おわりに
以上の三点から、我が国で「第3の企業年金」を検討する際には、以下のような視点が必要になるかと筆者が考えていますが、皆さんはどう思いますか。
◆共同運用ファンドのメリットは何か
仕組みとしての共同運用ファンドがリスク分散やリターン向上に資する可能性はありますが、これまでのDBでの運用における失敗例の存在を考えると、仕組みが結果を保障するものではありません。これをメリットと考えることが加入者をミスリードする恐れもあります。
また、DCで課題となっている加入者の運用に関する知識教育の負担が減る可能性はありますが、将来の給付が減額になるリスク等についての教育が不可欠です。
◆世代間の公平性は確保できるか
幸い日本では企業年金にIndexationや終身年金を義務付けていないことから、同じCDCでもオランダやイギリスで懸念されたようなインフレや長寿化に伴う富の移転は懸念する必要がないと思います。その一方で、流動性の低い資産を運用対象にした場合には富の移転が起こりえます。
例えば、リーマンショック時の証券化商品やヘッジファンドのように時価がつかない時に、資産評価の方法によっては富の移転(例えば継続加入者から脱退者へ)が起こり得ます。
イギリスではCDCの運用成績が向上した要因として、インフラや不動産投資の拡大が挙げられていましたが、こうした資産の評価はどのように行えば良いのでしょうか。加入者が納得するような運用内容、その結果をチェックする仕組み、そして何よりも加入者・受給者からの信頼確保が不可欠です。
◆規模のメリットと新規加入者の確保はできるか
「第3の企業年金」の導入企業については、ある程度規模を前提としているのであれば、規模のメリットや新規加入者の確保は大きな障害にはならないと思います。その一方で「平成25年就労条件総合調査」によると、従業員数の少ない企業群ほど企業年金の実施率が低くなっています。従って「第3の企業年金」を導入する場合には、規模の小さな企業に活用可能な制度であることも重要かと思います。
しかしそのことは、規模のメリットと新規加入者の確保という点では障害になる可能性があります。総合型のような仕組みを導入することも考えられますが、産業の盛衰に左右されない仕組みが年金には不可欠です。また、検討が進んでいる簡易型DCの創設や、個人型DCへの小規模事業主掛金納付制度の拡充等との関係も整理が必要でしょう。
さて、三回にわたって「第3の企業年金」の参考になりそうな海外の事例を見てきました。この「第3の企業年金」について考え始めたきっかけは、ある経済誌の記者の方から「DBの加入者にとって、第3の企業年金は何かの得になるのですか?」という質問を受けたことです。加入者の立場からすれば、イギリスのように「DCよりも得るものがある」という説明でなければ、簡単には乗れない話かも知れません。
これから様々な検討が行われることになるのでしょうが、オランダやイギリスの経緯を参考にしつつも、最終的には日本の事情に合わせた良い制度の議論が進むことを期待したいと思います。
(i)2005年以前と2006年以降では集計方法が異なる点には注意が必要
(ii)2012年から稼動したNESTの効果で2013年以降はDC加入者が増加に転じており、今後もこの傾向が続く可能性がある
(iii)こうした違いからオランダのケースをDA/DB(DBからDAへ)、イギリスのケースをDA/DC(DCからDAへ)とするレポートもある
(iv)「Definedambitionpensionssheme」を元に筆者が作成
(v)「変革期を迎えるオランダの年金基金~その背景と課題~」前田俊之基礎研レター2015年6月16日
(vi)「英国における目標建て(Defined Ambition)企業年金制度の導入について」杉田健2015年4月
(vii)「実績連動型CBプランとハイブリッド型の検討ポイント」梅内俊樹年金ストラテジー(Vol.231)
(viii)「Collective Defined Contribution Plans-A new opportunity for UK pensions?」AON Hewitt,2013
(参考文献)
「イギリスの年金改革-一層型の年金制度の導入」中川秀空レファレンス2014年8月
「Reinvigorating workplace pensions」DWP(Department for Work and Pensions,UK),November 2012
「Reshaping workplace pensions for future generations」DWP,November 2013
「Government response to the consultation-Reshaping workplace pensions for future generations」DWP,June 2014
「Defined Ambition: Cnsumer perspectives」DWP,June 2014
前田俊之
ニッセイ基礎研究所
常務取締役 金融研究部 部長
【関連記事】
・
第3の企業年金をどう考えるか(その1)~オランダ、イギリス、そして日本~
・
第3の企業年金をどう考えるか(その2)~オランダ、DBからDAへ~
・
変革期を迎えるオランダの年金基金~その背景と課題~
・
欧米諸国の年金事情~隣の芝生は青いか~ 第8回 =オランダ編=
・
欧米諸国の年金事情~隣の芝生は青いか~ 第3回=イギリス編=