TOB,株式公開買い付け,上場廃止,株式投資,保有株式
(写真=PIXTA)

車を100万円で買った数年後、誰かから「あなたの車の市場価値は20万円ですが、50%増しの30万円で買いますから渡してください」と言われ、強制的に車を取り上げられたらどう思うだろうか?

あなたにとっては100万円の価値があると思ったからその車を買ったのであって、市場価値がいくらかだとか、強制収用価格は市場価格より50%高いとかいう事情は関係ないと思うのではなかろうか。

車の場合には所有権という法的権利が認められているので、他に何らかの理由(例えば担保になっていたなど)がない限りそのようなことは起こらない。

しかし株式の場合には「株式を持ち続ける権利」は認められていない。つまり誰かが「あなたの保有株式の市場価値は20万円ですが、50%増しの30万円で買いますから株式を渡してください」と言い、法的に認められた手続きをとれば、あなたから強制的に保有株式を取り上げることができるのだ。

こうした上場企業の株式「非公開化」は最近増えている。たとえば投資ファンドによる企業買収、経営者による企業買収(MBO)、親会社による上場子会社の完全子会社化、株式公開買付け(TOB)などだ。

株式投資をされている読者の中にも、保有株式がTOBにかかりその後上場廃止されたという体験をお持ちの方もいるだろう。このような場合、どのように対応すればよいか。

TOB価格が納得いくなら応じて売却する?

まず公開買付け価格(TOB価格)が納得いくものであれば、TOBに応じて売却すればよい。あなたが考えていた将来の期待価格(または期待以上の価格)が早期に実現したということであり、喜ばしい事態であろう。この場合、あなたは、売買手数料なしに、あなたの保有株式を売却することができる。

ただしTOBに応じる場合には、当該TOBの公開買付け代理人となっている証券会社へあなたの保有株式を移管して行う必要がある。

たまたまあなたが公開買付け代理人となっている証券会社でその株式を買っていたのであれば移管の手間はないが、別の証券会社でその株式を買っていた場合が多いであろう。そうすると移管するのに手間がかかるし、証券会社によっては移管手数料を徴求するところもある。

そうなると市場で売却することも有力な選択肢だ。TOBが公表されれば、市場価格はTOB価格とほぼ同水準の値段になることが通常である。TOB価格と市場価格との差額や売買手数料を考えても、上記の株式移管の手間よりは安いと考えるのであれば、市場で売却することの方が簡単なことが多いだろう。

さらに強制取得されるのを待つというのも手だ。すなわち、上場廃止後には株式売渡請求や全部取得請求、株式併合がされることにより、あなたの保有株式は買収者などに強制取得され、代わりに対価としてTOB価格と同額の現金が交付されるのが通常である。そこで、それを待つのである。

この方法のメリットは、前述の移管手数料や売買手数料が発生しない点にある。他方、デメリットとしては、上場廃止→強制取得→現金交付と至るまでに通常2〜3カ月の時間がかかり、その間、現金を手にできないという点だ。さっさと現金を手に入れて他の投資先に資金を振り向けたいという方には不向きな対応方法であろう。

TOB価格に納得がいかないときには?

ではTOB価格に納得がいかない場合にはどうしたらいいのか。

冒頭に書いた通り、日本の法制度では「株式を持ち続ける権利」は認められていないことから、株式を取り上げられること自体を争うことはできない。争うとすれば、価格が不当だという争い方だ。

具体的には、価格決定の申立てという裁判制度を利用することになる。すなわちTOBには応じないでおいた上で、その後になされる株式売渡請求や全部取得請求、株式併合に反対して価格決定の申立てという裁判を提起するというものだ。

価格決定の申立てをするためには事前にいくつかのステップを踏む必要があるが、詳細は、『個人投資家の逆襲 金なしコネなし知識なしの弱小投資家が判例100選に載るまで』(山口三尊著、マグノリア)という本に詳しく書いてあるので、こちらを参照してほしい。

なお著者の山口三尊氏は、カネボウ、レックス・ホールディングス、サンスター、サイバード、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)、コージツなど類似の価格決定の申立ての裁判を多数提起してきた知る人ぞ知る著名人だ。例えば、レックス・ホールディングス事件では、TOB価格23万円に対して、見事10万円以上高い33万6966円の価格を引き出すことに成功している。

価格決定の申立ての裁判を提起しても価格引き上げの可能性は……

もっとも価格決定の申立てをしたからといってTOB価格を上回る価格を得ることが常に可能というわけではない。むしろ最近は、ジェイコム事件最高裁判決が今年の7月1日に出されたこともあり、TOB価格を上回る価格を得ることはかなり難しくなっている。

ジェイコム事件の最高裁判決について簡単に説明すると、一般に公正と認められる法的手続によりTOBが行われ、株式強制取得(株式売渡請求や全部取得請求、株式併合)の手続が行われた場合、TOB価格が「公正な価格」になるとの判断が示されたのだ。

上場企業の株式を非公開化する場合に、一般に公正と認められる法的手続を取らないケースは考え難い。このためジェイコム事件最高裁判決の影響として、価格決定の申立ての裁判を提起しても価格引き上げを図ることができる可能性は大幅に低下したと言える。価格決定の申立ての裁判を提起することの意味は、実質的になくなってしまったという訳だ。

逆に言えば、買収者が或る上場会社の非公開化を企図した場合、その通りに非公開化が進むという見通しが立てやすくなったのだ。

今後、上場会社の非公開化案件がますます増加する可能性が高くなったと言えそうだ。(星川鳥之介、弁護士資格、CFP(R)資格を保有)