ビンテージ・ソサエティ,産業振興政策
(写真=PIXTA)


研究員の眼

"ビンテージ・ソサエティ"とは、おそらくほとんどの人が初めて聞いた言葉になるであろう。

"ビンテージ(Vintage)"とはもともとワインの製造工程を表す言葉であるが、今日では「年代もの。ただ古いだけでなく、年月を経て程良く味わいがでたもの(*1)」という意味でよく使われる。ビンテージ・ワイン、ビンテージ・ファッションなどがそうだ。

では、ビンテージ・ソサエティとは何か、これは"超高齢社会"を言い換える形で登場した「造語」であり、経済産業省がその発信元である。経済産業省の産業構造審議会内に設置された「2020未来開拓部会(*2)」が掲げるプロジェクトの名称の中で使われている。

当部会は東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年に向けて、持続的に成長する我が国の未来像を検討することを目的に設置され、現在、2020年に向けた産業振興の柱として9つのプロジェクト(テーマ)(*3)を掲げている。

その一つに、「活力あふれる"ビンテージ・ソサエティ"」がある。なお、筆者は当プロジェクトに紐付く「ビンテージ・ソサエティの実現に向けた取組みに関わる研究会(及び調査研究事業)」に携わっている。

当初の草案段階では「超高齢社会」の文言が使用されていたが、「ビンテージ・ソサエティ」と言い換えた背景には2020年の東京オリンピック・パラリンピックを好機に、世界の注目が日本に集まるとき、「高齢者等にやさしい、活力あふれる超高齢社会づくりに成功した日本の姿と、希望ある未来の社会像を世界に提示したい」という経済産業省の思いがある。

プロジェクトでは「未来へのレガシー」として、「日本の高齢者等が生き生きと暮らし、豊富な人生経験・知識と潤沢な知恵・感性・文化を若者世代に共有・継承できている社会」を遺していくことを目標としている。こうした意味合いを表すために敢えて言い換えたわけである。

とかくネガティブなことがイメージされやすい高齢社会を極めてポジティブに捉え表現しているところは、筆者の専攻するジェロントロジーとも共通するところであり、前向きに評価したい。

こうした表現のユニークさに加え、もう一つ前向きに評価したいことがある。それはビンテージ・ソサエティの実現に向けた産業振興(方向性)の中身である。

あくまで私見にはなるが、これまでの高齢者市場に対する産業振興の政策は、医療や介護関連、あるいはロボット開発等、特定のテーマ・領域において施策を講じる「部分的」かつ「供給者視点」に立つ傾向にあったが、ビンテージ・ソサエティの実現に向けた政策方向は、「総合的」かつ「生活者視点」である。

人生90-100年という長寿時代にあるということを強く意識するなかで、より安心で豊かな高齢期をおくれるように、例えば、セカンドライフの「キャリアパス」をつなぐ事業として何ができるか、あるいは高齢者の社会参加を促しながら企業も参画できる事業としてどのようなことがあるか、こうしたテーマがビンテージ・ソサエティの構想に含まれている。

「リタイア後も社会で活躍したい」「自分の経験等を社会に継承したい」等、国民のニーズとしては顕在化しながらも事業化しにくいテーマはいくつかあるが、こうした未開の領域を開拓しようとする姿勢が見られる。

高齢者の福利と言えば、福祉を中心とした地域行政に依存してきた印象があるが、このように民間・市場をリードする経済産業省が理想の超高齢社会及び市場の創造に打って出られたことは画期的であり、社会として望ましい方向に進んだものと受け止めている。

具体的な政策立案は今後の検討次第ではあるが、ビンテージ・ソサエティが描く未来像は、一人ひとりの将来に、また企業にとっては今後の事業展開にも影響してくる可能性がある。

2020年に「高齢者等にやさしい、活力あふれる超高齢社会づくりに成功した日本の姿」を世界に見せられるように、ビンテージ・ソサエティの構想が具体化することを大いに期待したい。

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(*1)朝日新聞社「知恵蔵2015」の解説より
(*2)2015年4月に設置。詳細については、経済産業省HPを参照のこと(http://www.meti.go.jp/committee/gizi_1/34.html)
(*3)2020未来開拓部会が掲げる9つのテーマ(プロジェクト):(1)モビリティ、(2)スマートコミュニティ、(3)ストレスフリー、(4)サイバーセキュリティ、(5)活力あふれるビンテージ・ソサエティ、(6)イノベーション、(1)インベストメント、(8)ひとづくり・地方創生、(9)スポーツ・文化

前田展弘
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員(東京大学高齢社会総合研究機構客員研究員)

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