読書が好きだというITコンサルは、実はあまり多くはないように見える。ITの技術的な解説書ならともかく、である。そのような典型的な積読が多いITコンサルという立場から見て、これは興味深いと感じた4冊を紹介しよう(価格は紙版、税抜き)。
紹介の手法を試すとブラック企業といわれそうだが
『ダン・S・ケネディの世界一シビアな「社長力」養成講座』
(ダン・S.ケネディ、小川忠洋監訳、ダイレクト出版、3700円)
社長業を進めるにあたり、これだけはやってはいけないという行動を刺激的に表現しつつ紹介している。仕事ができない社員は無慈悲にクビにするべきとか、良い仕事をあえてさせずにすれば簡単にクビにできるなど、目を覆いたくなるような厳しい表現が続く。
IT専門家の立場から見ると「単なる顧客管理システムからCRMソフトウェアを開発したらすごく売れた」という部分が目につくが、この部分だけは違う執筆者が書いていたのが印象的だ。
この本で書かれている手法を日本ですべて試すと「ブラック企業」とレッテルが貼られるような気もするが、書いてある手法は合理的かつ(ある意味)平等である。経営者が何を考えているかを逆算し、ソリューションを提供する材料にするという意味では、IT業界の人間が読んでおいて損は無い。
ITの歴史を振り返る
『NHKスペシャル新・電子立国(1)ソフトウェア帝国の誕生』
(相田洋、大墻敦著、日本放送協会、1456円)
NHKスペシャルで放送され好評だった同タイトルの番組を、1996年にわかりやすい形で書籍化した本。1巻目ではソフトウェア帝国、つまりマイクロソフトの創業からWindows95が出た頃までを振り返っている。MS-DOSによって市場の主導権を握り、パーソナルコンピュータの黎明期からリードしていたマイクロソフトの歴史が、平易な文章と関係者のインタビューにより構成されている。
日進月歩のITの世界では古典ともいえるが、インターネットの普及直前に書かれた状況を見ると、ソフトウェアを握る企業が最強でありすべてを支配していた、という歴史は興味深い。
現在のマイクロソフトも大きな企業であることは間違いないが、あらゆる種類のIT系新興企業の隆盛と戦っている。その底力が構築された歴史を振り返ってみるという意味で勉強になる。
ジョブズが世に生み出したもの、生み出さなかったものとは
『スティーブ・ジョブズ(1)(2)ペーパーバック版』
(ウォルター・アイザックソン、井口耕二訳、講談社、各巻1000円)
マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏の永遠のライバルだった故スティーブ・ジョブズ氏の伝記。
Apple関係者には非常に評判が悪く、ジョブズ本人が生前に内容を確認しているという割には、関係者は口をそろえて「こんなの本物のスティーブじゃない」と言っている不思議な本である。
理由として考えられるのは、ジョブズ氏本人について、人格破綻者のヒッピー出身者のような書き方をされており、周りの影響を顧みず冷徹に判断を下していく表現が気に入らないのだろうと思われる。この後に別の著者によって書かれた別の伝記は、いかにジョブズ氏がすごかったか、人間的に魅力があるかを紹介しており、わざわざ別のベクトルで書かれたものが出るということ自体が興味深い。
ジョブズ亡き後にAppleが生み出したものは、ペンで操作するタブレットなどジョブズ氏自身が口汚く否定していたものが多く、大成功とまでは言わないまでも大きな失敗もしていないように見える。人格破綻者は言い過ぎだとは思うが、ユニークで唯我独尊な思想を持っていたジョブズ氏が生み出したもの、あえて世に出さなかったものの差を比べることができ、どうしてそれが成されたのかを考えるためには、公平な見地で書かれている最初の伝記のほうが最適だと思われる。
「下ネタ」と敬遠することなかれ
『下ネタという概念が存在しない退屈な世界(1)~(11)』
(赤城大空著、小学館、各巻593円)
ライトノベル。この分野の作品はファンタジーものが多いが、この作品は「近未来の日本で、国民の行動がウェアラブルコンピュータによって監視され、卑猥な言葉(いわゆる下ネタ)を発すると逮捕される」というディストピアの世界を舞台にしている。
特筆すべきは、これらの規制を施行するための機材がすべて現在の技術レベルでも十分に実現可能という点であり、IT的には衝撃的である。IT化が進むことによる監視社会の登場というテーマは珍しくは無いが、それをライトノベル特有の「お約束」の範疇で面白おかしく(しかし真面目に)書いているという点で、他のライトノベル作品とは一線を画している。
下ネタという不健全なものを完全に抑圧するという社会の表現は、ともすれば集団ヒステリーに陥りがちなインターネット上の世界を考えれば、あながち荒唐無稽とは言えない。そのような深刻な問題を気楽に考えられるという点では、面白い作品ではある。
ここで挙げられた本は、一般的なビジネス本が提唱する「攻める」というテーマよりも、むしろ「どう守るか」を考えさせられる内容のものが多い。攻めるだけではなく守る重要性も必要なのではないか、と筆者が考えた次第である。(信濃兼好、メガリスITアライアンス ITコンサルタント)