シンカー:日本の財政運営を、「リカーディアン型」から「非リカーディアン型」に移行させることの是非が、物価水準の財政理論(FTPL)の議論の中心になっているようだ。日本以外の先進国では、公的債務を将来の増税や歳出削減によって返済することを否定してはいないが、期限はなく、財政収支は若干の赤字が安定的な状態と認識されており、債務残高を減らすことはほとんど行われていない。事実上、「リカーディアン型」の財政収支黒字による債務返済より、「非リカーディアン型」の債務残高の名目GDP比率の低下が重視されている。日本以外の先進国は、債務返済期限のない「弱いリカーディアン型」の財政運営をしていると言える。一方、日本の場合、新規に発行した国債は60年で完全に償還するという独特のルール(60年償還ルール)がある。日本は、債務返済期限のある「強いリカーディアン型」の財政運営をしていると言える。金本位制ではなく、管理通貨制を採用しているのは、貨幣の発行をフレキシブルにして、経済活動の拡大より若干多い通貨供給の拡大を維持したほうが、若干の物価上昇は恒常化するが、経済活動の持続的な拡大にはよいからだ。「弱いリカーディアン型」である他の先進国の期待インフレ率が2%程度と高く、「強いリカーディアン型」である日本のデフレ期待が根強いのは、その財政運営のスタンスの違いが原因かもしれない。「リカーディアン型」から「非リカーディアン型」に移行させることの是非を論じる前に、国債60年償還ルールを停止し、「強いリカーディアン型」から他の先進国と同様の「弱いリカーディアン型」に転換する必要があることが、デフレ完全脱却への最初の処方箋としてFTPLが示唆するところだろう。他の先進国に準じるだけであり、FTPLへの拒否反応の原因となっている副作用に対する懸念は小さいだろう。

SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

注目されている物価水準の財政理論(FTPL)の議論では、「リカーディアン型政府」と「非リカーディアン型政府」の違いを認識することが重要になっている。

公的債務は、将来の増税や歳出削減によって返済する方針を持っている政府は「リカーディアン型」である。

一方、将来の増税や歳出削減だけではなく、中央銀行のシニョレッジ(通貨発行益)、インフレ、名目GDPの拡大によって、実質的な公的債務の負担を無くしていこうとする方針を持っている政府は「非リカーディアン型」である。

FTPLは「非リカーディアン型」の財政運営とインフレの関係を説明した理論ということになる。

日本の財政運営を、「リカーディアン型」から「非リカーディアン型」に移行させることの是非が、FTPLの議論の中心になっているようだ。

しかし、各国の財政運営を見てみると、同じ「リカーディアン型」の財政運営でも、「強いリカーディアン型」と「弱いリカーディアン型」があるようだ。

日本以外の先進国では、公的債務を将来の増税や歳出削減によって返済することを否定してはいないが、期限はなく、財政収支は若干の赤字が安定的な状態と認識されており、債務残高を減らすことはほとんど行われていない。

政府予算の歳出の国債費には、利払い費は含まれているが、債務償還費は含まれていない。

国債の発行(国内で自国通貨で発行されるもの)は貨幣と同じようなもの(財政の負債の反対側に、民間の資産が発生する)とみなされ、原則として完全に償還されることはなく、継続的に借換されていっている。

事実上、「リカーディアン型」の財政収支黒字による債務返済より、「非リカーディアン型」の債務残高の名目GDP比率の低下が重視されている。

日本以外の先進国は、債務返済期限のない「弱いリカーディアン型」の財政運営をしていると言える。(よく考えれば、永久債の発行は、債務残高が永久に残るため、厳密な「リカーディアン型」では不可能である。)

一方、日本の場合、新規に発行した国債は60年(10年で6分の1でずつ)で完全に償還するという独特のルール(60年償還ルール)がある。

政府予算の歳出の国債費に債務償還費を計上して、歳入で新たに国債を発行しており、歳出入の両サイドでダブルカウンティングになっている。

公的債務を決められた期限内に返済するために財政収支を黒字にするという方針は、他国の財政の議論には基本的になく、日本独特の考え方であるようだ。

日本は、債務返済期限のある「強いリカーディアン型」の財政運営をしていると言える。

国債を完全に償還するためだけに増税するのは、国債を資産として持つ国民から徴収した税をまた国民に償還費として返すことになる。

そのように国債を完全に償還するということは国の負債が減るとともに民間の資産も減るので経済的な意味はあまりない。

金本位制ではなく、管理通貨制を採用しているのは、貨幣の発行をフレキシブルにして、経済活動の拡大より若干多い通貨供給の拡大を維持したほうが、若干の物価上昇は恒常化するが、経済活動の持続的な拡大にはよいからだ。

「強いリカーディアン型」に対して「弱いリカーディアン」型は、マネーの拡大が経済活動の拡大を上回りやすい、またはそう見られることにより、民間のインフレ期待は高くなりやすいと考えられる。

「弱いリカーディアン型」である他の先進国の期待インフレ率が2%程度と高く、「強いリカーディアン型」である日本のデフレ期待が根強いのは、その財政運営のスタンスの違いが原因かもしれない。

「リカーディアン型」から「非リカーディアン型」に移行させることの是非を論じる前に、国債60年償還ルールを停止し、「強いリカーディアン型」から他の先進国と同様の「弱いリカーディアン型」に転換する必要があることが、デフレ完全脱却への最初の処方箋としてFTPLが示唆するところだろう。

60年償還ルールの停止は、60年超の国債の発行も可能にする。

他の先進国に準じるだけであり、FTPLへの拒否反応の原因となっている副作用に対する懸念は小さいだろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
会田卓司

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