「ああ、また優秀な人財が抜けるのか」
人事異動の通達がでる度に様々な思いがこみ上げてくる。
最近、私が勤務する銀行で金融商品の販売を担当する若い女性行員がどんどん退職していく。優秀な人財が証券会社や投信会社、保険会社などへ次々と転職していく。このままでは誰もいなくなってしまうのではないか。そんな不安さえよぎる。その一方で不思議なことに、男性行員の転職はほとんど見られない。一見、何でもないことのようだが、この事実を深刻に受け止めなければ、銀行に明るい未来はない。今後も優秀な人財がどんどん流出することになるだろう。
投資環境を無視した決算期の「お願い売り」
銀行で投資信託の販売が解禁されたのは1998年12月である。「銀行がリスク商品を売るなんて……」当初は多くの銀行員が戸惑いを覚え、おっかなびっくり営業していたものだ。しかし、経験を積み重ね、ノウハウが蓄積されるなかで、いまや銀行窓口でリスク商品を販売するのは当たり前の光景となっている。
窓口の女性行員は直接お客様からの苦情にさらされる。彼女たちのなかには懸命に勉強した人も多い。ファイナンシャルプランナーの資格を取得し、休日も様々なセミナーに参加する、自分自身で投資信託を購入してみた人さえいる。そうした努力の結果、上司や融資担当の男性行員、さらには本部で机上の空論を振りかざす社内官僚・経営陣よりも優れた「金融リテラシー」を身につけるに至った女性行員も少なくない。
銀行に限ったことではないだろうが、経営に近い人間ほど現状を見ずに非現実的な判断をする。逆に現場の人間ほど高い「金融リテラシー」を有している。これが、銀行の現状だ。
現場で金融リテラシーを高める努力をしている人ほど、本部からの指示に疑問を抱くようになる。たとえば、銀行の社内官僚・経営陣は決算期になると金融商品の「お願い売り」を現場に指示する。彼らはお客様のことなどこれっぽっちも考えていない。
投資環境を無視した決算期の「お願い売り」など絶対にあってはならない……金融リテラシーの高い、優秀な人ほどそう考える。
本部の社内官僚・経営陣は、投資信託を販売するにあたり「このように販売せよ」と現場にトークスクリプトを提供する。投資信託の魅力を語り、お客様を納得させ、購入して頂く。そんな幼稚な販売スタイルに嫌悪感を抱いている行員も多い。
現場でお客様と向き合い、金融リテラシーを高める努力を重ねてきた行員ほど、文字通り「ファイナンシャルプランナー」として、ひとり一人のお客様のニーズに応え、最適なプランを提案する営業をやりたいと望んでいるのだ。
優秀な人財が次々と去って行く
銀行の人事考課にも問題がある。「金利の低下と資金需要が低迷するなかで、金融商品の販売に力を入れなければならない」多くの銀行経営者が口を揃えてそう語る。
ところが、実態は酷いものだ。銀行内部では未だに「出世コースは融資」という前時代的な考えが幅をきかせている。金融商品販売は人件費の安い女性行員を上手く使って、やらせておけば良い。そんな考えが未だにはびこっている。
そもそもお金に色はついていない。銀行は許認可事業であり、銀行独自の個性的な商品で他行と差別化を図ることは難しい。それならば、低い金利で融資をしてくれる銀行が良いということになる。出世コースにいる融資担当者は、少しでも多くの融資を獲得するために不毛な金利競争を繰り広げ、銀行の収益を圧迫し続けているのだ。にもかかわらず、彼らは高い評価を得ている。
一方で金融商品の販売で銀行の収益に貢献している女性行員の評価は概して低い。融資と金融商品販売、それぞれの担当者がどれだけの給料をもらい、どれだけの収益を銀行にもたらしているのかを明らかにすれば暴動が起こるのではないか。
現場の優秀な女性行員ほど、銀行の人事考課に疑問を抱いている。自分の能力をより高く評価してくれる先が他にあるのであれば、転職という選択肢は当然だろう。その結果、銀行から優秀な人財が次々と去って行く。
日本の金融業界が大きく成長するために
金融商品を販売する部署にいる我々は、デリバティブの仕組みを活用することで、お客様の多様なニーズに応えることができる。外貨を安く、安定的に調達したい。金利が下落しても、ある程度の収益は確保したい。株が下落したときのリスクに備えたい。そんなニーズに応えることができる。
デリバティブを利用した金融商品はけしからんという風潮がある。かつて、地方公共団体や学校法人、宗教法人が少しでも高いリターンを狙ってむやみやたらと投資を行い、巨額の損失をだしたことがあった。恐らく、当時は販売サイドにも問題があったはずだ。
しかし、その仕組みを正しく理解し、正しく活用すれば、デリバティブは有効だ。単に融資で企業の資金需要に応えることだけが銀行の仕事ではない。金融商品を駆使して、顧客ニーズに応え、顧客が抱えるリスクを軽減することができるのだ。
金融商品を販売する我々が取り組んでいることは、決して融資に劣るはずはない。むしろ、より高度で高い可能性を秘めていると私は胸を張りたい。「それでも金融は素晴らしい!」そう声を大にして言いたい。その想いを銀行全体で共有できたなら、日本の金融業界はきっと大きく成長するに違いない。(或る銀行員)