2016年2月、LBMA(ロンドン貴金属市場協会)が公表した金価格の見通しは、2016年の平均値で1103ドルと予想されていた。2015年は1160ドルだったので、4年連続の下落が見込まれていたことになる。だが、2016年12月16日現在までの平均は1253ドルであり、2016年は4年ぶりの上昇となりそうだ。

2016年の金価格上昇の原動力は、政治リスクとFRBの利上げ先送りだった。政治・経済の不透明感が「資金の安全な逃避先」としての金の魅力を高めたのだ。英国民投票後の7月には金価格は一時1350ドルを上回った。またこの時期、米利上げが先送りされたことで米金利が低下したことも追い風となった。

米大統領選挙後は、政治的な不透明感が後退するとともに金利が急騰、為替市場でもドルが上昇したことから金価格は反落しているが、2017年はどのような展開となるのだろうか?

世界の金需要は大幅に減少している

ワールド・ゴールド・カウンシルが発表した、2016年7〜9月期の世界の金需要は993トンと前年同期比10%減少した。7〜9月期の金価格の平均は1335ドルと前年同期(1124ドル)を19%上回っており、価格の上昇が需要減少を招く結果となった。一方、供給はリサイクルが大幅に増加したことで4%増の1173トンとなり、差し引き180トンの供給過剰となった。

金価格の上昇で宝飾品需要が21%減の493トンに落ち込んだほか、投資需要では地金・コインも36%減の190トンへ減少した。一方、英国のEU離脱や米大統領選挙を控えた先行き不透明を反映してETFの投資が146トン増加している。ETFの増加は欧州で顕著だった。欧州では来年も主要国で選挙が予定されていることから、引き続きETFの購入は高水準を維持する見通しだ。

国別では、世界最大の消費国であるインドが28%減の155トン、第2位の中国が22%減の142トンとなった。

インドでは金価格の高騰が需要の後退を招いたことに加え、政府が金取引の透明性を高める目的で規制を強化していることもマイナス要因となっている。ただし、インド政府が11月9日に高額紙幣の廃止を打ち出したことで金への需要が盛り返しているとも伝えられている。

中国でも価格の高騰が需要減少の主因となったが、「モノ」から「体験型」へと消費者の嗜好が変化したことも指摘されている。すなわち、「金」を購入するのではなく「旅行」などにお金を使いたいと考える消費者が増えており、特にミレニアル世代と呼ばれる若者に顕著であるという。

専門家の見通しは強気と弱気に分かれる

世界銀行が10月19日に公表したリポートによると、2017年の金価格は1219ドルと2016年の1250ドルから下落する見通しとなっている。長期的に下落する傾向にあり、2025年には1000ドルが見込まれている。

ただし、専門家の見通しは意見が分かれている。金価格の下方リスクとして多く指摘されるのは、予想以上の米利上げペースによるドル高の加速である。一方、上方リスクとしては地政学的リスクの高まり、インフレ率の上昇、景気停滞への懸念などが挙げられる。

12月7日にバンクオブアメリカ・メリルリンチが予想した2017年央の金価格は、1200ドルである。2017年は拡張的な財政政策と引き締め的な金融政策により実質金利が上昇する見通しで、ドル高と金利上昇が「強い逆風」になるとしている。英EU離脱後の7月には2017年に1500ドルまでの上昇を見込んでいたが、今回は大幅な下方修正となった。

クレディ・スイスが12月上旬に公表した2017年の金価格の見通しは1338ドル。こちらも10月に予想した1438ドルから下方修正した。

UBSは2017年の金価格について、1350ドルへの上昇を予想している。金利が上昇してもインフレ率も上昇するなら、むしろ金価格には強材料との見立てだ。欧州の景気見通しは不透明であり、ECBが量的緩和を継続することも金にとっては「追い風」としている。

ちなみに、UBSは2016年のLBMA見通しで1225ドルと予想し、30人あまりの専門家の中では最も高い数字を提示していた。冒頭でも述べた通り、2016年12月16日現在までの平均は1253ドルで、最も近い予想でもある。

著名投資家で新債券王として知られるジェフリー・ガンドラック氏は、トランプノミクスに否定的だ。トランプ大統領が就任するまでにトランプラリーは終わると予想し、「金価格は短期的には上昇するだろう」と指摘している。

ジム・ロジャース氏はトランプ政権での経済政策について、「金利が上昇することは疑う余地がない」とした上で、「金は保有しているが、買い増してはいない。金価格はしばらく下落するだろう」としている。

2017年も欧州での政治的リスクは健在

このように金価格の見通しは、専門家でも意見が分かれるところとなっている。トランプノミクスをどう評価するかで、金価格の見立ても大きく変わってくるためだ。

ちなみに、筆者は2017年の金価格について「1050~1350ドル」のレンジを想定している。

金価格は、昨年のFOMC後に1050ドルを割り込んだところが底値となり、回復に向かった。2016年はFOMC通過後も下値の模索が続いているが、まだ1100ドル台を維持しており、ここから下げても1050ドルが支持線になると見込んでいる。1050ドル水準は金生産の採算ラインでもあり、下値のサポートとして意識されよう。

昨年同様、ドル高と金利の上昇は米国の経済成長の鈍化と新興国からの資金流出を招く可能性が高く、トランプラリーも長くは続かないと考える。米景気に陰りが見えれば、利上げが先送りされ、ドル高是正とともに金価格も回復に向かうのではないか。昨年12月のFOMCでは2016年の利上げ回数を「4回」と見込んでいたが、結局は「1回」に終わっていることを忘れてはならない。

2017年も欧州での政治的リスクは健在であり、3月のオランダ総選挙、4月のフランス大統領選挙、秋のドイツ総選挙といったイベントに前後して短期的な上昇が期待できるかも知れない。2016年は英EU離脱決定後の7月に一時1350ドルを上回っており、ここが高値の目処となりそうだ。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)