未成年の子供がいる夫婦が離婚する場合、普通は養育費の取り決めをする。しかし、最初のうちはともかく、月日が経過するに従って養育費を支払わなくなる元夫も多くいると言われている。もしかしたら本記事を読んでおられるあなたも、その一人かもしれない。

もっとも、もうすぐすると、養育費を支払わずにいることが難しくなるかもしれない。一部報道によれば、法務省は、支払い義務を負った債務者の預貯金口座を、裁判所を通じて特定できる新たな制度を導入する方針を固めたというからだ。

差し押さえには財産の所在の特定が必要

調停離婚においては、養育費支払いなどの事項について調停調書に調停条項として記載する。協議離婚においても普通は、養育費支払いなどの事項について合意する。そして強制執行認諾文言付きの公正証書を作成することが多い。そうすれば元夫に養育費の不払いがあった場合、元妻は、民事執行法に基づき、強制執行により元夫の財産を差し押さえることが可能であるからだ。

もっとも、それは頭の中での理屈の話である。調停調書や強制執行認諾文言付きの公正証書があるとはいっても、肝心の差押えの対象となる元夫の財産がどこにあるかわからなければ、絵に描いた餅だ。強制執行するためには、差し押さえるべき債権を特定するに足りる事項を記載して申し立てなければならないとされているからだ(民事執行規則133条2項)。つまり元妻が元夫の財産を差し押さえするためには、元夫の財産の所在を特定しなければならないというわけだ。

給与差し押さえには限度額という壁

財産の所在として一番わかりやすいのは、給与であろう。元夫がサラリーマンであれば、勤務先がどこかであるかは、普通は元妻が把握しているであろう。元妻から見れば、元夫の勤務先からの給与に対して差押えをするのが、一番簡単だ。

人事部などに勤務している方の中には、給与債権を差し押さえする旨の、裁判所からの債権差押通知書をしょっちゅう受け取っている方がおられるかもしれない。(そういう筆者もかつてしょっちゅう受け取っていたことがあった。)

もっとも、養育費不払いを理由に給与を差し押さえる場合、所得税・地方税・社会保険料を控除した手取り額を基準に、2分の1に相当する金額につき差押えが禁止されている(民事執行法151条の2・152条)。給与全額の差押えを認めた場合、給与を受けた者が生活に窮することから、給与生活者の保護を図ったものだ。

したがって、元妻は、原則として、2分の1相当しか差し押さえることができない。(ただし、月額66万円を超える部分については全額差押えが可能である。)

このように給与の差押えには、限度額という壁がある。また元夫が退職・転職などをすると、差押えは次の職場まで追いかけていく訳ではない。

銀行預金差押えには支店名特定という壁

給与債権の差押えが功を奏さなかった場合、次に差押えの対象として狙われるのは、銀行預金であろう。

ただ、銀行預金を差し押さえするためには、銀行名はもちろんのこと、取扱店舗を支店名で(ゆうちょ銀行については貯金事務センター名で)、特定するよう求められる。店舗を支店で特定しない預金債権差押申立てについては、差押債権の特定を欠くものとして、申立ては不適法却下される。

どこの銀行のどこの支店に口座を持っているかまで元妻に知らせていなかった元夫も多いだろう。しかも離婚後、新たに銀行口座を開設することもできる。住所地や勤務先から離れたところにある銀行の支店に口座を開くこともできるし、ネット銀行やネット支店で銀行口座を開くことも簡単だ。複数の銀行を使い分けることで、残高がたくさんあるタイミングで銀行預金を差し押さえられることを避けることが、ある程度可能というわけだ。

銀行預金の口座の有無を照会する制度として、弁護士法23条の2に基づく弁護士会照会の制度が使われている。弁護士会照会の制度とは、弁護士会が所属弁護士の申請を受けて、官公庁や企業、事業所などに、事実を問い合わせる制度だ。

この制度を使って、銀行に対し銀行預金口座の有無や支店名、残高の有無などを照会している弁護士もいる。もっとも、弁護士会照会には法的強制力はない。この制度による照会があっても、個人情報保護を理由に回答を拒否する銀行も多い。

元妻に銀行口座の所在がバレてしまう制度が新設か

こうして養育費債務の支払義務を負う者であっても、任意で支払わず、強制執行からも免れることが事実上できてしまう。これを封じ込めようとするのが、今回新たに導入が予定されている制度だ。裁判所が金融機関に口座情報を照会して回答させる仕組みというわけである。元妻に銀行口座の所在がバレてしまう制度と言えよう。

この制度が始まると、元夫が養育費を支払わずにいることが難しくなるだろう。

なお、今回の制度は養育費の不払いをしている債務者だけを対象とするものではない。裁判所の調停・判決・審判や強制執行認諾文言付きの公正証書などにより、確定的に支払義務を負う債務者は誰でも対象となるものである。誤解なきようにされたい。

養育費不払いのケースは、1つの典型的なケースということにすぎない。犯罪の犯人や悪徳商法の加害者などには、財産を隠して開き直っている者も少なからず存在する。今回新設予定の制度は、犯罪や悪徳商法の被害者救済につながる有益なものと言えよう。(星川鳥之介、弁護士資格、CFP(R)資格を保有)