中国,差別,性格
(写真=PIXTA)

中国は多様性に富んでいる。南北、東西とも地域差は大きい。ヨーロッパよりも広く、近代国家としてまとまっていようとする努力自体に無理がある。

中国には「中華思想」があるが、これは、中国が宇宙の中心であるという考え方だ。文化・思想が神聖なものと自負し、漢民族が古くからもち続けた自民族中心主義の思想だった。

そして現代の中華思想とは、この地域間格差を元に再構成されている。内にこもったのだ。欧米や日本など帝国主義列強にさんざんやられた反動なのは間違いなさそうである。その国内差別感情のひどさは、外国人の立場から見ても、ほとんど目を覆うほどだ。

ここでは現地在住の筆者の勤務した、上海と山東省・青島で実感した地域性と国内中華思想を考察する。

浦東は上海ではない? 上海の中華思想

『京都ぎらい』(井上章一著、朝日新書)という本が話題になった。

“洛中”といわれる室町時代以来の都市部に住む京都人にとって、嵯峨嵐山や山科、宇治などは田舎に過ぎず「京都」には入らない。そうした高慢な洛中人意識を面白おかしく描写している。

これは上海人の感覚とまったく同じである。上海は旧フランス租界、旧共同租界を中心とした“浦西”(プーシ—)と、黄浦江の東側に当たる“浦東”(プードン)、それ以外の郊外地区に分かれている。

浦東は、今やシンボルとなった東方明珠塔をはじめ、高層ビルが林立する新しい上海の顔である。ところが浦西人は、浦東を上海とは認めようとしない。

1990年頃まで、確かに浦東は何もない半農半漁の片田舎にすぎなかった。1920年代、“魔都”と呼ばれ、世界中から多くの金・人・モノを引き付けた華やかな国際都市・上海とは浦西のことである。その伝統を継ぐ浦西人は大変に誇り高い。浦東人は発音も多少異なり、それを揶揄の対象にする。洛中の京都人とそっくりである。

浦西人にとって、浦西以外はすべて田舎である。浦東も北京も田舎の農村もまったく変わらない。しかし、そうは言っても対応はやはり異なる。最も辛く当たるのは、やはり地方の農村出身者である。上海人(浦西人)は彼らに対すると、凶暴になる。オレはお前たち田舎者にイライラしているのだ、という態度をまったく隠そうともしない。

上海のとなり浙江省のエピソード

当然、上海人はどこへ行っても嫌われている。近隣地区ではことに近親憎悪が著しい。上海の南西に浙江省・嘉興という街がある。この地の人間は、発音が似ているために、他所へ行くと上海人に間違われることが多い。ところが皆それを極端に嫌がっている。あんな高慢ちきな連中と同列にされてたまるか、こちらまで嫌われてしまうではないか、という意識が強い。

次は当の上海人に聞いたエピソードである。観光地の浙江省・杭州で買い物していたときのことだ。普通話(標準中国語)で値下げ交渉をしていたその上海人は、テンションが上がったとき思わず上海語が出た。すると売り手の顔色が変わった。「こいつ、上海人だったのか」というあからさまな嫌悪だ。そしてすぐに、「この価格で不満なら買わなくてよい」と交渉打ち切りになってしまったという。

こうした「嫌われる上海人」のエピソードは限りない。

山東省・青島の中華思想

山東省・青島で生まれ育ったある婦人が、20歳になった息子のことでぼやいていた。詳しく聞いてみると、息子のガールフレンドがこともあろうに東北3省の出身者だと言う。

これには解説が必要だ。満州族の「清」王朝が天下の主となった17世紀、今の東北3省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)に、漢族はほとんど居住していなかった。やがて19世紀になると列強への備えもあり、清朝は自らの父祖の地、東北3省へ漢人の入植政策を進めた。

そのとき東北3省へ開拓農民として赴いたのは、陸続きの河北省人ではなく、山東半島から海を渡った山東省人が最も多かった。現在でも東北3省住民のおよそ3分の2は、山東省にルーツを持っているという。

したがって誤解を恐れずに言えば、山東省人の意識では、山東省は宗主国、東北3省は植民地なのである。

そして青島人は、青島の犯罪増加は東北3省から舞戻ってきた連中のせいだと公言してはばからない。しかし警察はそんな出身地別犯罪者データなど公表していないはずだ。勝手な思い込みで“植民地”を見下している。

上昇志向の強さ

とにかく「息子が東北3省の女と結婚する可能性がある」と考えるだけでアレルギー反応を起こす。何とも強烈な差別意識である。

その婦人に「では上海人のガールフレンドなら構わないのですか? 確か上海人は嫌いでしたよね」と聞いてみた。すると「それならまったく問題ない」と即答だった。これもまた強烈な中国人の現実主義である。

嫌いではあっても「上海人は青島人よりランクが上」と現実を素直に認めているのだ。上海人の嫁をもらえば、自分たちの家がランクアップする。それはいずれ何がしかの有利な状況を、一家にもたらしてくれるだろう。好き嫌いなど構っていられない。

「息子よ、わかっているな。東北人と結婚などして我が家のランクを引下げるようなマネはしてくれるなよ」−−。この母の願いが届いたのかどうか、その後息子は、東北のガールフレンドとは別れたという。

中国人にとって、結婚も役所のコネも仕事での成功も、自分たち一族が上昇するための手段ということでは同等のようである。

強烈な差別意識は、自ら奮い立たせるパワーの源として、今のところ中国社会にプラス効果をもたらしているのかも知れない。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)