韓国における勤労奨励税制の導入背景と導入過程
この節では韓国政府が勤労奨励税制を導入する背景となった、韓国における貧困率や勤労貧困層の現状をOECDのデータや先行研究を用いて説明したい。
図表1はOECD諸国における相対的貧困率や勤労世代の相対的貧困率(*3)を示しており、2000年代半ばの韓国の相対貧困率は14.6%でOECD諸国の平均貧困率10.6%を大きく上回っている。
イビョンヒ・その他(2010)は、韓国における勤労貧困層の実態を把握するためにOECDのデータを用いて世帯を「高齢者世帯」と「非高齢者世帯」に区分してOECD平均と比較している。
分析の結果、「高齢者世帯の貧困率」は48.5%で、OECD平均13.7%を大きく上回った。韓国において高齢者世帯の貧困率が高い理由としては公的年金がまだ給付面において成熟していないことが挙げられる。
一方、非高齢者世帯の貧困率は10.9%でOECD平均10.1%を少し上回った。但し、全貧困世帯のうち、「高齢者世帯」が占める割合は21.9%で、OECDの32.1%より低く現れ、韓国では働く世帯の勤労問題がより大きいことが伺える(図表2)。
このように韓国における全貧困世帯のうち、「現役世帯」に占める貧困率が高い理由としては、高齢化率が未だ高くないことに加え、雇用のミスマッチにより若者の多くが労働市場に参加していないこと、雇用者のうち、相対的に所得水準が低い非正規労働者の割合が高いこと、現役世代に対する政府の所得保障政策が十分ではないこと等が考えられる。
このように韓国における現役世代の主な貧困の原因は、不安定な仕事(precariouswork)から来たものだと考えられる。ノデミョン(2009)は、現役世代のうち、失業者の約3分の1、日雇い労働者の約4分の1が貧困層であると推計している(図表3)。
また、キムヨンミ(2009)は、企業規模が小さいほど勤続年数が短く、低賃金労働者の割合が高いという分析結果を出しており、従業員数1~4人の事業所における低賃金者(*4)の割合は男性が18.8%、女性が39.1%で1000人以上の男性0.7%、女性4.0%より高く現れた(図表4)。
以上のような結果から見ると、韓国政府が勤労奨励税制を導入したのは、近年の経済のグローバル化、産業構造の変化、そして労働力の非正規化の進行などにより所得格差が拡大し勤労貧困層が大きく増加したことが原因だと考えられる。
特に「次上位階層(*5)」として言われている勤労貧困層は、国民基礎生活保障制度(*6)のような公的扶助制度や老齢、疾病、失業等の際に利用できる公的社会保険制度の適用から除外されているケースが多く、貧困から抜け出せない状況に置かれている。
2002年時点での次上位階層の社会保険加入率は、国民年金36.7%、雇用保険27.7%、労災保険59.7%、健康保険98.2%で健康保険を除けば、次上位階層の相当数が公的な社会安全網から排除されていることが分かる(*7)。このように次上位階層の公的社会保険加入率が低い理由は、彼らの多くが社会保険の適用対象ではない非正規労働者として働いているからである。
そこで、韓国政府は勤労とリンクした給付を通じて勤労インセンティブを高めることにより、勤労貧困層が貧困から脱出して少しでも経済的に自立できるような環境を作るとともに、まだ十分に整えられていない社会安全網を拡大することを目指しアジアでは初の勤労奨励税制を導入した。
すなわち、勤労奨励税制の施行により、韓国における社会安全網は、既存の公的社会保険や公的扶助制度である国民基礎生活保障制度から構成された2階建ての社会安全網から3階建てに変わり、所得保障システムが以前より少し手厚くなった(図表5)。
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(*3)OECDによる定義は等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った値)が、全国民の等価可処分所得の中央値の半分に満たない国民の割合のこと。
(*4)低賃金は中位賃金の50%以下として定義している。
(*5)所得が最低生計費の120%以下かつ公的扶助制度である国民基礎生活保障制度の給付対象から除外された所得階層。
(*6)日本の生活保護制度に当たる。
(*7)ジョソンジュ・その他(2008)「韓国の勤労奨励税制(EITC)と女性の:実証分析と政策課題政策課題」51頁、韓国女性政策研究院
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