私には苦い経験がある。まだ大学生だった頃、タイを一人で旅行し、とんでもない詐欺に引っかかったことがある。カードゲーム詐欺だ。

ブラックジャックなどトランプを使ったカードゲーム詐欺の話を聞いたことがあるだろうか。東南アジアなどを旅行する際にはこの手の詐欺に注意するよう外務省がWebサイトで呼びかけている。現在も注意喚起が行われていると言うことは、未だにこうしたトラブルが絶えないのだろう。

カードゲーム詐欺の手口

カードゲーム詐欺の手の内はこうだ。現地の人間があなたに言葉巧みに近づいてくる。「身内が日本に留学する予定だから、日本のことを教えて欲しい」という話題が定番だ。話が弾んだところで、自宅と称する場所に連れて行かれ、家族が温かく出迎えてくれる。話が一通り終わると、そのお礼にと言って食事などの接待を受ける。

その後、自然な流れでトランプ遊びに誘われ、ごく普通にゲーム遊びに興じることになる。「これから知人が来るので、一緒に彼をカモにしてやろう」などと持ちかけられる。こうして自然とトランプ賭博をせざるを得ない状況に誘導されてしまう。

最初は勝てる。なぜなら、カモにするはずの相手がどんなカードを持っているのかをあなたのパートナーがサインを出して教えてくれるからだ。ところが、いつまでもあなたは勝ち続けることは出来ない。いや、勝ち続けることが出来ないように仕組まれている。ちょっとした行き違いからいつの間にかあなたは途方もない額の負けを抱え込むことになる。

そもそもカードゲーム詐欺の標的がどのように選ばれるのだろう。当然お金を持っていて、現地の事情に詳しくないと思われる外国人旅行者が選ばれる。団体旅行者は標的には選ばれない。一人旅の若者が対象となる。ある程度のお金を持っていて、好奇心も強く、積極的にコミュニケーションを取ろうとするからだ。

なぜカードゲームでイカサマが可能なのか。詐欺師は全てのプレヤーがどんなカードを持っているか把握しているからだ。どのタイミングでどのカードを切るかをすべてコントロールしている。あなたに相手の手の内を伝えるふりをしながら、実はあなたをコントロールしているのだ。

最初は彼らの指示通りに動くことであなたは利益を出せる。そしてあなたは彼らを信用する。しかし、最終的には身ぐるみ剥がされるというシナリオが出来上がっている。

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銀行の金融商品販売は「詐欺」とまでは言わないが

誤解をしないで欲しいのだが、銀行が詐欺を働くことはない。銀行員が悪意をもって顧客に詐欺的な方法で金融商品を販売することはない。それは明らかに犯罪行為であり、法により罰せられる。

しかし、何の知識もない預金者が銀行で金融商品を購入するに至るプロセスは「詐欺にはまるプロセス」と非常に似通っているのだ。

あなたの口座に「大金」が振り込まれた時の心持ちを想像して欲しい。「大金」とは何か? そう、退職金や相続預金だ。その時、あなたは何を考えるだろうか。

たとえ、あなたの金融リテラシーが乏しくても「このまま預金に置いていても金利なんてほとんど付かない」ことは理解できるはずだ。このご時世である。もしかしたら、運用の必要性を感じるかも知れない。銀行のWebサイトを見ると、「投資信託セット定期」「相続定期預金」「仕組預金」……あなたを魅了する商品がいくらでもある。

この時あなたは、若者がバックパックを背負って東南アジアを旅する前のワクワク感にも似た高揚感を覚えるかも知れない。旅行ガイドよろしく銀行のWebサイトやマネー誌に目を通すあなたの姿は容易に想像出来る。

重要なのは、大金があなたの口座に振り込まれるやいなや、銀行員からセールスの電話がかかってくることだ。あなたは「ちょうど良いタイミングだ。色々と相談に乗ってもらおう」と考えるかも知れない。

銀行は、あなたの情報をすべて把握している

実は銀行員はあなたの口座にいつどれだけのお金が入ってくるかを、あなた本人よりも先に知っているのだ。

退職金であれば、銀行はあなたの勤務先から振込のデータを事前に入手し、それに基づいて振込手続きを行う。当然あなたよりも先に情報を把握していることになる。相続預金についても、遺産分割協議の内容に基づき銀行は手続きを行うのだから、預金だけではなく不動産や有価証券の分割内容についてまで詳細に情報を握っている。

カードゲーム詐欺と同様、銀行はあなたの情報をすべて把握しており、それを効果的に利用しようとコントロールしていることを知っておくべきだ。

情弱はカモられるのが運用の世界

大学生の頃、私がトランプ詐欺の情報を知っていたなら、みすみす騙されることはなかっただろう。結局のところ、問題の本質は「知っているか、知らないか」の違いにほかならない。銀行のセールスなんて可愛いものだ。世の中には本当の詐欺グループだってあなたのお金を狙っているのだ。

それでも、必要最低限の情報さえ入手していれば、トラブルは未然に防ぐことが出来るはずである。「なぜ、銀行員があなたの情報をいち早く入手し、金融商品を勧めるのか」「なぜ銀行員はあなたに投資信託を勧めてくるのか」その背景にある事情を理解したあなたは、何の知識も持たなかった時よりもずっと慎重に行動できるだろう。

誰もが簡単に、しかも安価に情報を入手できるようになったにもかかわらず、現実には情報に無頓着な人がまだいる。情報社会だからこそ、情弱(情報弱者)は損をする。残念ながら銀行との付き合い方についての正しい情報は少ない。だからこそ、私はそれを伝えなければならない。これは私が自らに課した使命であり、ライフワークなのだ。(或る銀行員)

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