ランボルギーニ,フェラーリ,ロバート
(写真=PIXTA)

ハイブリットカーや軽自動車など低燃費・エコをコンセプトにする車が多い中、スピードや操作性、美しく個性的なデザインが魅力なのがイタリア車だ。今年、ランボルギーニ氏生誕100年を記念しその生涯を映画化するほか、フェラーリ氏の伝記映画も公開の予定。創業者エンツォ・フェラーリを演じるのは名優ロバート・デ・ニーロ氏だ。ほかにもニュージーランドではマクラーレン創業者の伝記映画も制作中だ。

モータースポーツ界の偉人の原点は9歳に見たレース

エンツォ・フェラーリ氏(1898-1988) が創業したフェラーリ社はスポーツカーの王者といっても過言ではない。9歳の時、地元でレースを見てその魅力に取りつかれ、モータースポーツに一生をささげ、イタリア本国では功労勲章も受け、「オールドマン(親方)」とも呼ばれている。

彼はモデナの板金工の次男として誕生し、アルファ・ロメオのテストドライバーとなった。レーサーとして活躍するが、その後仲間と共に1929年にチームとしてスクーデリア・フェラーリを設立した。

交渉力、統率力が長けていた彼は、1947年自社製レーシング・マシンを開発し自動車製造会社としてのフェラーリを設立した。それと同時に、レースの参加資金集めでレーシングカーの製造を応用し高級スポーツカーの販売を始めた。その官能的なデザイン、エンブレムの通り跳ね馬のようなエンジンなどが瞬く間に世界の富裕層を魅了した。

トラクターからスポーツカーへ ユーザーから開発者へと転身

イタリア・レナッツォ出身のフェルッチオ・ランボルギーニ氏(1916-1993) が創業したランボルギーニ社は近未来的なデザインのスーパーカーが有名なブランドだ。トラクター会社を興し、その後スーパーカーを手掛けた彼は、実行力に長けていた。

裕福な農家の息子として誕生、幼い頃より機械好きで工科大学へと進学。第二次世界大戦後トラクター会社をつくり、自らシステムを開発、高性能トラクターを販売して瞬く間に業界大手となった。

1960年、既に巨万の富を得ていた彼が「スポーツカーを作りたい」と言った時、誰もが反対したというが、彼は3年後、トリノ・オートショーで1号車になる350GTVを発表し、多くの人々を驚かせた。この後も次々に新しい車を発表したが、その中にはランボルギーニ・ミウラやランボルギーニ・カウンタックなどがあり、同ブランドは高級スポーツカーの代名詞となっていった。

エンブレムにこめられた反骨心?

フェラーリの「跳ね馬」、ランボルギーニの「猛牛」という2つのエンブレムにはある逸話がある。これは両者の関係を表すものとして長く語り継がれている。

若きランボルギーニ氏の愛車は、他の成功したイタリア人と同じく、フェラーリだった。その愛車が故障した際、送られてきたパーツは自分のトラクター会社で使っていた部品と全く同じものである上、値段は10倍以上もした。

彼はフェラーリに苦情を言ったが相手にされず、その時の悔しさをバネに「いつかフェラーリを越えてやる」と、フェラーリの跳ね馬エンブレムに対して「猛牛」をエンブレムにしたのだのだというのだ。若干の脚色が加えられた話ではあるそうだが、ランボルギーニ氏の気性の性格をうまく表していたからこそ、真実味をもって伝えられたのだろう。

今なお世界中でクルマ好き、富裕層から高く評価されているイタリアの自動車メーカー。クルマへの興味があろうとなかろうと、その創業者の生き様には学ぶところが多いはずだ。それぞれの映画公開時期はまだ定かではないが、チェックしてみてほしい。(ZUU online編集部)

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