ファースト・シカゴ銀行、JPモルガンなどの為替ディーラーを経て、現在はテレビ東京「Newsモーニングサテライト」、日経CNBCなどにレギュラー出演し、金融市場の解説を行っている尾河眞樹氏。同氏は2016年をどのような年だったと振り返るのか、また2017年はどのような年になると見ているのか。
(聞き手:ZUU online編集部 菅野 陽平)
※ インタビューは12月22日に行われました。
2017年もボラティリティが高いことが予想される
——2016年を振り返ると、どのような印象でしたか。
一言でいうと「まさかの1年」でしたね。多くの人がそう感じたのではないかと思います。特にBrexitや米国大統領選といった政治面で、事前予想と反対の結果がでました。リーマン・ショック後、一般的に世界経済は回復してきたといわれていますが、私たちが思っている以上に、人々の生活は苦しく、「チェンジ(変革)」を求めているということではないでしょうか。
金融市場の動きを振り返ると、ボラティリティ(資産価格の変動幅)の大きさが目立ちました。特にドル円は、年央に一時100円を割れたものの、トランプ大統領就任が決定した後は118円をつける急激な円安は記憶に新しいと思います。
10月には、ポンドが1分間の間に約6%も下落する、いわゆる「フラッシュ・クラッシュ」が起こりました。直接的な原因は不明ですが、遠因は、英メイ首相の「金融だけが英国を引っ張っているわけではない。他にも成長産業はある。金融センターがロンドンにあることに拘らない」旨の発言がきっかけと言われています。マーケットの動きには必ず背景やストーリーがあるもので、政治の不透明さが金融市場の動揺を誘った例のひとつといえるでしょう。
——その英国は6月の国民選挙でEU離脱を選びました。
離脱に関しては向こう2年間かけて協議する予定です。その交渉を経て、英国が移民規制を優先するかわりに、欧州連合(EU)単一市場へのアクセスなどを犠牲にする、いわゆる「ハードBrexit」か、もっとマイルドな形の「ソフトBrexit」かが決まるのです。しかし、2年間という時間はビジネスをやっている人たちからすれば長過ぎる。投資家や資本家は、先行きの不透明さをリスクと捉えますから、英国での積極的な投資が控えられたり、交渉結果を待たずして早々と本社を英国からユーロ圏へ移転させたりする会社も出てくるかもしれません。こうしたことが、英国経済の足かせになる可能性はあるでしょう。
——2017年は、他にどのようなリスクを想定されていらっしゃいますか。
Brexitの他には、大きく2つのリスクを想定しています。ひとつはトランプ氏の政策、もうひとつは欧州の選挙に伴う政治的混乱です。
トランプ氏による大型減税、大型インフラ投資への期待から、大統領選挙後、資産価格は大きく上昇しています。しかし、この動きは期待先行であることも否めません。初めてビジネス界出身の大統領が誕生するわけですから、「トランプ政権が始まってみないと分からない」という不透明要素は残ります。世界一の経済大国、軍事大国のトップが交代するので、トランプ氏の言動は、2017年のなかでも、最も注目度が高いといえるでしょう。
ただ、トランプ氏以上に、金融市場のボラティリティを高める可能性があるという意味で、抑えておきたいのが欧州の選挙です。2017年はオランダ、フランス、ドイツなどEU主要国で選挙が続きます。イタリアやギリシャの動きからも目を離せません。テロが続いていることからも分かるように、欧州は今、反エスタブリッシュメント、つまり反体制、反特権階級、反EUの思想が強まり、不安定な状況といえます。
ドイツ首相メルケル氏の支持率も少し落ちているようですね。「さすがにEUのまとめ役であるメルケルさんが負けることはないだろう」と思われがちですが、2016年も英国と米国のふたつの選挙で「まさか」が現実となったことを忘れてはいけません。テールリスクが発生した際のボラティリティの高さには気をつけたいですね。
とはいえ、2017年のメインシナリオは楽観的に考えています。その大きな理由は、トランプ氏の政策の規模は分からないですが、少なくとも実行はするだろう、ということです。2016年5月のG7伊勢志摩サミットでも一応の形で合意したように、世界全体が財政出動に前向きになりつつあります。
景気循環の観点から、2017年後半から米国はリセッション(景気後退)に転じるという意見もありましたが、これらの財政出動に支えられて、もう一段成長する可能性もでてきました。あくまで基調として、という前置きが必要ですが、比較的ポジティブに捉えて良いと思っています。ただ引き続きボラティリティが高い1年になると思いますから、個人投資家は上値追いをしないことが重要でしょう。
——ご専門の為替についても伺いたいと思います。大統領選挙後からドル高円安が続いていますが、これはドル高なのでしょうか。それとも円安なのでしょうか。
ドル高と見ています。米国の次期財務長官ムニューチン氏が、CNBCのインタビューでドル高について聞かれた際、「米国の経済が魅力的だから資金流入している。私にとって米国の経済成長と雇用の拡大が最重要課題だ」といった旨の発言をしています。
日本ではあまり注目されていない発言ですが、このコメントは、景気拡大を伴うドル高は許容するとも読み取れます。ただ、トランプ政権の支持層のひとつはエネルギー業界や製造業といったオールドエコノミーですから、彼らからドル高への不満が出始めると、政策方針を変更する可能性はありますね。
リーマン・ショック後、米国は、少なくとも表向きにはドル高を許容してきました。米国の財政は外国人が担う部分が大きい、つまり米国債は外国人投資家の保有割合が大きいので、「ドル安がよい」と表立って表明すると、米国債売りを誘発するリスクがあるからです。
ただ過去にはプラザ合意など明確にドル安政策を採った時期もありましたし、そこまであからさまでなくとも、国際会議の声明文に「為替はファンダメンタルズを反映すべき」などの文言を盛り込んで、ドル高修正を図ってきたこともありました。トランプ氏を含めた主要閣僚のドル高への姿勢や発言には注目したいですね。
——日銀の政策にはどのような印象をお持ちでしょうか。
2016年9月に発表されたイールドカーブコントロール政策は、「ウルトラC」ともいえる良策だったと感じています。この政策により、人々の関心は量から金利へ移り、量に対する追加緩和の催促を受けずに済むようになった。金融機関にも配慮した政策であり、発表当時は批判もありましたが、私はレポート等で早々に賛同を表明しました。トランプラリーによる円安加速という幸運もありましたが、打てる手が限られているなかで、ベストな対応をしたと思います。
投資家は枕を高くして寝られることが大事
——2017年の展望を踏まえて、個人投資家はどのように資産運用すればよいでしょうか。
ボラティリティが高いことを前提に、リスクをコントロールすることが大切です。金融機関やヘッジファンドに勤めるプロ投資家は、テールリスクがあるとき、保有ポジションを落としたり、スクエア(中立)にしたりすることが一般的です。今年でいうと、英国EU離脱総選挙や米国大統領選挙の直前などです。
その一方で、個人投資家は、本来自分が取れる以上のリスクを抱えている場面が散見されます。例えばFXは、ボラティリティを取りに行く典型的な運用方法だと思います。テールリスクが顕在化したときの変動幅を理解したうえで投資していただきたいですね。
新興国への投資に関しても注意が必要です。新興国には、政策変更や政変でルールが180度変わってしまうなどカントリー・リスクがあります。先進国の金利が潰れているので、高金利を求める気持ちは理解できますが、新興国は私たちアナリストでも、情報を取るのが難しい場合があります。投資家は枕を高くして寝られることが大事です。
トランプ氏も登場しましたので、大きな流れとして、債券から株式への資金移動、いわゆるグレートローテーションは続くと見ています。私たちの年金を運用しているGPIFですら日本国債を減らして外貨建て資産や株式の割合を増やしています。既にリスク資産を持っている方は、基本的にバイアンドホールド(買い持ち)で良いと思いますが、高値でさらに慌てて買う必要はない。購入タイミングを分けることも分散投資のひとつです。
——最後に個人投資家の方へメッセージを頂けますか。
資産運用に限ったことではないですが、情報収集が大事だと考えています。よく担当者に勧められてとか、知人から良いと聞いたからという理由で金融商品を選ぶ人がいますが、もし、それで失敗したときには納得感がないはず。ちゃんと自分で調べて、分かるものに投資してもらいたいと思います。
投資の神様と呼ばれるウォーレン・バフェット氏も「リスクとは自分が何をやっているか分からないときに起こる」と語っています。これはシンプルですが、とても大事な言葉だと思います。インターネットの発達により、個人投資家は以前より情報を取りやすくなっている一方、その真偽を見極める眼が求められています。自分の大切な資産を投じるに値するか、しっかり吟味して行動していただきたいと思います。
尾河眞樹(おがわ・まき)
ファースト・シカゴ銀行、JPモルガンなどの為替ディーラーを経て、ソニーの財務部(SGTS)にて為替リスクヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に『本当にわかる為替相場(2012年日本実業出版社)』『為替がわかればビジネスが変わる(2014年日経BP社)』、『富裕層に学ぶ外貨投資術(2015年日経新聞出版社)』などがある。なお、2016年12月21日には、「新版・本当に分かる為替相場(日本実業出版社)」を上梓した。