1000兆円の借金返済とGDPの関係

国債の元本を完全に返済して減少させる必要があるのは、国債発行などによる需要と貨幣の過度な拡大で、景気が過熱し、物価の上昇が加速し、政策的な引き締めが必要になった場合である。デフレ完全脱却を目指す日本の現在の状況とはまったく違う局面である。

政策的な引き締め以外で、国の「借金」を返済するために、財政収支を黒字にするという考え方は、財政のマクロ議論には基本的になく、日本独自の考え方である。1000兆円を超える国の借金はどうしたら返済できるのか、返済は不可能ではないか、という問い自体、ミクロとマクロの誤解からきていると言える。

債務の負担感について、通常は、政府の債務残高自体を減らすことではなく、債務残高の名目GDP比率を低下させることが目標となる。債務残高の名目GDP比率が低下しても、債務残高自体は膨張するが、反対側で民間の資産も膨張しているため、問題とならない。

名目GDPが拡大を続けているのであれば、債務残高の名目GDP比率を低下させるために、財政収支を黒字化する必要はない。日本の政府債務残高の名目GDP比率は、アベノミクスによる名目GDPの強い拡大により、既にトレンドとして低下を始め、安定に向かっている。

他国では、安定的な財政収支は黒字ではなく、数%の赤字であることが通常である。

無理に黒字化を目指さないのも有効か?

管理通貨制は、政府の債務が増えないと原則として、通貨供給を拡大できない仕組み(日銀は国債を裏付けとして通貨を供給する)であり、財政収支の安定する水準は黒字ではなく、若干の赤字である。

管理通貨制を採用しているのは、貨幣の発行をフレキシブルにして、経済活動の拡大より若干多い通貨供給の拡大を維持したほうが、若干の物価上昇は恒常化するが、経済活動の持続的な拡大にはよいからだ。

流動性のために通貨を保持しておくという予備的貯蓄が、経済活動を阻害しないようにするのと、インフレが債務の実質負担を軽減するため、イノベーションや生産性の向上につながる企業のリスクテイクが容易になるからだ。

無理に黒字化を目指すことは、経済活動を抑制し、名目GDP成長率を押し下げ、債務残高の名目GDP比率の低下を逆に妨げてしまうかもしれない。本来は完全に返済することのない国債の元本を、返済負担として誤解してしまうことが、財政に対する過度な不安感につながってしまっていると考えられる。

2%の物価上昇を目指す道筋は?

通貨発行権がありずっと赤字であり続けることができ、しかもそれが経済活動の持続的な拡大のために望ましい政府を、分かりやすいという理由で、ずっと赤字であれば債務超過となり、破綻してしまう一つの企業に例えてしまうと、本質を曲げてしまうミスリーディングな解説になってしまうことには注意が必要だ。

日銀は、長短金利の操作を行う「イールドカーブコントロール」(短期:-0.1%、長期:0.0%)と、消費者物価上昇率が「安定的に2%の物価安定の目標を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続するオーバーシュート型コミットメント」を加えた、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入した。

日銀が長期金利を政策ターゲットに追加したことは、以上のメカニズムもあり、国内で自国通貨で発行される国債の長期金利は、容易にコントロールできるという自信があることを意味する。

政府予算における1%を大幅に上回る利払い費の長期金利の前提、そして内閣府の中長期の経済財政試算での、3%を大幅に上回る2020年度(プライマリーバラス黒字化のターゲットの年度)の長期金利の前提は、引き下げることができるはずで、2%の物価上昇を目指す財政政策の余地は拡大したと考えられる。

会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部 チーフエコノミスト

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