「シンガポールはタックス・ヘイブンか否か」 については、専門家の間でも意見がわかれるところだ。

低法人税率と優遇措置を利用して、EU圏の金融機関が年間9億8600万ドル(約1088億2482万円)にもおよぶ収益を得ているにも関わらず、シンガポール側は「あくまで競争力強化手段」とし、そう呼ばれることを拒絶している。

シンガポールが富裕層に人気の理由?

英貧窮者救済団体、OXFAMのレポートによると、シンガポールの法人税制を利用して、EU圏の金融機関が得た利益は、2015年だけでも約1088億2482万円。香港やルクセンブルクに次ぐ、「世界で5番目のタックス・ヘイブン」として挙げられている。

シンガポールの法人税制は17%。法人課税所得の1万シンガポール・ドル(SGD/約79万円)未満の75%、1万SGD以上29万SGD(約2300万円)未満の50%が免税扱いとなる。

さらには経済開発庁を含む政府機関に認定を受けた企業には、軽減税率を適用するなど積極的に企業の利益創出に貢献している。

これに対して、租税回避を強く非難している米国などは、法人税率が35%と約2倍だ。競争力強化目的で、トランプ政権による15%への減税案が発表されたが、経済押し上げ効果よりも財政赤字拡大への懸念が高まっている。

ペーパー・カンパニーは受けつけない透明性を主張

しかしタックス・ヘイブンというレッテルを、シンガポール政府は不名誉な誤解と見なしている。シンガポール財務省(MOF)は自国の法人税制が、「熟練職を創出し、永続的な経済発展を目指す上で欠かせない、実質的な経済活動を促進するため」に設けられていると主張。

太っ腹な法人税制は、俗にいう「Fat Cat(金持ち)」の私腹を肥やす手助けではなく、けっして租税回避を大目に見ているわけではない点をアピールしている。それと同時に、「慎重な財政と多様な課税ベースによって成し得た結果」と、自国が努力の末に獲得した「ビジネスのしやすい国」としての地位に、誇りを見せている。

国際コンサルティング企業、PwC(プライス・ウォーターハウス・クーパース)シンガポール部門で、税制関連業務を専門に請け負っているクリス・ウー氏も同様の見解だ。「シンガポールの法律や規制は常に透明性が高く、実質性をともなう企業のみを受けいれている」という。

つまりほかのタックス・ヘイブンにように、登記上設立されてはいるものの、事業活動の実態がない「ペーパー・カンパニー」を容認せず、強硬な姿勢を維持しているということだ。

租税回避対策に乗り出したスイスに眠る巨額の隠れ資産

実際のところ、MOFは経済協力開発機構(OECD)とG20加盟国による「BEPSプロジェクト(税源浸食と利益移転対策)」にも昨年から参加するなど、タックス・ヘイブン規制強化に積極的な姿勢を見せ、租税回避と優遇措置による成長促進が全く別物であることを証明しようとしている。

シンガポールでは日本などとは異なり、居住者・法人に対する源泉徴収を義務化していない。OXFAMからはそうした優遇措置にも批判があがっているものの、MOFは「不適格な評価」と不満を唱えている。

国際的に定着したタックス・ヘイブンという位置づけを歓迎していないのは、スイスも同じだ。欧米諸国から高まる圧力に押され、タックス・ヘイブンを利用した富裕層の課税逃れ対策に、乗りだし始めた。

2015年以降、日本を含む海外顧客に個人情報確認を実施しているほか、OECD諸国を中心とした金融口座情報交換を受けいれている。しかし2015年のスイス銀行協会 の報告から、6兆5000億ドル相当の運用資産のうち、51%が海外からの資産であることなども判明している。
MOFの主張が正当なものであると見なした場合、シンガポールにはこうした後暗さがないということになるのだろうか。

アーンスト・アンド・ヤング・ソリューションの国際租税サービス・パートナー、チェスター・ウィー氏は、「OXFAMが用いている国際的なタックス・ヘイブンの定義に、シンガポールの税制は該当しない」と結論づけている。(アレン琴子、英国在住フリーランスライター)