政府は2016年3月30日、「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」で訪日外国人の数を、2020年に現在の約2倍の4000万人、2030年には同3倍の6000万人を目標にする新たな方針を打ち出した。
その中でも中国、ロシア、インド、フィリピン、ベトナムからの訪日観光客へのビザ(査証)支給要件の緩和が主な目玉政策となる。特に中国に関しては2015年1月に有効期間中に何度も訪日できる「数次ビザ」の発給要件を緩めた結果、その年の中国訪日客が前年比で2倍強に急増した。
訪日客をより多く呼び寄せる政策として、日本の歴史的文化財を核とする観光拠点を20年までに全国200カ所で整備するなどして、長期滞在型の旅行を売り込んで消費額の拡大も狙っていく。
そのよう状況下で、大都市ではホテル不足が深刻な問題となっている。日本経済新聞社がまとめた、2015年の東京都内の主要18ホテルの客室平均稼働率は84.5%で、14年に比べて0.6ポイント上がった。上昇幅は僅かだが80%超の稼働率はほぼ満室といえる。実際、ビジネスマンが、急な出張を会社から命ぜられると、その日の宿を確保することが困難な状況が続いている。
政府はその解決策として、ホテルに比べ稼働率が低い旅館の活用などを進める一方、旅行者らを有料で一般住宅に泊める「民泊」の合法的な拡大をめざす方針だ。原則として旅館業法の営業許可を得ないと違法だが、同法の適用外とする柔軟な仕組みを検討しており、2016年夏までに結論を得る見通しだ。しかしホテル、旅館業界などの関係業界との利害関係も絡み、調整は難航も予想される。
民泊とホテルREITとの関係
民泊の代表的なものはAirbnbだが、これら民泊が不動産市況のベンチマークとなっているJ-REITにどのような影響を与えるのかを考えていきたい。2016年3月31日現在、上場しているREITの本数は53本だが、そのうちホテル主体型といわれるものは、ジャパンホテルリート投資法人 <8985> 、星野リゾートリート投資法人 <3287> 、いちごホテルリート投資法人 <3463> の3本だ。
その中でも、上場から約10年経過し、一番歴史のあるジャパンホテルリートは、37物件を所有、第2次安倍政権発足の2012年12月以来、投資口価格は順調に推移し、2016年3月31日では投資口価格9万9100円を付けた。前述の通り、インバウンド数の増加によるホテルの高稼働率維持のおかげで高い価格が維持されている。同様に、星野リゾートリートが137万4000円、いちごホテルリートが17万7600円の終値で、ジャパンホテルリートと同様の動きをしている。またそれぞれ分配金利回りも、2%後半から3%前半を維持している。
成績が順調な理由は、①純粋に宿泊者数が増加していること、②ホテル事業自体が、景気に対して大きく左右される産業なため、急激なインバウンドの増加に対応し簡単に部屋数を増やしてしまうと将来その数が減少した時大きな痛手を被るので、単純に部屋数を増やすことができない、という構造的な点も存在している。
一方、客単価をみると、2012年頃までは稼働率重視で宿泊単価の上昇はあまり見られなかったものの、2014年以降は、ひっ迫したホテル需要、客室の高稼働率を背景にホテル各社が宿泊料の引き上げを模索してきた。総務省が発表している小売物価統計調査における宿泊料の月次推移を見ると、2015年は2014年を 10%前後上回る水準で推移している。
2014〜15 年は REIT が保有するホテルにおいても、客室当たりの売上が前年比2桁%台で上昇している。今後も引き続き訪日外国人の拡大で良好な経営環境が続くとみられている。したがって、それらのホテル施設を投資物件として組み込み、小口証券化して投資家に販売するREIT の中でも特にホテル主体型REITは、今後Airbnbが今まで以上にシェアを伸ばしても投資口価格が下がることは考えにくい。
それはいわゆる既存のホテルや旅館と、Airbnbのような民泊の土俵は、まったく異なるからである。民泊という新しい風が吹いてきても、昨今のインバウンド数の増加を見ていると、従来のホテル、旅館が大きなダメージを被ることは考えづらく、しばらく高値安定が続くと思われる。
後戻りできない民泊
今後、政府の訪日外国人数の目標を実現するためには、既存のホテル、旅館の部屋数だけでは到底間に合わない。その現実的に足りない宿泊施設をカバーする方法は、民泊の有効活用である。もう民泊抜きでは、インバウンドの外国人をさばききれないのだ。しかし、現実問題として、民泊の制度に既存の法律がまったく追いついていない。Airbnbを通じた予約をどういう位置づけで解釈するのか、既存のホテルや旅館との関係、消防法との関係、そして最大の問題は、近隣住民とのトラブルなど、解決しなければならない問題は山積である。
政府主導により、観光を主要産業とした日本。そのためにホテル、旅館業界と民泊との共存、それらを支える法整備が必要なのは言うまでもない。民泊は確実に後戻りできない状態まで来ている。
マネーデザイン
代表取締役社長 中村伸一
学習院大学卒業後、KPMG、スタンダードチャータード銀行、日興シティグループ証券、メリルリンチ証券など外資系金融機関で勤務後、2014年独立し、FP会社を設立。不動産、生命保険、資産運用(IFA)を中心に個人、法人顧客に対し事業展開している。日本人の金融リテラシーの向上が日本経済の発展につながると信じ、マネーに関する情報を積極的に発信。