから民間への払い出し先は、その多くがローカルの財閥(サンミゲル、アボイティスパワーなど)で占められている(米国系、韓国系企業もある)。また、配電事業においても、メトロマニラの大部分は、約550万の顧客を有するフィリピン最大手の配電会社メラルコ一社によって、独占状況となっている。

NPC機能の分割民営化といった点では着実に進行はしているが、市場メカニズムが作用しているかどうかという点は、まだまだ長い目で見る必要があるようだ。