「アメリカ抜きのTPPには意味がない」と発言していた安倍首相だが今では方針を転換、11カ国でのTPP発効を目指している。その理由が「アジアでの貿易体制作りで中国に対抗する」ということであるならば、状況は楽観できない。
中国ではここ3年来、“一帯一路”戦略を進めている。その一つの成果として、5月14日、15日、北京において、“一帯一路”国際協力サミットフォーラム(サミット会議)が開催される。結果次第では、この会議が今後、定例化され、APEC、G20に匹敵する会議になる可能性がある。中国を中核とした大きな経済圏形成が大きく進展する可能性がある。
「一帯一路サミット」はいずれ「APEC、G20」に匹敵?
今回の国際会議では、習近平国家主席が開幕式に出席、首脳による円卓サミット会議を主催する。
4月18日の外交部発表によれば、アルゼンチン、ベラルーシ、チリ、チェチェン、インドネシア、カザフスタン、ケニア、ラオス、フィリピン、ロシア、スイス、トルコ、ウズベキスタン、ベトナム、カンボジア、エチオピア、フィージー、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、パキスタン、ポーランド、セルビア、スペイン、スリランカなど28カ国の国家元首あるいは政府首脳がその円卓サミット会議に出席する予定である。
そのほか、110カ国から政府官僚、学者、企業家、金融機関、メディアなどの代表、61の国際組織から89人の責任者が出席する予定である。全体では1200人以上の規模となるようだ。2日間の会議を通じて、インフラ設備建設、産業投資、経済貿易分野での提携、エネルギー資源開発、金融分野での提携、人材交流、生態環境、海上での提携など8つの分野から検討・意見交換が行われる。
「一帯一路」戦略とは何か?
中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる「シルクロード経済ベルト(一帯)」と、中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸、地中海を結ぶ「21世紀海上シルクロード(一路)」において、インフラを整備し、貿易を促進させ、資金流通を活発にさせる。それを中国が中心となって設計し、資材を調達し、建設する。世界の覇権構造を大きく変える戦略である。
商務部の発表データによれば、中国企業は2016年末、36カ国において77カ所の経済貿易合作区を建設しているが、この内、20カ国、56カ所が“一帯一路”沿線国家にあり、累計投資額は185億ドルを超えている。中国企業が2016年、“一帯一路”沿線61カ国において、新たに契約した対外請負工事プロジェクトは36%増の1260.3億ドルに達している。沿線国家に対する直接投資は145億ドルで、これは中国の対外投資総額の8.5%を占める。
また、人民日報によれば、ここ3年来、47社の中央系国有企業がプロジェクト参加、株式所有、投資などの形で、“一帯一路”沿線国家において事業は1676件に及ぶ。
鉄道では、エチオピア-ジブチ鉄道がすでに開通しており、ケニア・モンバサ港-ナイロビ鉄道が間もなく開通する。中国-ラオス鉄道の建設工事が始まっており、中国-タイ鉄道などの鉄道プロジェクトの認可が下りている。
エネルギー関連では、中国とロシア、カザフスタン、ミャンマーとの間で原油管輸送プロジェクト、ロシア、中央アジア諸国、ミャンマーとの間で天然ガス輸送管プロジェクトが進められている。工業、製造業プロジェクトでは、マレーシア、ラオス、モンゴル、インドネシアでの案件が多数ある。
日本企業が相手にするのは中国国家、勝ち目はあるのか?
中国は世界第2位の経済大国であり、足元でも四半期ベースで7%弱の経済成長を続けている。設備投資を大きく拡大させることで経済は高成長を遂げてきたのであるが、成長の過程で建設会社などのインフラ関連企業が育っている。
今では各分野で世界最大クラスの建設・エンジニアリング会社が多数存在する。海外進出では先進国よりも、“一帯一路”沿線国家を中心に、新興国への投資が目立つ。
例えば、中国中鉄(A株601390、H株00390)、中国鉄建(A株601186、H株01186)は鉄道、高速道路建設に強く、前者の2016年12月期(以降会計データは全て同様、国内会計基準)売上高は6394億元で海外売上高は276億元、売上比率は4.3%、後者の売上高は6293億元で海外売上高は328億元、売上比率は5.2%に達する。浚渫工事に強みを持つ中国交建(A株601800、H株01800)では売上高は4317億元だが、海外売上高は870億元、売上比率は20.1%である。
そのほか、住宅建設に強みを持つ中国建築(A株601668)が796億元(8.3%)、工場建設に強みを持つ中国電建(A株601669)が540億元(22.8%)、鉄鋼所などの工場建設に強みを持つ中国中治(A株601618、H株01618)が124億元(5.8%)、電力設備メーカーの東方電気(A株600875、H株01072)が37億元(11.0%)、同じく上海電気集団(A株601727、H株02727)が71億元(9.0%)である。
電車製造の中国中車(A株601766、H株01766)は191億元(8.3%)、建設機械製造の三一重工(A株600031)は93億元(40.8%)、同じく中聯重科(A株000157、H株01157)は22億元(10.8%)、トラック、ディーゼルエンジンメーカーのウェイチャイ・パワー(A株000338、H株02338)は444億元(47.6%)である。
セメントメーカーの海螺水泥(A株600585、H株00914)については、海外売上高は22億元で、売上比率は4.0%に過ぎないが、2016年12月期は急増している。インドネシア、ミャンマー、ラオス、カンボジアなどに生産ラインを投入し始めている。
中国企業は“一帯一路”沿線国家を中心に多くの実績を上げており、その事業網は既に関連各国に張り巡らされている。
これらの企業は一部の例外を除いて中央系国有企業である。企業部門では利益が出なくとも、関連各国との経済関係を強化することで、国家全体で得られる利益は計り知れない。国家が相手では、民間企業では太刀打ちできない。
安倍政権が本当にTPPで中国に対抗したいというのであれば、中国の外交力、政治力、計画・戦略立案能力、統制可能な厚みも広がりもある企業群に勝つだけの何かがなければならない。まず、冷静な世界情勢分析と確かな戦略作りが必要だ。
田代尚機(たしろ・なおき)
TS・チャイナ・リサーチ 代表取締役
大和総研、内藤証券などを経て独立。2008年6月より現職。1994年から2003年にかけて大和総研代表として北京に駐在。以後、現地を知る数少ない中国株アナリスト、中国経済エコノミストとして第一線で活躍。投資助言、有料レポート配信、証券会社、情報配信会社への情報提供などを行う。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京工業大学大学院理工学専攻修了。人民元投資入門(2013年、日経BP)、中国株「黄金の10年」(共著、2010年、小学館)など著書多数。One Tap BUY にアメリカ株情報を提供中。HP:
http://china-research.co.jp/