現場を知らない上司とクレーマーの狭間で
そんなある日、上司からその顧客の件で思いもよらぬ言葉をかけられた。
「もっとうまく対応したらどうなんだ。損が出ているファンドを売却して別のファンドを買ってもらうとか、プロなんだからもっと上手く客とやっていかなくちゃダメだろ」というお叱りの言葉だった。ハシゴを外された……そう思った。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
彼は金融商品販売の経験や知識を有していない。様々な部署を渡り歩き、たまたま組織の都合で私の上にいるだけである。ある意味、銀行という官僚組織の戦いを勝ち抜いてきた人間である。そんな人間と、現場の最前線で金融商品を販売している人間の考えが異なるのは当然だ。
自分が担当している間に面倒なことは起こしてくれるな。臭いものには蓋をしろ。あえて火中の栗を拾うなどもってのほか。クレーマーであろうが、いやな客であろうが、しばらく辛抱していれば、転勤で担当を離れることになるのだから、それまでは適当にやっていれば良いじゃないか。上手に客をあしらうのがプロの仕事だろ。
ようするに、彼はそう言っているのだ。
問題をうやむやにし、先送りできる人間が出世する
銀行で投資信託や債券など金融商品を専門に販売するという仕事をしていると、他の銀行員との間の見えない溝を感じることがある。
今回のクレーマー対応についてもそうだ。銀行員は不祥事を起こしてはならない。よく言われることだが、銀行の人事考課は減点主義であり、どんなに魅力のある人間であっても、どんなに能力が高い人間であっても、減点につながるポイントがあれば評価は低くなる。
減点ポイントのない人間とは、問題をうやむやにし、先送りできる人間だ。銀行で評価の高い人間はこういう点においては人並み外れた高い能力を持っている。だが、金融商品販売という点で本当にこのような姿勢が正しいのだろうか。
「お客様を切るのもプロの仕事です」
銀行は顧客からの苦情やクレームに対して極端に弱い。問題が大きくなれば人事の査定に影響する。そんな気持ちが背景にあるからだ。できるだけ問題が大きくならないように押さえ込もうとする。
しかし、そんな姿勢が本当に顧客の利益になるとは思えない。とりわけ金融商品の販売においてはそれが顕著だ。どんなにお客様におべんちゃらを言ったところで、投信の基準価額は上がらない。
問題の本質には触れず、その場を繕うだけの銀行員。あなたの周囲にいないだろうか。そんな銀行員に限って、あなたのことなどこれっぽっちも考えていない。彼らが銀行を食い潰していくのだ。投資というシビアな世界だからこそあえて言いたい。「お客様を切るのもプロの仕事です」と。(或る銀行員)