あなたは銀行窓口で投資信託などの金融商品販売のセールスを受けたことがあるだろうか。金融商品やマーケット動向などについて相談したことがあるだろうか。その時、担当者の対応に満足できただろうか。担当者の対応とは、本来は接客姿勢や言葉遣いも含めた総合的なものを対象とすべきであろうが、ここではあえて金融に関する知識や情報を正しく理解し、それらをもとに自らが主体的に判断できる能力である「金融リテラシー」と考えて欲しい。当然ながら個々のレベルに違いはあるだろう。しかし、販売サイドにいる私自身も一般的に銀行員が十分な「金融リテラシー」を持ち合わせているとは考えられないのだ。

銀行が求めるのは「売り子」

本来、金融商品を販売する銀行員には高い「金融リテラシー」が求められる。マーケットが複雑さを増し、さらに混迷の度合いを増していることに加え、銀行窓口で取り扱っている金融商品そのものがより複雑になっている。より高い分配金を支払い続けるために、複雑なデリバティブを組み込んだ商品が増え、銀行員自身がその仕組みを正しく理解しているのか疑いたくなる。彼らとて、決して馬鹿ではない。彼らの多くはFP(ファイナンシャルプランナー)の資格も有しており、世間一般以上の金融知識は当然ながら持ち合わせてはいる。銀行も彼らにそうした資格取得を推奨し、資格の有無は昇進にも影響する。

本来、FPとしての知識が販売の現場で活かされるべきである。ところが、現実はそうではない。哀しいことに銀行が販売の現場に求めるのは「ファイナンシャル・プランニング」ではなく「売り子」なのだ。

組織が効率よく成果を上げるには軍隊のような上意下達の組織が好都合だ。銀行では、軍隊のようなこうした在り方が未だに幅を利かせている。「今はこの商品を売れ」という命令のもとに窓口の担当者が動く。命令する立場にある者も、命令される立場にある者も、その多くがそこまで意識していないかもしれない。だが、私にはそのように感じられるのだ。「こういった方針のもと、投資信託の販売を強化する。ついてはその方針に適っている商品はコレだ」と、いった具合だ。多くの行員がこうした手法に疑問を抱かず、命令に従順に働く様は私には異様にさえ感じられる。

なぜ金融商品販売が軽視されるのか

日銀が打ち出した「マイナス金利政策」は銀行の本来業務である預金と融資金の利鞘で収益を稼ぐというビジネスモデルをますます圧迫することになるだろう。住宅ローン金利が引き下げられ、住宅ローンの借り替えが増えても、それが銀行に収益をもたらすわけではない。金利引き下げ競争が激しさを増すだけで、収益チャンスが増えるわけではない。企業も設備投資をどんどん増やし、銀行からの借り入れを増やすわけではない。そうした状況で、銀行が生き残るためには、投資信託や保険といった金融商品の販売を強化し、その収益に頼らざるを得ないのだ。それがわかっているのに上述のように銀行はまるで金融商品の販売を軽視するかのような姿勢をとっている。

実は銀行の経営者こそ金融商品販売に不可欠な「金融リテラシー」が欠けているのではないだろうか。だから、「金融リテラシー」の重要性が理解できないし、販売現場には「ファイナンシャルプランナー」であることよりも「売り子」であることを求めるのだ。

銀行員には融資業務は金融資産販売に勝るという思い込みがある。融資業務に従事している行員は、金融商品販売に従事している行員よりも格上だという思い込みがある。これこそが諸悪の根元ではないだろうか。だからこそ、販売現場の責任者である支店長クラスの人間ですら、「金融商品の販売なんて女子行員に任せておけばよい」「本部がこの商品を売れって言ってるんだから、これを売っておけばよい」という安易な考えに流れてしまっている。

銀行ではソリューション営業という言葉がしばしば使われる。お客様が抱える問題の解決をお手伝いすることに商機を見いだすということである。銀行が扱う商品であるお金に優劣はない。どの銀行で融資を受けても、1億円は1億円。その価値に代わりはない。だからこそ、ソリューション営業が必要なのだと銀行員は教えられる。しかし、それを実現するのは難しい。

プライドを捨てた銀行員

私は売り子にはなりたくない。「この商品を売れ」と言われ、目の前のお客様にひたすらその商品を販売するほどラクなことはない。特定の商品のセールス話法をマスターすればよい。その商品がどんなに優れているのかという話をお客様にひたすら繰り返しお話しする。うまくいけば、お客様はその商品を買ってくれるだろう。うまくいかなければ、うまくいくまでそれを繰り返すだけでよい。自分では何も考えなくても良い。決められたセールストークをひたすら繰り返せばよい。確かに、この方法が最も効率的かもしれない。

プライドなどという言葉を持ち出すのはいささか大げさかもしれない。私は銀行員という仕事が好きだし、誇りを持っている。こうした文章を書きながらも、それは決して銀行員としての仕事を貶めるつもりはない。むしろ、金融商品の販売に携わる銀行員にはプライドを持ってほしいとすら思うのだ。

銀行員である前に一人のファイナンシャルプランナーであり、そうであるからには顧客利益の優先が求められる。一時的には顧客利益と営業成績が相反することもあるかもしれない。しかし、長期的には必ずそれらは共存できるはずだ。それこそ仕事の醍醐味であり、面白さではないだろうか。(或る銀行員)