「第3の企業年金」の視点

このレポートの第1回目で述べたように、日本の企業における退職給付制度の導入割合が大きく低下しています。これはイギリスの置かれた状況に似通っています。そのためにオランダやイギリス等の事例を参考にしながら新しい対策の検討が進もうとしている訳です。

ただ、これまで見てきたようにオランダではDBの伝統の重さから脱し切れず、まだDAの在り方について模索が続いているように見えます。また、DBの派生形とも言えるオランダのCDCは、オランダの独得のDBの枠組みにおける制度です。加入者の立場からすると、オランダの議論は「失うもの」がまず気になりませんか。

それに対して、DCの欠点を補うという視点で進んできたイギリスの議論では、加入者は「得るもの」に目が向きやすいと思います。こうして考えると、イギリスの議論には我々にとって参考になる点が多く含まれている可能性があります。

日本の企業年金制度は(1)Indexation(物価等へのスライド)の仕組みが義務付けられていない、(2)受給権の減額が可能、(3)キャッシュバランス・プランでは運用結果への連動が可能、など既にイギリスのCDCの特長を有しているとの指摘があります(vi)。

特に2014年度に実現したキャッシュバランス・プランの弾力化によって運用実績がマイナスなっても基準金利として扱えることになり、運用結果への連動性が高まっています(vii)。

加えて、日本ではそもそも企業年金の中で終身年金の占める割合が40%程度に留まっており、長寿化(longevity)といったリスクも限定的です。こうした違いを踏まえると、先の図表7に掲げた論点の中で、わが国の「第3の企業年金」を考える上で参考にすべき点は三つに絞られるのではないかと思います。

それは、図表7のⅠ.CDCは従来のDCと比べてより安定的な結果をもたらすか、Ⅱ.世代間に深刻な不公平性が生じないか、Ⅴ.規模のメリット維持・新規加入者の確保は可能か、です。

図表7 CDC導入に関する主な論点

まずイギリスではどのような議論があったかを見てみます。Ⅰについてはコンサルティング会社のAONHewittが過去の市場データを使ってCDCとDCのパフォーマンス比較を行いました。それによると、CDCはDCよりも安定的かつより高いリターンを上げているとのことです。

その理由として、(1)共同運用ファンドを通じてDCでは取り入れることのできなかったインフラや不動産関連といった長期投資が可能になること、(2)年金の支給も共同運用ファンドから行うことにより、イギリスで一般的に条件が厳しいと言われる終身年金に乗り換える必要が無くなること、を挙げています(viii)。

しかしその後の制度変更により、終身年金への乗換えが強制では無くなったことから、当初の比較で謳われた有利性は半減する模様ですix。またこのパフォーマンス比較については、たまたま市場環境に恵まれた結果に過ぎないと言う声もあります。

次に、Ⅱの世代間の不公平とは、もともとオランダのDBで顕在化した問題です。オランダではDBの積立比率に対する規制が導入されて以降、積立比率が基準を下回った場合には、掛け金の引上げやIndexationの見送り等が行われるようになりました。年金の健全性を保つためには当然の取組みですが、掛け金の引き上げは、現役の加入者から年金受給者へ富の移転が行われていることを意味します。

DCであれば、こうした富の移転が生じることはありません。しかしCDCを導入し、共同運用ファンドを設けるようになると、この問題が再び懸念材料として浮上してきます。イギリスでは年金債務の評価に使う割引きの水準によっては、やはり富の移転が起こり得ることが指摘されています。こうした不公平が生まれるリスクを上回るほどのメリットがあるのか、あるいは富の移転に対するチェック機能が働くかどうかがポイントとなりました。

この点に対してAONHewittの考えは、こうした世代間の支えがあることによって、長い目で見れば受給者にとっても加入者にとっても年金額の削減幅を圧縮する効果があるというものです。この議論はどの立場から見るかによって答えが異なるようです。

ただ、こうした不公平性の問題が起こり得る以上、その対処法として、(1)情報開示等の徹底による透明性の向上、(2)開示情報を加入者に代わってチェックする監督機能の導入、(3)BoardofTrustee等中立的なガバナンス機能の確保、等が不可欠であるとの共通認識が関係者の間では出来上がっているようです。

最後のⅤの規模については、コストとリスクがより多くの加入者に分担されるのが望ましいことは議論の余地がないと思います。そのためには、(1)数千人規模の企業年金、(2)産業別年金、(3)企業規模に関係なく参加可能なマスタートラスト、といった場での利用が期待されるとAONHewittは述べています。

同様に新規加入者がいなければ制度の成熟度があがってしまう点が問題になるのですが、イギリスではオプト・アウトという仕組みがあるなど、必ずしも対象者全てを強制加入させることは難しいことが懸念材料となっています。AONHewittは成熟度に合わせたALMの実施や、ポータビリティーの確保によって、こうした問題も解決できるとしています。