◆ASEAN全体の貿易構造の先行き
以上の通り、2005年頃からの2013年にかけて世界輸出に占めるASEANのシェアが拡大した要因は、価格上昇が追い風となった資源関連の輸出が主因であった。ACFTA発効は、ASEANにおいて素材・資源関連の中国向け輸出拡大をもたらし、国際分業の進んだ電気機械は中間財の中国向け輸出の拡大に繋がって産業全体のプレゼンスの維持に寄与したが、技術集約型産業の輸出シェアは総じて縮小傾向にあった。
産業の国際競争力については、労働集約型産業の競争力を高めに維持した一方、技術集約型産業が一部を除いて軟調に推移している。これはASEANに工業化をもたらした外国企業がASEAN域内で技術開発するメリットに乏しく、比較的工業化が進んだマレーシアやタイにおいても研究開発投資(図表20)が中国より少なかったこと、また産業集積が中国に見劣りしたことが影響したと考えられる。
先行きのASEANの貿易構造を展望すると、まず労働集約型産業はマレーシア、タイなどでは賃金上昇を受けて競争力を失うだろうが、安い労働力を求める企業が中国・タイ・マレーシアなどからCLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)へと生産拠点を移設する動きは当面続くだろう。
こうした企業の動きは、今後の域内の統合深化や大メコン圏(GMS)経済回廊の活用促進に伴って更に加速することになる。従って、ASEAN全体として見れば労働集約型産業の競争力は向上すると思われる。
また労働集約型産業から技術集約型産業へのシフトについては、緩やかに進むと思われる。近年では所得向上に伴って拡大するASEANの消費需要を取り込もうと、消費者ニーズに合わせて現地で商品開発を進める先進国企業が増えてきている。
また、これまで産業集積が形成されてきたなかで技術移転が進み、地場企業の実力は向上している。実際、シンガポールの化学製品、マレーシアの電気機械、タイの輸送用機器などでは2000年以降においても、より付加価値の高い製品を生産してきた。
従って、今後も拡大する内需が外国企業の研究開発投資を呼び込み、ASEAN諸国は産業の高度化が進むだろう。そして産業集積が形成されて国内企業への技術移転が進むことから、ASEAN全体として見れば技術集約型産業の競争力は徐々に上昇に転じていくだろう。
ただし、国別には産業の高度化が進まない国も出てくる。実際、インドネシアのように国内産業保護を強めたために外国企業から進出先として選ばれにくくなり、産業の高度化が遅れてしまったケースもある。
またチャイナ・プラスワンやタイ・プラスワンの追い風が吹き、現在は投資が拡大しているCLMV諸国においても国内企業への技術移転が進まなければ、いずれ人件費の高騰を受けて成長が頭打ちとなる懸念もある。つまり、ASEAN諸国は生産拠点の進出先としての魅力度を競い合う環境に晒されており、将来を約束された産業は少ないと思われる。今後、TPP交渉に触発される形でRCEP交渉が進むと見られる。
しかし、RCEPは既に発効済みの「ASEAN+1」の集合体であることを踏まえると、ASEANにとってメリットが大きいとは言い難い。RCEPの発効によって域内関税が撤廃されればRCEP加盟国間で生産拠点としての地位の争いが始まるだけに、ASEANはTPPやRCEPに先行してAECの深化を進めていくことになる。
AECによる市場統合は域内諸国の勝敗を鮮明にすることから、競争力が乏しい国は産業毎に濃淡を付けながら積極的な投資誘致を推し進めることになるだろう。